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貞操逆転世界で、僕は希少な男子らしい  作者: きなこもち
第5章

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「特別ではない告白」

 


 告白をすると決めた日の放課後は、朝からずっと落ち着かなかった。


 別に、何か特別なことが起きたわけじゃない。

 授業はいつも通り進んだし、教室のざわめきも、廊下の人の流れも、窓の外の空も、大体いつも通りだった。


 でも、僕の中だけがずっとうるさかった。


 ノートを開いても、文字が頭に入らないし。

 先生の声を聞いていても、意識の端では別のことを考えている。

 昼休みにひよりと目が合うだけで、胸のあたりが妙に落ち着かなくなる。


 昨日の放課後、教室で触れた指先の熱が、まだ少し残っていた。


 離したくない、と言った。

 あれはもう、告白のほとんど手前だったと思う。

 でも、それでもまだ言葉は足りなかった。


 ちゃんと言わないといけない。

 曖昧なままでは、また前と同じになる。

 気持ちがあるのなら、ちゃんと相手へ伝えなければいけない。


 そこまで来て、やっと分かる。


 断ることより、好きだと言うことの方が、ずっと怖い。


 断るときは、相手を待たせないために自分が傷つけばよかった。

 でも、好きだと言うときは違う。

 相手に選択してもらう必要性が生まれる。

 自分の気持ちを伝えたあと、相手に選択を委ねることになる。


 それは、今までの僕が避けてきたことだった。


(…でも)


 机の上のシャーペンを指で転がしながら思う。


 それでも、ひよりにはちゃんと伝えたかった。


 好かれている自分が好きだったこと。

 誰も選ばないままでいたこと。

 曖昧に優しくして、結果として何人も傷つけたこと。

 好きになるのが怖くて、ずっとそこから目を逸らし続けてたこと。


 その全部を伝えたうえで、今の自分は違うのだと伝えたい。


 チャイムが鳴る。

 最後の授業が終わる音。


 教室が少しずつ騒がしくなっていく。

 椅子の引かれる音。

 友達同士の会話。

 鞄を持ち上げる音。


 そのざわめきの中で、ひよりが僕の方を見た。

 ほんの一瞬だけ。

 でも、すぐに分かった。


 僕が今日、何かを決めていることに気づいている。


 ひよりは何も言わなかった。

 ただ、目が合ったまま少しだけ待つような顔をして、それから先に教室を出ていった。


 僕はその背中を見送りながら、ひとつ息を吐く。


 逃げない。

 今度こそ。


 ◇


 呼び出した場所は、校舎裏の渡り廊下の先にある小さな中庭だった。


 放課後になると人通りがかなり減る。

 夕方の光がやわらかくて、風も少し静かで、話をするにはちょうどいい。


 先に着いたのは僕だった。

 今日はさすがに早く来すぎなかったけれど、それでも約束より十分前にはいた。


 待っているあいだ、手のひらが少しだけ汗ばんでいるのが分かる。

 ポケットに手を入れても落ち着かない。

 結局また出して、空を見て、視線を足元へ落として、意味もなく呼吸の回数を数える。


(情けないな)


