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前編

初めての異世界転ものになります。

いつもの通り、設定ゆるゆるですが、楽しんでいただけたら嬉しいです。

 


「……あの雲、飛行機に似てる」


 ぽつり、と。

 私、ミュリエル・エインズの口からこぼれ落ちたその言葉は、初夏の庭園に溶けるよりも早く、自身の脳内に激震を走らせた。


「……え? ひこうき、って何?」


 あら不思議。口から出た言葉の意味がわからない。

 いや、わかっている。巨大な鉄の塊が空を飛び、人を乗せて大陸を跨ぐ、あの文明の利器のことだ。

 ……って、そんなものこの世界にあったかしら?


 その疑問がトリガーだった。

 脳の奥底で重い扉が蹴り破られたような衝撃。

 濁流のように流れ込んできたのは、ここではない別の世界の記憶。


 満員電車。コンビニのレジ横のホットスナック。

 四角い板状の端末を指でなぞれば、世界中の情報が手に入る魔法のような科学の世界。

 そこで私は「美優(みゆう)」という名の、どこにでもいる事務職OLとして生きていた。


「思い出した……私、死んだんだっけ。っていうか、異世界転生してるの!?」


 呆然と立ち尽くす私の脳内は大混乱だ。

 美優としての人生は、決して派手ではなかった。

 両親はバカみたいに仲が良くて、兄はガタイのいい料理人で、弟は若くしてパパになったやんちゃ坊主。

 家族全員、ちょっと暑苦しいくらいに愛し合っていて、真ん中っ子長女の私は、なんだかんだと甘やかされて育った。


 そんな私の唯一の生きがいは「推し活」。

 YouTubeで活動する歌い手「gein(ゲイン)」の、あの震えるようなハイトーンボイスと繊細なメロディに魂を捧げていた。

 休みの日はバンギャ(といっても今は死語に近いけれど)としてライブハウスに通い詰め、ヘドバンをキメて、推しの尊さに涙する……。

 そんな、狭く深く熱いオタク人生を送っていたはずなのだ。


「……あ、ダメ。情報量多すぎて知恵熱出そう」


 ふらりとよろけた体を、近くのガゼボのテーブルに預ける。

 冷たい大理石の感触が、熱くなった頭を少しだけ冷やしてくれた。

 額を押さえ、深呼吸をする。

 先ほど「飛行機みたい」だと思った雲は、風に流されてもう形を失っていた。


「お嬢様、いかがなさいましたか? お顔色が優れないようですが……」


 背後から声をかけてきたのは、控えていた侍女のアナだ。

 心配そうに覗き込んでくる彼女の顔を見て、私は現実に引き戻される。


 そうだ、今の私はミュリエル・エインズ。

 エインズ伯爵家の令嬢で、もうすぐ十八歳。

 そして——今日、この庭園で、最低最悪の「義務」を果たす予定だった。


「……今日って、あのお茶会の日よね?」

「はい。モンフォール伯爵家の嫡男、ロンバート様との定期交流会でございます。……といっても、準備は整えておりますが、お見えになるかどうかは……」


 アナが言い淀むのも無理はない。

 私の婚約者、ロンバート・モンフォール。

 彼と私の婚約が結ばれたのは、私が八歳の時。当時のモンフォール伯爵家は領地の災害で火の車。対して我がエインズ伯爵家は、父の経営手腕のおかげで金貨が唸るほどあった。

 要するに、あちらからの「泣きつき」による、資金援助を目的とした政略婚約だ。


 子供の頃は、それなりに仲良くしていた記憶もある。

 けれど、彼が成長して「婚約の経緯」を理解した頃から、態度は一変した。


『僕は両親に、金で売られたんだ!』


 なんていう被害妄想を勝手に膨らませ、私を「金の亡者の娘」と言わんばかりの冷たい目で見るようになった。

 手紙を送っても返事は来ない。

 誕生日や記念日のプレゼントはスルー。

 最近では、月に一度の顔合わせの場にすら現れなくなった。


「売られた」って……。

 いやいや、あんた。もらう側でしょ?

