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貞操逆転世界で、僕は希少な男子らしい  作者: きなこもち
第3章

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24/50

「比良坂しずくは、断り方を教える」

 


 神代玲那と別れたあとの帰り道、僕はずっと同じことを考えていた。


 断るのは正しい。

 曖昧にしない方がいい。

 それは分かる。


 でも、断れば終わるとは限らない。

 むしろ、断ったからこそ輪郭を持つ感情もある。


 傷つき。

 怒り。

 執着。


 玲那は、そこを妙に楽しそうに言った。

 でも、たぶん言っていた内容そのものは間違っていない。


 七海みたいに静かに引く人もいれば、そうじゃない人もいる。

 傷つくことと、諦めることは同じじゃない。


(じゃあ、どう断ればいいんだ)


 心の中でそう呟く。


 断る。

 でも隙は残さない。

 相手の価値は否定しない。

 でも希望も持たせない。


 そんな器用なことが、本当に自分にできるのか分からなかった。


 次の日の昼休み、教室を出て一人で階段を下りていると、踊り場の窓際に見慣れた後ろ姿があった。


 比良坂しずく。


 片手にペットボトルを持って、窓の外を見ている。

 僕が近づく足音に気づくと、振り返りもせずに言った。


「東條」


「…何でいるの」


「待ってた」


 最近この台詞ばっかり聞いている気がする。


「みんなそんなに僕のこと待つの好きなの」


「別に」


 しずくはそこでようやく振り返った。


「今日は用があるだけ」


 そう言いながら、壁から背を離す。

 表情はいつも通り、ほとんど動いていない。


 でも、その目はたぶん僕の顔色をかなり細かく見ている。


「顔、疲れてる」


「そういうの今さらだよ」


「うん。だから本題」


 いちいち無駄がない。


「昨日、神代玲那と話したでしょ」


 またそれか、と思う。


「何でみんな知ってるの」


「目立つから」


「目立ってるつもりないんだけど」


「目立ってるんだよ」


 しずくは即答した。


「東條、自分が目立たないように動いてるつもりでも、希少な男子が人目のある場所で神代玲那に捕まってたら普通に目立つ」


 その言い方があまりにもその通りで、反論できない。


「…で、何」


「断り方、まだ下手」


 また容赦がなかった。


「会ってすぐそれなの?」


「うん」


 しずくはペットボトルの蓋を開けて一口飲む。


「前よりはまし」

「でも、まだだいぶダメ」


「ダメ?」


「やさしくしようとしすぎ」


 僕は眉を寄せる。


「やさしくしない方がいいってこと?」


「そうじゃない」


 しずくは首を振る。


「やさしさと隙を混同してるのが下手って言ってる」


 その言い方は、またひどく正確だった。


 やさしさと隙。

 その二つは似ているようで違う。

 でも、今までの僕はたぶんそれをほとんど同じものとして扱ってきた。


「昨日の玲那との話もそう」


 しずくが続ける。


「東條、途中まではちゃんと断ってた」


「途中までは、って」


「でも、相手の反応を見て動揺する」

「表情が変わると気にする」

「自分が言いすぎたかもって雰囲気が出る」


 図星だった。


 たしかに僕は、はっきり拒絶の言葉を口にしても、その直後に相手の顔色を見てしまう。

 傷ついたか、怒ったか、もっと悪化したか。

 それを全部確かめたくなるし、何なら埋めたくもなる。


「それじゃ、結局まだ相手の機嫌まで気にしてる」


 しずくの言葉は短いのに、逃げ場がない。


「…だって、気になるでしょ」


 思わずそう返す。


「断って終わり、ってわけじゃないんだから」

「向こうがどう受け取るかもあるし」


「あるよ」


 しずくはあっさり頷く。


「でも、それを全部東條が気にする必要はない」


 その一言に、少しだけ黙る。


 気にする必要はない。


 その発想が、僕にはまだあまりなかった。


「断るってさ」


 しずくは窓の外へ一度だけ視線を流してから、また僕を見る。


「相手の感情まで背負うことじゃない」


「……」


「自分の意思を伝えて、そこから先は相手の領域に返すこと」


 その説明は、思った以上にしっくりきた。


 相手の領域に返す。

 僕は今まで、そこまで自分で持っていこうとしていたのかもしれない。


 傷つけたくない。

 怒らせたくない。

 できれば納得してほしい。

 そんなふうに、断ったあとまでうまく着地させようとしていた。


 でも、それはたぶん無理だ。

 無理だし、そこまでやろうとするからまた隙が生まれる。


「…でも、冷たくならない?」


「なるときはなる」


 しずくは平然と言う。


「それでも、曖昧に期待を残すよりまし」


「簡単に言うなぁ」


「簡単じゃないよ」


 珍しく、しずくはそこで少しだけ声をやわらげた。


「簡単じゃないから、断り方を覚えた方がいいって話」


「断り方?」


「うん」


 しずくはペットボトルを手すりの上に置いた。


「東條、断るときに毎回その場の感情で言葉を選んでるでしょ」