 小さく思う。

 でも、情けないくらいでちょうどいいのかもしれない。


 これはたぶん、かっこよくやるものじゃない。

 ちゃんと自分の気持ちを伝えるための時間だ。


「…待った?」


 声がして顔を上げる。


 ひよりがいた。


 制服姿。

 いつもと同じ制服姿のひより。

 なのに、今日は妙に胸が苦しくなる。


「いや、今来たとこだよ」


 反射で言ってから、自分で少しだけ笑いそうになる。

 前ならこういうのも、感じよく見せるための嘘として自然に使っていたのだろう。


 ひよりも同じことを思ったのか、少しだけ目を細めた。


「それ、たぶん嘘でしょ」


「…十分前くらい、かな」


「やっぱり」


「ごめん」


「だから何で謝るの」


 そのやり取りが、ありがたかった。

 少しだけ緊張がほどける。


 でも、今日ここへ来た理由まではごまかせない。


 ひよりもそれを分かっている。

 軽口のあと、自然に空気が静かになった。


「話ってなに?」


 ひよりが小さく言う。


「うん」


 そこで一度、呼吸を整える。


 言葉はもう決めてきた。

 でも、決めてきた通りに話せる気はしない。

 たぶん大事なのは、話す順番より、本音の方だ。


「…僕さ」


 口を開く。


「前まで、本当にひどかったと思う」


 ひよりは何も言わない。

 ただ、ちゃんと聞いている顔をしていた。


「モテるの、楽しかったし」

「好かれてるのも気持ちよかったし」

「誰か一人を選ばなくても、何となくうまくやってる気になってた」


 そこまで言ってから、自分でも嫌になる。


 今さらだけど、本当にひどい。

 それでも、そこを曖昧にしたままだと今日ここへ来た意味がない。


「やさしくしてるつもりだった」

「でも実際は、やさしいんじゃなくて、何も決めないで逃げてただけだった」


 七海の泣き顔が浮かぶ。

 しずくのキツイ言葉も。

 ひよりの“誰も選ばないのは優しさじゃない”という言葉も。


「それで人を待たせて」

「傷つけて」

「自分でもあとから嫌になって」

「なのに最初は、そこまでちゃんと見てなかった」


 ひよりが少しだけ視線を下げる。

 でも、それはつらそうというより、僕の言葉を一つずつ受け取ってくれてる顔だった。


「それから、断ることを覚えた」


 言葉を続ける。


「でも断るだけでも足りなかった」

「この世界だと、断るだけじゃ歓迎されないし」

「ただ受け入れるのも違うし」

「だから、自分で一線を引くことを覚えようとしてきた」


 そこまで言って、ようやく少しだけひよりの目を見る。


「それで、やっと分かったんだと思う」


「…何が?」


 ひよりの声は小さい。

 でも、揺れていない。


「僕がずっと怖かったのって」

「嫌われることだけじゃなくて」

「誰か一人をちゃんと好きになることだった」


 その一言を口にすると、胸の奥の何かがはっきりした形を取る。


 好きになるのが怖かった。

 それが、たぶん一番本当だ。


「好かれてる方が楽だった」


 静かに続ける。


「選ばなくて済むし」

「責任もないし」

「本気で向き合わなくても、よかったから」


 ひよりの指先が、制服のスカートの端を少しだけつまむ。

 緊張しているときの癖なのかもしれない。


「でも、ひよりさんといると違った」


 そこはもう、迷わず言えた。


「楽しいし」

「安心するし」

「それだけじゃなくて」

「ちゃんとしたいって思った」

「もっと知りたいって思った」

「笑ってると、うれしいし」

「照れてると、かわいいって思うし」

「一緒にいる時間が終わると、また会いたいって思う」


 ひよりが、ほんの少しだけ息を止めたのが分かる。


 でも、もう止まらなかった。


「それって、前までの僕が感じてたのと全然違うんだ」


 ひよりを見る。


「好かれてるから気持ちいいんじゃない」

「ひよりさんだから、うれしい」


 風が、中庭の木を少しだけ揺らした。

 葉の擦れる音が、すごく遠く聞こえる。


 ひよりはしばらく黙っていた。

 その沈黙が、やけに長い。


 でも、怖いのに目をそらしたくなかった。


「…ずるい」


 ようやく、ひよりが小さく言う。


「何で」


「そうやって直接言われると」

「怒れないし、逃げられないし、ずるい」


 その言い方に、少しだけ胸が軽くなる。

 全部拒絶される空気ではない。

 少なくとも今は。


「怒ってる?」


「少しは」

「遅いし」


「うん」


「ほんとに遅い」


「ごめん」


「そこは素直なんだ」


「今はちゃんと、そう思ってるから」


 ひよりが少しだけ笑う。