 嫁ぐのは私。持参金を持っていくのも私。

 実質、私が「買われて」あげたようなもんじゃない。

 なのに被害者面して、婚約者を放置プレイ?


「……はぁ。何これ、時間の無駄じゃん」


 前世の記憶が戻る前の私は、それでも「いつか分かり合えるはず」なんて健気な乙女心を抱いていた気がする。

 でも、今の私は美優の魂がハイブリッドされている。

 OLとして培った「効率重視」の考え方と、バンギャとして磨かれた「推し以外には塩対応」という性格が、私の中で覚醒していた。


 推し活に忙しいOLにとって、最も罪深いのは「推し以外のどうでもいい男に振り回される時間」だ。

 チケットの当選を祈ったり、物販で並んだり、新曲の再生数を回したり……。そんな尊い時間に充てるべきリソースを、なぜ私を蔑ろにする「塩害男」に割かなければならないのか。


「アナ、お茶会の準備はやめていいわ」

「えっ? ですが、万が一いらっしゃった場合に不手際となりますし……」

「いいの。来ないわ、どうせ。もし万が一、億が一に来たとしても、その時はその時。準備していない私を見て『不愉快だ』って帰るでしょうけど、元からアイツ、私の顔見るだけで不愉快そうな顔するんだから結果は同じだわ」

「お、お嬢様!? お言葉遣いが……!」


 いけない、素が出た。

 でも、一度溢れ出した感情はもう止められない。

 これまで律儀に待っていた自分が馬鹿らしくて、滑稽で、鼻で笑ってしまう。


「今まで私は、何を期待していたのかしらね。政略だろうと何だろうと、歩み寄る努力すらしない相手に、私の貴重な十八歳の時間を一秒たりとも捧げる必要なんてないわ」


 私はくるりと背を向け、屋敷へと歩き出した。

 カツカツと、ヒールの音が心地よいリズムを刻む。

 そうだ、あんな不燃ゴミみたいな男とは、さっさと縁を切るに限る。


「今日、お父様とお母様にお話しするわ。……あ、でもその前に」


 私は自室に戻る道すがら、鏡に映った自分を見た。

 プラチナブロンドの髪に、吸い込まれそうな碧眼。

 前世の自分が逆立ちしても勝てない、超絶美少女だ。

 性格だって、家族には「穏やかで優しい」なんて言われて愛されている。


 こんな優良物件を放置して、「売られた悲劇のヒーロー」ごっこをしているロンバート。

 ……マジで節穴ね、あの男。


「お嬢様……本当に準備を中止してよろしいのですか?」


 不安げについてくるアナに、私は最高の笑顔を向けて言った。


「ええ。中止よ。その代わり、最高に美味しいお茶と、昨日料理長が作ってくれた新作の焼き菓子を部屋に運んで。今日は自分へのご褒美パーティーにするから!」

「ご、ご褒美……?」

「そう、断捨離記念日よ!」


 さあ、反撃の狼煙だ。

 まずは、この腐れ縁という名の粗大ゴミを、全力で処分させてもらうわよ!





 自室に戻った私は、アナが淹れてくれた極上のアールグレイを啜りながら、脳内の整理に勤しんでいた。


(…よし。改めて確認するわよ、美優)


 鏡に映る絶世の美少女(わたし)に向かって、心の中で呼びかける。

 前世の私は、決して「仕事ができるバリキャリ」ではなかったけれど、推し活のためなら緻密なスケジュールを組み、遠征費を捻出し、最速で仕事を終わらせる程度の「効率厨」ではあった。


 今の状況を、推し活風に例えるならこうだ。


『長年、親の勧めでファンクラブ(婚約)に入っていたけど、推し(ロンバート)が全く活動しないどころか、ファン()をアンチ扱いして塩対応。年会費(援助金)だけはしっかり徴収。』


