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貞操逆転世界で、僕は希少な男子らしい  作者: きなこもち
第4章

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38/50

「拒絶だけでは...」



その夜は、なかなか眠れなかった。


机の上に置いた保護局の資料を、開いて、閉じて、また開く。

書いてあることは変わらない。

読むたびに新しい情報が増えるわけでもない。


それでも、何度も見てしまう。


通学ルートの固定。

単独行動の制限。

接触調整。

行動報告。

滞在場所の指定。


どれも、やろうと思えば理解できる。

いや、理解できてしまうから困るのだ。


玲那みたいな相手がいる。

教室では“話しかけにくい男子”として少しずつ距離ができている。

好かれやすくて管理しやすい男子の方が、この世界では守りやすい。


そういう構造を一つ一つ考えていけば、保護局の提案はきれいに理屈が通っている。


でも、理屈が通っていることと、自分がその中で息をしやすいことは、やっぱり別だった。


ベッドの端に座りながら、僕はスマホを手に取る。

ひよりとの会話を見て、閉じる。

しずくの短い文を見て、閉じる。

澪さんの「無理しすぎないでね」を見て、閉じる。


みんな違うことを言っていた。

でも、結局は同じところへ戻ってくる。


**自分で選べ**


それが、今日一日の結論だった。


「…分かってるよ」


誰にともなく呟く。


分かっている。

でも、選ぶための材料がどれも苦い。


保護局の提案を全部受け入れれば、安全性は上がる。

少なくとも今よりは、外で一人で疲れる場面が減る。

玲那みたいな圧も、少しは防ぎやすくなるかもしれない。


でも、その分だけ自由は減る。

自分で決められる範囲が狭くなる。

そして一度それに慣れたら、たぶん戻るのはしんどい。


逆に、全部拒絶して今のままでいればどうなるか。


自分で一線を引ける。

自由も残る。

でも、歓迎はされない。

空気は冷える。

孤立も増える。

欲しい側からすれば、“近づける人間が限られる男子”として価値が上がることもある。


どちらか片方を選ぶだけでは、どちらにしても疲れていく。


「…だめだな」


小さく息を吐く。


今までの僕はずっと、二択で考えてきたのかもしれない。


受け入れるか。

拒絶するか。

やさしくするか。

冷たくするか。


でも、この世界はたぶん、その二択だけだと息苦しすぎる。


ただ拒絶するだけでは、生きにくい。

ただ受け入れるだけでは、自分が薄くなる。


そのあいだが必要なのだ。


そこまで思ったとき、しずくの言葉が頭に浮かぶ。


**全部受けるか、全部断るかの二択で考えると詰む**


「…ああ」


ようやく少しだけ、何を考えればいいのかが見えた気がした。


全部受け入れる必要はない。

全部拒絶する必要もない。


必要なのはたぶん、

**どこまで受けるか**

**どこから先は譲らないか**

を、自分で決めることだ。


拒絶すること自体が目的じゃない。

囲われないために、一線を引くこと。

でも、その線を“全部閉じる”の形でしか引けないなら、今度は自分の意思が薄くなっていく。




翌日、放課後。


保護局の建物へ向かう足取りは、前回より少しだけ重かった。

そのかわり、頭の中は前より少しだけ整理されている。


答えは出たわけじゃない。

でも少なくとも、“全部受けるか全部断るか”で苦しくなっていた昨日よりは、少しだけ先が見えていた。


案内された部屋に入ると、ひとえと紗世はすでに席についていた。


「座ってください」


僕は頷いて、向かいの椅子へ座る。


机の上には前回と同じ資料。

端末も開いている。

今日も部屋は静かで、白くて、きちんとしていた。


「ご検討いただけましたか」


紗世が静かに聞く。


「…はい」


僕は一度だけ息を整える。


「全部は受け入れません」


その一言で、部屋の空気がほんの少しだけ締まる。


ひとえがまっすぐこちらを見る。

紗世は端末に視線を落とさず、ただ待っている。


ここで言葉を濁したら、また前に戻る気がした。


「でも」


続ける。


「何も受けないつもりでもないです」


ひとえの目が、ほんの少しだけ動く。


「…具体的には?」


その問いに、僕は昨夜整理した言葉を一つずつ出していく。


「通学ルートの推奨や、危険な場所の回避は受けます」

「必要な連絡調整も、内容によっては従います」

「でも、放課後の単独行動を全部制限される形や、滞在場所を常に指定される形は受け入れたくないです」


言いながら、自分でも少し驚いていた。


前なら、こういう場ではもっと感情的になっていたかもしれない。

嫌だとか、息苦しいとか、そういう本音を先に出していたかもしれない。


今は違う。

嫌だと思う気持ちはある。

でも、それをそのままぶつけるより、どこを受けてどこを譲らないかを言葉にしたかった。


「…なるほど」


紗世が小さく頷く。


「一部条件付き受諾、ということですね」


「はい」


「全部あなた方に預けるつもりはありません」