 でも、目の端は少し潤んでいた。


 その表情が胸にくる。


 ここで、もう一歩行かなければいけない。

 たぶん、ここが一番大事な一歩だ。


「…ひよりさん」


「うん」


「僕、ひよりさんが好きなんだ」


 言葉にした瞬間、自分でも少し驚くほどしっくりきた。


 普通に。

 たったその一言なのに、今までずっと遠かった場所がそこにある。


「資源として欲しがられるとか」

「特別扱いされるとか」

「守られるために囲われるとか、そういうのじゃなくて」


 喉の奥が少しだけ熱い。


「ちゃんと一人の人として」

「ひよりさんを好きになって」

「ひよりさんにも、そういうふうに向き合いたい」


 そこまで言って、もう逃げ道はないと思う。

 でも、今の僕にはその方がよかった。


「だから」


 ひとつ息を吸う。


「ひよりさんのこと、好きです」


 世界が少しだけ静かになる。


「これからも、隣でずっと一緒に生きていきたい」


 その言葉を出し切ったあと、胸のあたりが少しだけ軽くなる。

 怖さは消えない。

 でも、ごまかしていないぶん、前よりずっと息がしやすい。


 ひよりは何も言わなかった。

 ただ、両手をぎゅっと握って、少しだけ俯いている。


 それが数秒続いて、僕はようやく自分の心臓の音がかなりうるさいことに気づく。


 長い。

 いや、実際にはそこまで長くないのかもしれない。

 でも今の僕にはかなり長かった。


「…私も」


 ひよりがようやく顔を上げる。


 目が少し赤い。

 でも、泣いているわけではない。

 泣きそうなのをこらえて、ちゃんとこっちを見ている。


「凪くんのこと、好き」


 その一言で、胸の奥が熱くなる。


「最初から、ちょっと気になってた」

「でも最初の凪くん、かなりだめだったから」


「そこ強調するね」


「するよ」


 涙の手前みたいな顔で、それでもひよりは少し笑った。


「ちゃんと好きになるまで、すごい遠回りしたし」

「正直むかついたし」

「待たされてるって思ったこともある」


「うん」


「でも、ずっと見てたから」


 その言葉が、またまっすぐ入ってくる。


「変わっていくの」

「少しずつ変わっていこうとしてるの」

「全部見てたから」


 ひよりは一歩だけ近づく。


「待っててよかったって、今は思う」


 その一言で、胸の奥の何かがほどけた気がした。


 待っててよかった。

 それは、たぶん今の僕が一番欲しい言葉だった。


「…ありがとう」


 ひよりは少しだけ首を振る。


「ありがとう、じゃなくて」


「え」


「そこは、もっと別のこと言うとこじゃない?」


 その言い方が少しだけいつものひよりに戻っていて、緊張がほどける。

 でも、次の瞬間にはまたすぐ真剣な顔になった。


「あと」


「うん」


「遅い」


「知ってる」


「ほんとに遅い」


「はい」


「でも」


 ひよりが、少しだけ笑う。


「ちゃんと言ってくれたから、許す」


 その“許す”に、どうしようもなく胸がいっぱいになる。


 気づけば、僕の方から一歩近づいていた。


 ひよりも逃げない。

 距離が少しだけ縮まる。


「…手」


 ひよりが小さく言う。


「うん」


「つないでいいよ」


 その許可が、妙にやさしい。


 僕は少しだけためらってから、そっと手を伸ばす。

 ひよりの手に触れる。

 前みたいに偶然じゃない。

 人混みの中のとっさでもない。


 ちゃんと自分の意思で、つなぐ。


 ひよりの指が、少しだけ震えている。

 たぶん僕も同じくらい震えていた。


「…あったかいね」


 ひよりが小さく言う。


「うん」


「今まで、何回も手が触れそうだったのにね」


「そうだね」


「やっとだ」


 その“やっと”に、全部が詰まっている気がした。


 僕たちはずっと遠回りしてきた。

 好かれることと好きになることの違いが分かるまで。

 曖昧さの痛みが分かるまで。

 自分の意思を持つまで。

 そして今、やっとたった一人に向き合うところまで来た。


 夕方の光はやわらかく、二人の影が少しだけ長く足元へ伸びていた。


 世界はまだ何も変わっていない。

 男が資源であることも、簡単には消えない。

 それでも今この瞬間だけは、僕たちはただの男の子と女の子みたいに立っている気がした。


 それが、たまらなくうれしかった。



最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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