 ……いや、これもう、推し変以前に脱退案件でしょ。

 そもそも、エインズ伯爵家というこの最高に快適な「ホーム」があるのに、なぜわざわざ不快なアウェイに突っ込んでいく必要があるのか。

 うちの家族は、前世の家族に負けず劣らず最高なのだ。


 父は、娘である私が視界に入るだけで目尻を下げて「ああ、ミュウ、今日も世界一可愛いね」とデレる重度の親バカ。

 母は、そんな父を「あなた、はしたないですよ」と窘めつつ、私の髪を毎日丁寧に梳かしてくれる慈愛の塊。

 兄は、「ミュウを泣かせる奴は、俺の剣(と笑顔)が許さない」と豪語する魅惑の貴公子。

 弟は、「姉上をいじめる奴は、俺が近衛になって叩きのめす!」と鼻息を荒くする元気印。


 ……うん。この包囲網、ロンバートじゃなくても震え上がるわね。

 むしろ、これまでよくこの家族相手に不義理を働けたものだと、彼の度胸だけは感心する。


「お嬢様、そろそろ夕食のお時間です。旦那様がお待ちですよ」


 アナの声に、私は「よし」と気合を入れ直した。

 今日のメインディッシュは、美味しい料理と、私の「婚約解消宣言」だ。





 ダイニングルームの重厚な扉が開くと、そこにはいつもの、温かすぎる光景があった。


「おお、ミュウ! 今日も一段と輝いているな。お茶会はどうだった? あのモンフォールの小僧、ちゃんとエスコートしたかな?」


 席につくなり、父が期待と不安の混ざった顔で聞いてくる。

 兄のアルフレッドと、弟のレオも、ナイフとフォークを止めて私に注目した。


「お父様。結論から申し上げますわ。……あの方、今日もいらっしゃいませんでした」


 私が淡々と告げると、一瞬で部屋の空気が凍りついた。

 父の額に青筋が浮かび、兄の爽やかな笑顔が「静かな怒り」に変わり、弟のフォークが皿の上でガチリと音を立てる。


「……またか。あの小僧、自分の立場をわかっているのか?」

「ミュウ。君が準備していたのは知っているよ。あんな奴のために、心を痛める必要はない」

「姉上! 俺、明日あいつの屋敷に乗り込んでくる!」


 家族のボルテージが上がる中、私は優雅にスープを一口飲み、そっと口元を拭った。


「それでね、お父様。私、決めましたの。……あの不燃ゴミ……あ、失礼。ロンバート様との婚約を、解消していただきたいのです」

「「「「…………え?」」」」


 全員の動きが止まった。

 特に父は、目を見開いたまま固まっている。

 これまで私がどれだけロンバートを慕っていたか(思い込みだけど)を知っているからこその衝撃だろう。


「ミュウ、本気なの? あなたはあの方のことを、幼い頃から……」

「お母様、それは『情』という名の呪縛ですわ。よく考えてみてください。あちらから頭を下げて結ばれた婚約なのに、十年間一度も歩み寄ろうとしない。それどころか、『金で売られた』と被害者面をして私を避ける。これ、立派な契約違反だと思いません?」


 私はスラスラと言葉を繋げた。前世で、理不尽なクレームを論破していた時の感覚が蘇る。


「第一、モンフォール伯爵家は我が家の援助のおかげで、今はもう経営が安定しています。私が嫁がずとも、彼らは十分にやっていけるはず。……いえ、むしろ私が嫁いだら、彼は私を疎んで、エインズ伯爵家の財産を食いつぶすだけの無能な夫になるでしょう。そんなの、我が家にとっても損失だと思いませんか?」

「そ、それは……確かに一理あるが……」

「お父様、私、愛されたいの。お父様とお母様のように、お互いを尊重し合える相手と、推し……じゃなくて、心ときめく生活を送りたいのです」


 ここで「愛されたい」という令嬢らしいキラーフレーズを投入。

 案の定、父の目には涙が浮かんだ。


「ああ、ミュウ! 済まない! 私が……私が、友人との付き合いを優先して、お前をそんな辛い目に遭わせていたなんて……!」

「いえ、お父様とモンフォール伯爵が仲が良いのは別の話です。友情は友情として続けてください。ただ、私は『彼の妻』にはならない。それだけです。……ね? 問題ないでしょう?」


