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貞操逆転世界で、僕は希少な男子らしい  作者: きなこもち
第4章

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「話しかけにくい男子」

 


 “話しかけづらい”は、ある日いきなり完成するものじゃなかった。


 少しずつ、言葉の前にためらいがつく。

 少しずつ、視線が一拍遅れる。

 少しずつ、“前ならこうだった”がずれていく。


 そうやって形になった空気のことを、たぶん人はあとからまとめて

 **話しかけにくい**

 と呼ぶのだと思う。


 その変化がはっきり見えたのは、週の半ばにある総合学習の時間だった。


 次の校外実習に向けた準備で、四人ずつの班を組んで簡単な役割分担を決める。

 担任が黒板の前で説明をしているあいだ、教室の中ではもう小さな相談が始まっていた。


「じゃあ、このへんで組もうか」

「去年一緒だった人いる?」

「移動班どうする?」


 いつもなら、こういう時間はわりとすぐ誰かに声をかけられていた。


 前の僕は、班に入れてもそこまで空気を乱さない男子だったのだと思う。

 むしろ、“いても平気そう”という安心感があったのかもしれない。


 でも今日は違った。


 何人かと目が合う。

 でも、そのまま視線が流れる。

 完全に避けられているわけじゃない。

 ただ、“どうする?”と軽く引っ張る感じがない。


 僕は自分の机に座ったまま、プリントの端を指でなぞる。


 楽なはずだ。

 勝手に輪の中へ組み込まれて、あとから近さの意味を考えるよりは、ずっと。


 それなのに、妙に居心地が悪い。


 教室のあちこちで班が埋まっていく音がする。

 椅子を寄せる音。

 名前を呼ぶ声。

 小さく笑う声。


 その流れの中に、僕の名前だけが少し乗り遅れている気がした。


「…東條くん」


 ようやく声をかけてきたのは、前の列にいる女子だった。

 クラス委員をしている、どちらかと言えばしっかりしたタイプの子だ。


「もし、まだ決まってなかったらなんだけど」


 そこまで言って、少しだけ言葉を探す顔をする。


「私たちのところ、来る?」


 “来る?”の前に、ほんの少しだけためらいがあった。

 前ならなかったはずの間だ。


 その一瞬で、いろんなことが分かる。


 断られるかもしれない。

 気を悪くされるかもしれない。

 前みたいに軽く誘える相手じゃない。


 向こうがそう思っていることが、ちゃんと伝わる。


「…いいの?」


 思わずそう聞き返すと、その子は少しだけ困ったみたいに笑った。


「いいの、っていうか」

「無理なら無理で全然いいんだけど」


 やっぱりその前置きが入る。


 無理なら無理で全然いい。

 今の僕の周りでは、その種の言葉が確実に増えていた。


「いや」


 僕は小さく首を振る。


「大丈夫。入るよ」


「そっか。よかった」


 女子はほっとした顔で頷いた。


 その“よかった”に、少しだけ刺さるものがある。

 僕が入ることに対してというより、断られなくてよかった、という安堵が混ざっているように感じたからだ。


 たぶん考えすぎじゃない。

 でも、向こうを責められる筋合いもない。


 前より僕が断る人間になったのは事実なのだから。


 ◇


 班の席へ移動すると、空気は表面上とても穏やかだった。


「じゃあ、役割どうする?」

「記録係やる人いる?」

「東條くん、移動経路まとめるの得意そうじゃない?」


 会話そのものは普通だ。

 いや、普通に見えるようにみんな気を遣ってくれているのかもしれない。


 僕もそれに合わせて、必要なところだけ返す。


「じゃあ、そのまとめ役をやります」

「あとは時間の確認もやります」

「細かい調整は先に書いておいた方がいいかも」


 前なら、この中にもっと余計なやわらかさを混ぜていた。

 軽く笑ったり、冗談っぽくしたり、相手が話しやすいように少し多めに返したり。


 今は違う。

 仕事として必要な分だけはやる。

 でも、そこで気安い近さを増やさないようにしている自分がいた。


 その結果、進行はスムーズだった。

 でも、どこか少しだけ硬い。


 班の一人が、メモを取りながらぽつりと言う。


「東條くん、最近ほんと変わったよね」


 その一言に、他の二人が一瞬だけ手を止めた。


 悪意のある言い方じゃない。

 むしろ、素朴な感想に近い。

 だから返しに困る。


「…そうかな」


 僕がそう言うと、別の子がすぐにフォローみたいに笑った。


「いや、何か、前よりちゃんとしてる感じ」


「それ、前はちゃんとしてなかったみたいじゃない?」


「そういう意味じゃなくて」


 少しだけ場がざわつく。


 ほんの小さなことだ。

 でも、こういう会話の中に今の僕の位置がよく出る。


 前よりちゃんとしてる。

 でも、前より近づきにくい。

 その両方を、みんな何となく感じている。


「前より、話しかけるときちょっと考えるかも」


 最初の子が、思ったよりそのまま言った。


 場の空気が一瞬だけ止まる。