そこは、はっきり言う。


ひとえが少しだけ息を吐いた。

困ったような、でも完全に否定はしない表情。


「東條くん」


「はい」


「管理と自律の両立は、簡単ではありません」


「分かってます」


「また、部分的な保護では十分な安全性が確保できない場面もあります」


「それも分かってます」


言いながら、自分の声が思ったより落ち着いていることに気づく。


怖くないわけじゃない。

ただ、ここで“全部は無理です”だけで終わるのも違うと思った。


「でも」


僕は言う。


「全部預けると、たぶん今度は自分で決める感覚までなくなる気がするんです」


ひとえと紗世が黙って聞いている。


「僕は最近、やっと断れるようになってきたところです」

「それは正直、かなりしんどかった」

「歓迎されないのも分かったし、話しかけにくいと思われるのも分かった」


一度だけ、机の上で手を組み直す。


「でも、そのしんどさごと全部消すために、今度は何もかも管理してもらう形になるのは違うと思うんです」


そこまで言うと、部屋はしばらく静かだった。


僕の言ったことが正しいのかどうかは分からない。

でも少なくとも、今の僕の中ではかなり本音に近い。


ようやく、ひとえが口を開いた。


「…自分で決める感覚を残したい、という理解でいいですか」


「はい」


「安全性を下げてでも?」


その問いは厳しい。

でも、逃げずに答えたかった。


「下げたいわけじゃないです」

「保護は受けたいです」

「でも、全部を保護の方へ寄せると、自分の意思が薄くなる感じがする」


ひとえはその答えを聞いて、少しだけ視線を落とした。

考えているようだった。


紗世が代わりに言う。


「つまり、東條くんが求めているのは“保護か自由か”の二択ではなく」

「“どこまで保護を受け、どこから先は自由を残すか”の線引きですね」


その言葉は、僕の考えていたことをとてもきれいに言い換えていた。


「…はい。たぶん、そうです」


「分かりました」


紗世は淡々と頷く。


「その希望自体は理解しました」


そこで少しだけ、胸の奥の緊張がゆるむ。


拒絶ではない。

少なくとも、最初から却下されたわけではない。


「ただし」


やはり続く。


「運用上はかなり調整が必要になります」

「支援側としては、曖昧な線引きがいちばん難しい」


その一言に、少しだけ苦笑しそうになる。


「…やっぱり扱いづらいんですね」


思わずそう言うと、ひとえがわずかに口元を緩めた。


「率直に言えば、はい」


「そこは正直なんですね」


「ここで濁しても意味がありませんから」


その返しが少しだけおかしくて、僕もほんの少しだけ肩の力が抜けた。


でも、その“扱いづらい”の中に、今の僕の立ち位置がきれいに出ている気がした。


全部受け入れるなら守りやすい。

全部拒絶するなら危険で、ある意味分かりやすい。

でも、そのあいだで“ここまでは受ける、ここから先は自分で決める”をやろうとする人間は、制度からすると一番面倒なのだろう。


それでも。


たぶん今の僕には、その面倒な位置が必要だった。


「…調整案を再作成します」


紗世が端末を操作しながら言う。


「希望をすべて反映できる保証はありません」

「ですが、本人の意思を残す形での再提案は可能です」


「ありがとうございます」


その言葉は、自然に出た。


通った、というほどではない。

でも少なくとも、“全部かゼロか”ではなくなった。


ここからまた別の息苦しさは出てくるだろう。

それでも、ただ断るだけの段階よりは少し先へ進んでいる気がした。


ひとえが、最後に静かに言う。


「東條くん」


「はい」


「あなたは今、かなり矛盾したことをしています」


「自覚はあります」


僕がそう返すと、ひとえはほんの少しだけ目を細めた。


「ですが、それは“何もかも拒絶する”より、ずっと成熟した矛盾さです」


その言い方に、少しだけ驚く。


褒められているのかどうか分かりにくい。

でも少なくとも、否定だけではない。


「…ありがとうございます」


そう返すと、ひとえは小さく頷いた。



保護局の建物を出ると、夕方の空気は少しひんやりしていた。


空は曇っていたけれど、雲の向こうから薄い光が差している。

白い壁にその光が反射して、少しだけやわらかく見える。


僕は立ち止まって、ひとつ息を吐いた。


拒絶できるようになった。

それは大きかった。

でも、拒絶できるだけでは足りない。


ただ断って、ただ離れて、それで生きていけるほど、この世界はやさしくない。

受け入れれば安全かもしれない。

でも、何もかも受け入れたら、自分で立っている感じがなくなる。


だから必要なのは、たぶんそのあいだだ。


どこまで受けるか。

どこから先は譲らないか。

どう線を引いて、どう生き残るか。


「…拒絶だけじゃ、足りないんだな」


小さく呟く。


その言葉は、今の僕の中でかなりはっきりしていた。



最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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