 父はぐっと拳を握りしめ、力強く頷いた。


「わかった! ミュウがそう言うなら、私は全力で守ろう。明日、いや今すぐにでもモンフォール伯爵に話をつけに行こう!」

「あ、お父様。一つだけお願いがあります」


 私は、ニコリと「完璧な令嬢の微笑み」を浮かべた。


「お話は、あくまで『当主同士』で進めてください。ロンバート様には、正式に決まるまで何も知らせなくて結構です。……どうせ、彼はお茶会にも来ない、手紙も読まない。そんな彼に、わざわざこちらから『お別れ』を告げる手間をかけるなんて、時間の無駄ですから」

「……ミュウ、君、なんだか少し……逞しくなったね?」


 兄のアルフレッドが、感心したように、あるいは少し引き気味に苦笑いした。

 フフ、お兄様。これが「現実を知ったオタク」の強さですよ。


「それで、解消した後の話なんだけどさ……。姉上、次はどうするんだ? 婚約解消したら、『行き遅れ』なんて言う失礼な奴らも出てくるだろ?」


 弟のレオが心配そうに聞いてくる。

 確かに、十八歳での婚約解消は、この社交界ではスキャンダルだ。


「あら、レオ。心配は無用よ。私、実はやりたいことがたくさんあるの」


 私は、窓の外に広がる夜空を見つめた。

 この世界には、魔法がある。

 そして、私の記憶には、前世の極上のエンターテインメントがある。


「まずは……そうね。才能はあるのに埋もれている『原石』を見つけて、プロデュースしてみたいの。……極上の音楽と、魔法を融合させた、誰も見たことがないような舞台をね」


 バンギャとしての魂が、静かに燃え始める。

 この世界に、最高の「推し」を作って、私がその最前列に陣取る。

 婚約者に冷遇される生活より、白万倍楽しそうじゃない?


「お父様、婚約解消を解消したら、私の『自由』を認めていただけますか?」

「もちろんだとも! ミュウが望むなら、騎士団を動かしてでもその夢を叶えよう!」


 ……いや、騎士団はさすがにやりすぎだけど。

 こうして、私の「婚約解消」は、本人のあずかり知らぬところで、爆速で決定したのであった。





 翌日、お父様の行動はマッハだった。

「愛娘を泣かせるような家とは、友人ではいられても親戚にはなれん!」と鼻息を荒くしてモンフォール伯爵家へ乗り込んでいったのだ。


 結果は、驚くほどあっけなかった。

 帰宅したお父様は、少し複雑そうな、でもスッキリした顔で報告してくれた。


「ミュウ、すまなかったね。モンフォール伯爵もアデレード夫人も、真っ青になって謝っていたよ。……息子があそこまで酷い態度を取っていたとは、夢にも思わなかったそうだ」

「まあ、そうでしょうね。あの方は、親の前では『悲劇のヒーロー』を演じるのがお上手ですから」


 私が紅茶を啜りながら淡々と返すと、お父様は苦笑いした。

 話によると、モンフォール伯爵は「どうか考え直してくれ」と食い下がったらしいが、お父様が「娘が『愛されたい』と泣いたのだ(※盛ってる)」と言い放った瞬間、伯爵も返す言葉がなかったという。


「正式に婚約解消の書類は交わした。慰謝料……という名目の援助金返還などは求めないことにしたよ。その代わり、今後一切、 お前に接触しないことを約束させた」

「最高ですわ、お父様!」

「ははは、ミュウが笑ってくれるなら安いものだよ。ただ……」


 お父様が少し声を潜める。


「例の息子……ロンバート君には、まだ伝えていないそうだ。伯爵が『あんな愚か者、今は顔も見たくない。ほとぼりが冷めるまで、勝手にさせておく』と言い出してね。彼、今日も遊び歩いていて不在だったらしい」