 自分でも、そこまで言うつもりはなかったのかもしれない。

 言ったあとで少しだけ困った顔をしている。


「ごめん、変な意味じゃなくて」


 と続けた、その“変な意味じゃなくて”に、僕は妙な既視感を覚える。


 ああ、これ、前の僕だ。


 相手の表情が変わりそうになると、すぐ埋めにいく。

 角が立たないように、意味をやわらかくする。


 少し前まで、僕はずっとそれをやっていた。


「…分かるよ」


 僕はできるだけ平たい声で言った。


「前より、そうなってると思う」


 三人が少しだけ驚いた顔をした。


 たぶん、否定されると思っていたのだろう。


「断ること増えたし」

「前みたいに、何でも軽く返す感じじゃなくなったから」


 そこまで言うと、場の空気が少しだけ戻る。


 ちゃんと認めた方が、むしろ変な緊張は減るのかもしれない。


「…でも」


 クラス委員の子が小さく言った。


「冷たいって感じではないよ」


 すぐに、別の子も頷く。


「うん。何か、前より慎重って感じ」

「こっちも慎重になるけど」


 その表現の方が正確だった。


 冷たいわけじゃない。

 ただ、軽く触れにくくなった。

 気を遣う相手になった。


 それを、人はたぶん

 **話しかけにくい**

 と呼ぶ。


「…まあ、話しかけやすくはないかもね」


 自分でそう言うと、少しだけ場が静まったあと、誰かが苦笑した。


「本人で言うんだ」


「分かってるから」


「そっか」


 その“そっか”には、妙な納得があった。


 前より話しかけづらい。

 でも、それは本人も分かっている。

 少なくとも、それで少しだけ安心する部分があるのかもしれない。


 ◇


 授業が終わって席へ戻る途中、僕は教室の後ろで小さな声を聞いた。


「前の方がやさしかったよね」

「うーん…でも今の方がちゃんとしてる感じもする」

「分かる。でもちょっと気を遣う」

「何か、話しかけにくいっていうか」


 そこで足が止まりかけて、でもそのまま歩いた。


 聞こえてしまった。

 偶然。

 たぶん向こうに悪意はそこまでない。


 ただ、感想としてそうなのだろう。


 前の方がやさしかった。

 今の方がちゃんとしている。

 でも、気を遣う。

 話しかけにくい。


 全部、半分ずつ正しい気がした。


 席に戻って、静かに鞄を開く。

 教科書をしまいながら、胸の奥が少しだけざらつく。


 反発したい気持ちもある。

 勝手なこと言うな、とも思う。

 僕だって好きで面倒な人間になっているわけじゃない。


 でも同時に、全部が的外れとも言い切れない。


 前の僕は、感じがよかった。

 でもその感じのよさは、かなりの部分が曖昧さでできていた。


 今の僕は、前より誠実であろうとはしている。

 その代わり、気軽に近づける感じは減った。


 その変化を、“話しかけにくい”と受け取る人がいても不思議ではない。


「…めんどくさいな」


 小さく呟く。


 自分が、だ。


 ただ断るだけでいいわけでもなく、

 ただやさしくすればいいわけでもない。

 そのあいだでどう見られるかまで全部ついてくる。


 放課後のチャイムが鳴る。


 教室がまたざわつき始める。

 そのざわめきの中で、ひよりが僕の席の横を通りながら、ほんの小さく言った。


「聞こえてた?」


 僕は少しだけ肩をすくめる。


「まあ」


「…そっか」


「別に、そんなに間違ってないし」


 そう返すと、ひよりは一瞬だけ目を見開いた。

 でもすぐに、少しだけやわらかい顔になる。


「前より、ちゃんと自分のこと見てるね」


「うれしくない褒め方だな」


「でも大事だよ」


 ひよりはそこで立ち止まらず、そのまま数歩進んでから振り返る。


「話しかけやすい方が、生きやすいのは本当だと思う」


「うん」


「でも、話しかけやすいだけの凪くんも、たぶんもう無理でしょ」


 その言葉は、静かに本当だった。


 戻れない。

 前みたいな、誰にでも少しずつやわらかい男子には。


 その代わり、今の僕は前より少しだけ厄介で、前より少しだけ誠実だ。


 その両方を持ったまま、この世界ではたぶん“話しかけにくい”になる。


「…だろうね」


 僕がそう言うと、ひよりは小さく頷いた。


「じゃあ、その話しかけにくさごと生きるしかないんじゃない?」


 軽く言うくせに、内容は重い。


 扱いづらさごと生きる。


 たぶんそれが、この巻の最初の問いなのだろうと思った。


 前みたいなやさしい男子には戻れない。

 でも、話しかけにくい男子になって終わるわけにもいかない。


 そのあいだで、どう立つか。


 そこを考えなければいけない段階に、もう来ているのだと感じた。


 教室の窓の外では、夕方の光が少しだけ傾き始めていた。


 好かれやすい男子じゃなくなったぶん、話しかけにくい男子にはなったらしい。



最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

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