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貞操逆転世界で、僕は希少な男子らしい  作者: きなこもち
第3章

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「自由を歓迎しない」

 


 呼び出しは、ひどく事務的だった。


 五限の終わり、担任が僕の席の横に来て、いつもの声で言っただけだ。


「東條くん、放課後に保護局へ寄ってください」


 それだけ。


 周囲に聞こえても問題ない言い方。

 でも、だからこそ少しだけ雰囲気が止まる。


 前みたいに、誰かがあからさまにこちらを見ることはない。

 でも、一瞬だけ視線が集まって、すぐに散る。

 その短い動きだけで十分だった。


 保護局。

 今の僕にとって、その言葉はもうただの制度名じゃない。


 守られるための場所。

 評価される場所。

 数字にされる場所。

 そして、ときどき、正しさの形で追い詰められる場所。


「…分かりました」


 そう返すと、担任は軽く頷いて去っていく。


 教室のざわめきはすぐに戻った。

 何事もなかったみたいに。


 でも僕の中だけは、放課後の予定が一気に重くなる。


 理由はだいたい分かっていた。


 最近の僕の変化。

 接触の減少。

 断る回数。

 雰囲気の変化。


 たぶん、それを“確認”されるのだ。


 ◇


 放課後、保護局の建物へ向かう廊下は、いつ歩いても音が少ない。


 人はいる。

 職員も、生徒も、出入りしている。

 でも誰も大きな声を出さないし、足音も不思議なくらい静かだ。


 白い壁。

 整いすぎた掲示物。

 余計なものの少ない廊下。


 ここに来るたび、自分が少しずつ“個人”じゃなくなっていく感じがする。


 案内された部屋の前で一度だけ深呼吸してから、ノックをする。


「どうぞ」


 中に入る。


 そこにいたのは二人だった。


 鷹宮ひとえ。

 そして霧島紗世。


 ひとえはいつも通り背筋を伸ばして座っていて、紗世は薄い端末を開いたまま視線だけをこちらに向けた。


 二人とも表情は穏やかだ。

 怒っているわけではない。

 でも、その穏やかさが逆に逃げ場をなくす。


「座ってください」


 ひとえに促されて、向かいの椅子に腰を下ろす。


 机の上は整っていた。

 紙の資料はほとんどなく、端末が二台。

 その画面の向こうに、たぶん今の僕が数字や記録として並んでいる。


「本日は確認です」


 最初に口を開いたのは紗世だった。


 静かな声。

 やわらかいが、隙がない。


「最近の対人接触傾向について、少し変化が見られています」


 その一言で、やはりそうかと思う。


「…はい」


「以前より個別接触を避ける行動が増えています」

「また、誘いに対して明確な断りを入れるケースも確認されています」


 確認。

 断り。

 ケース。


 その言葉の一つ一つが、僕の行動を僕自身のものから少しずつ切り離していく。


「悪いこと、なんですか」


 思ったよりすぐに言葉が出た。


 紗世は一拍置いてから首を横に振る。


「いいえ。拒絶そのものは権利として認められています」


 そこまでは予想通りだった。


「ただし」


 やはり続く。


「周囲との摩擦は以前より増加傾向です」

「また、“対応が難しい”という印象を持たれる頻度も上がっています」


 対応が難しい。


 その表現は、思ったより直接的に胸へ落ちた。


 面倒。

 気を遣う。

 近づきにくい。

 制度の言葉に直すと、そういうことなのだろう。


「断ること自体が問題ではありません」


 今度はひとえが言った。


 声は落ち着いている。

 でも、やはり事務的すぎない程度に整っている。


「ただ、希少な男子の対人行動としては、以前より扱いづらさが増しているのは事実です」


「…扱いづらい」


 思わず復唱すると、ひとえはわずかに頷いた。


「はい」


「それは、誰にとってですか?」


 自分でも、少しだけ刺のある聞き方だと思った。

 でも、今はそこを曖昧にしたくなかった。


 紗世が端末に視線を落としながら答える。


「学内環境全体です」

「同級生、教職員、支援担当、保護対象管理の観点を含みます」


 あまりにもきれいな答えだった。


 つまり、みんなにとって、だ。


「…断ることは自由なんですよね」


 僕は視線を上げたまま言う。


「はい」


 ひとえの即答。


「でも、断ると“扱いづらい”になる」


「結果としては、そう評価される場面があります」


 また、その言い方だ。


 善悪ではない。

 ただ傾向。

 ただ事実。

 ただ観測。


 その無機質さが、一番息苦しい。


「それって、歓迎されてないってことですよね」


 部屋の雰囲気が少しだけ静かになる。


 紗世とひとえが一瞬だけ視線を交わした。

 先に答えたのはひとえだった。


「率直に言えば、歓迎はされにくいです」


 その言葉は、思ったよりまっすぐだった。


「この社会は、基本的に“受け入れやすい男子”を前提に組まれています」

「保護、支援、進路設計、接触管理」

「どれも、ある程度の協調性を想定しています」


 僕は唇を結ぶ。


 前から薄く感じていたことを、ついに言葉にされた感じがした。


 受け入れやすい男子。

 断らない男子。