「……え、自分の進退が決まるかもしれない日に、不在?」


 絶句した。

 あのおバカさん、私が「今日もお茶会で健気に待っている」と高を括って、どこかの令嬢とでも遊んでいたのかしら。

 まあ、いいわ。彼がいつ「自分はもう婚約者でもなんでもない」という事実に気づくのか、それはそれで楽しみな余興だ。


 こうして、私は十八歳にして、晴れて「自由」の身となった。











 婚約解消から数日。

 私は親友のリゼット……リーゼを誘って、王都のダウンタウンへと繰り出していた。


「ねえ、ミュウ。本当に大丈夫なの? 婚約解消なんて、普通はもっと寝込むものじゃない?」


 リーゼが心配そうに私を覗き込む。

 彼女はマレシェ伯爵家の令嬢で、幻影魔法の天才だ。派手なことが大好きで、私の「前世のノリ」を一番理解してくれそうな貴重な親友である。


「寝込む暇なんてないわ、リーゼ。私、新しい人生をプロデュースしたいの。……ねえ、その魔法、もっと面白く使ってみたくない?」

「魔法を面白く? ……例えば、お茶会の演出とか?」

「甘いわね。もっとこう……何千人もの人間を熱狂させるような、光と音の暴力……じゃなくて、芸術よ!」


 鼻息を荒くする私を、リーゼは引き気味に見ている。

 そんな時だった。


「…………っ」


 細い路地の奥から、微かに、でも震えるほど美しい旋律が聞こえてきた。

 それは、王都の喧騒を切り裂くような、孤独で、鋭いピアノの音色。


「……え? 何、この音」


 私のバンギャ……いや、音楽オタクとしてのアンテナが、ビンビンに反応する。

 前世で何度も聴いた、あの「gein」の旋律に似た、魂を削り取るような音。


「ちょっと、ミュウ!? どこに行くの!」


 止めるリーゼを無視して、私は路地裏へと飛び込んだ。

 ゴミ溜めの横。ボロボロの外套を羽織り、捨て置かれた古いアップライトピアノに向かっている影があった。


 長い前髪で顔は見えない。

 汚れの目立つ服に、度の強そうなメガネ。

 でも、その指先が鍵盤を叩くたび、空気が震えるのがわかった。


「…………素晴らしいわ」


 思わず声が漏れた。

 その瞬間、演奏が止まった。

 少年——いや、私と同じくらいの年齢の青年が、怯えたようにこちらを振り返った。


「あ……ご、ごめんなさい。すぐに……すぐに行きますから……」


 蚊の鳴くような、消え入りそうな声。

 ひどい人見知り。コミュ障の気配。

 でも、メガネの隙間からのぞく瞳は、信じられないほど澄んでいて……。


「待って。あなた、お名前は?」

「え……ディ、ディミトリ……です……」

「ディミトリ、ね。……決めたわ」


 私は彼の前にずいっと踏み込み、その細い手をガシッと掴んだ。

 ディミトリが「ひっ」と短い悲鳴をあげる。


「な、何を……」

「あなた、私にスカウトされなさい。私があなたを、この王国の頂点に連れて行ってあげる。……いいえ、全人類をあなたのファンにしてみせるわ!」

「えええええっ!? ミュウ、いきなり何言ってるのよ!」


 後ろから追いついてきたリーゼの叫びが響く。

 でも、私の目は本気だ。


 見つけた。

 磨けば光るどころか、世界を焼き尽くすほどの輝きを秘めたダイヤモンドの原石。

 この、自信なさげで、でも最高に尊い旋律を奏でる彼を、私は「推す」。

 全力で、命をかけて、この異世界に「スター」を爆誕させてやる。


「……まずはその服を脱ぎましょう。あ、変な意味じゃないわ。……お風呂と、最高の食事と、そして……私プロデュースの特設ステージを用意するわ」

「あ……う、あ……」


 パニックを起こして顔を真っ赤にするディミトリ。

 ああ、可愛い。守りたい、この才能。

 元婚約者の顔なんて、もう一ミリも思い出せない。


 こうして、私の「第二の人生」は、一人の天才ピアニストを「拾う」という衝撃的な形で幕を開けたのだった。



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