 管理できる男子。


 そういう存在の方が、制度にとって扱いやすい。


「…つまり」


 自分でも声が少し低くなる。


「受け入れる男子の方が、守りやすいってことですか」


「はい」


 今度は紗世が答えた。


「管理しやすく、予測しやすく、環境調整も容易です」


 そこまで潔く言われると、逆に笑いたくなってくる。


 守る。

 でも、守りやすい形の方を好む。


 それはたぶん制度としては合理的なんだろう。

 でも、個人としてその中に入ると、かなり苦しい。


「…じゃあ、結局」


 僕は机の上で手を組む。


「受け入れた方が、生きやすいんですね」


 紗世は即答しなかった。

 少しだけ慎重に言葉を選ぶ。


「少なくとも、周囲との摩擦は少ないです」


 否定しない。

 でも、その言い方の中には少しだけ人間味がある。


「ただし」

「それが本人にとっての希望かどうかは、また別の話です」


 その一言で、少しだけ呼吸が戻る。


 全部が制度の都合だけではない。

 少なくとも、この人たちはそこを分かってはいる。


 でも、分かっていても構造は変わらない。


「東條くん」


 ひとえが静かに言った。


「あなたが今していることは、間違っているわけではありません」


 その言葉は、救いのようでいて、救いになりきらない。


「ですが、以前より不利になる場面は増えます」

「人間関係も、支援評価も、将来的な進路も」


 不利。

 やっぱりそこへ戻る。


 断ることは許される。

 でも、歓迎はされない。

 そして結果として少しずつ不利になる。


 それは、かなりきれいな圧力だった。


「…それでも、断るしかないときもあります」


 自分でも驚くほど、まっすぐ言えた。


 ひとえは少しだけ目を細める。


「ええ。あります」


「じゃあ、どうしろって言うんですか」


 今度は少しだけ感情が混ざった。


「断るな、とは言わない」

「でも断ったら扱いづらいと言われる」

「受け入れた方が楽だとも言われる」


 机の上に置いた手に、少しだけ力が入る。


「それで、何を選べばいいんですか」


 部屋の中が静かになる。


 この沈黙は嫌いじゃない。

 少なくとも、適当な慰めやごまかしよりましだ。


 先に口を開いたのは、ひとえだった。


「選ぶしかありません」


 短い答えだった。


「どちらを選んでも、痛みはあります」


 その言葉は、前よりずっと人間の言葉に近かった。


「受け入れれば、自分を削るかもしれない」

「断れば、周囲との摩擦や不利益が増えるかもしれない」


 そこで少しだけ声を落とす。


「それでも、あなたが選ぶしかない」


 その言い方は残酷だった。

 でも、きっと本当だった。


 制度は守る。

 けれど、人生を代わりに引き受けてはくれない。

 苦しさを完全には消してくれない。

 選択そのものは、やっぱり僕のところへ返ってくる。


「…不快に思うのは理解できます」


 紗世が静かに言う。


「この社会が、受け入れる男子を前提に作られているのは事実です」

「それは東條くんのようなタイプには息苦しいでしょう」


 その認識があることに、少しだけ驚く。

 もっと完全に制度側の言葉だけが返ってくると思っていた。


「ただ」


 紗世の声は、やはりそこで少しだけ硬くなる。


「現実は変わりません」


 それが、今日の結論なのだと思った。


 不快でも。

 理不尽でも。

 息苦しくても。

 現実は変わらない。


 僕が断るなら、そのぶん歓迎されにくくなる。

 それでも断るかどうかは、自分で決めるしかない。


「…分かりました」


 小さくそう言う。


 本当の意味で全部納得したわけじゃない。

 でも、今はそれしか言えなかった。


 ひとえはゆっくり頷いた。


「本日は以上です」


 形式としては、それで終わりだった。


 でも立ち上がる前に、ひとえがもう一度だけ言う。


「東條くん」


「はい」


「あなたが今していることは、少なくとも“無自覚なまま流されること”ではありません」


 その言葉に、少しだけ足が止まる。


「それは以前との大きな違いです」


 僕は返事をしなかった。

 返事をすると、変に軽くなりそうだったからだ。


 ただ小さく頭を下げて、椅子を引いた。


 ◇


 保護局の建物を出ると、外の雰囲気は少し冷たかった。


 夕方の光がガラスに反射して、白い壁がやけにまぶしい。

 誰も怒っていない。

 誰も責めていない。

 でも、ちゃんと圧はあった。


 断ることは自由。

 ただし、歓迎はされない。


 その構造を、今日はきれいな言葉で見せられた。


「…面倒くさい」


 小さく呟く。


 でも、それは半分しか本音じゃない。


 面倒なのは事実だ。

 けれど本当にきついのは、正しいことと生きやすいことが、ここではきれいに重ならないことだった。


 断るのは正しい。

 でも、楽にはならない。


 受け入れれば楽かもしれない。

 でも、自分が薄くなるかもしれない。


 そのどちらも、自分で選ぶしかない。


 空を見上げる。

 そこには今の僕の気持ちを表すような薄い雲が流れていた。



最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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