「だから動揺する」

「だから余計な一言が混ざる」


 そこまで言われると、本当にその通りだった。


 その場の顔色。

 その場の雰囲気。

 その場の自分の罪悪感。


 そういうもので言葉を選ぶから、いつもぶれる。


「だから、ある程度決めとく」


「何を」


「言い方」


 しずくは指を一本立てる。


「まず、主語は自分」

「“あなたが悪い”じゃなくて、“私は受け取れない”」


 次にもう一本。


「理由は足しすぎない」

「長くなると、そこに逃げ道ができる」


 さらにもう一本。


「慰めを入れすぎない」

「“でも”“また”“今は”は、たいてい希望になる」


 その一つ一つが、今までの僕の失敗の見本みたいだった。


「例えば?」


 僕が聞くと、しずくは少し考えるように視線を上げてから、淡々と並べた。


「“ごめん。でも、それには応えられない”」

「“その気持ちは受け取れません”」

「“前みたいな距離には戻れない”」

「“これ以上仲良くなるつもりはない”」


 短い。


 驚くくらい短い。

 でも、そのぶん隙がない。


「きつくない?」


「きついよ」


 しずくはまた即答した。


「断るんだから」


「……」


「東條、断るのに“相手がまったく傷つかない形”を探してるでしょ」


 言われて、胸が小さく詰まる。


 たしかに、ずっとそうだった。

 傷つかない形。

 嫌われない形。

 相手が傷つきすぎない形。


 でも、たぶんそれを探し続けた結果が、あの七海の涙だった。


「そんなの、ないから」


 しずくが静かに言う。


「あるとしても、かなり特殊」

「少なくとも東條が今すぐ毎回やるのは無理」


「はっきり言うね」


「はっきり言わないと、また“じゃあもう少しうまくやれたかも”ってそっちに逃げるでしょ」


 それも正しかった。


 もし、もっとやさしい言い方があったかもしれないと思い始めたら、僕はまたそっちに意識を向ける。

 そしていつか、また隙を残す。


「…何かさ」


 僕は窓の外を見ながら言う。


「断るって、冷たい人間になることみたいに感じるんだよね」


 しずくは少しだけ黙ってから答えた。


「逆」


「逆?」


「期待を持たせ続ける方が、よっぽど相手の時間を奪う」


 その一言で、背中が少しだけ伸びる。


「断るのは、相手に冷たくすることじゃない」


 しずくが続ける。


「相手を、これ以上待たせないこと」


 その表現は、今までのどの言葉よりも深く入ってきた。


 待たせない。

 そうか。

 僕がしていたのは、たぶんずっとそれだった。


 はっきり言わず、

 やさしそうな顔をして、

 いつか何かあるかもしれない場所へ相手を置いておく。


 それは優しさじゃなくて、待たせることだった。


「…ほんとに全部言葉にするね」


 僕が小さく言うと、しずくはほんの少しだけ肩をすくめた。


「その役だから」


「誰が決めたの」


「私」


 前にも聞いた返しだった。

 でも今日は、少しだけ笑えた。


 しずくはその小さな変化に気づいたのか、気づいていないのか、表情を変えずに続ける。


「あともう一個」


「まだあるんだ」


「ある」


 容赦がない。


「断ったあと、相手が怒るか傷つくかまでを“自分のせい”にしない」


 その言葉に、思わず顔を上げる。


「いや、それはでも」


「東條がわざと傷つける言い方をしたなら別」

「でも、必要な線引きの結果まで全部“自分のせい”にしたら、また動揺する」


「……」


「罪悪感はあっていい」

「でも、罪悪感で自分を傷つけない」


 そこで、ようやく今日いちばん落ち込んだ感じがした。


 罪悪感で自分を傷つけない。


 僕はずっと、それをしていたのかもしれない。


 相手が傷つく。

 申し訳ない。

 だから少しやわらかくする。

 少しだけ逃がす。

 少しだけ希望を残す。


 でもそれは、罪悪感の処理を相手に押しつけていただけだ。


「…きついな」


 思わず漏らすと、しずくは少しだけ目を細めた。


「うん」


「でも、たぶん今の東條には必要」


 その声は、完全な断定ではなかった。

 でも、同様も少なかった。


 僕は壁にもたれながら、しずくがさっき並べた言葉を頭の中で繰り返す。


 **ごめん。でも、それには応えられない。**

 **前みたいな距離には戻れない。**

 **これ以上仲良くなるつもりはない。**


 どれも短い。

 短いのに、逃げ道がない。


「…怖いね」


 ぽつりと出た本音に、しずくはすぐ返した。


「うん」


「そこは否定しないんだ」


「怖いでしょ」


「まあ」


「怖いままでいいよ」


 その一言が、思ったより救いになった。


 怖くないふりをしなくていい。

 完璧にできる前提じゃなくていい。

 ただ、怖くても曖昧にしないこと。


 今の僕に必要なのは、たぶんそのくらいの覚悟なのかもしれない。


「…ありがとう」


 今度は、ほとんど反射じゃなく言えた。


 しずくは少しだけ目を瞬かせる。

 それから、ほんのわずかに視線を逸らした。


「まだ礼を言うとこじゃない」


「厳しい」


「実践できてからにして」


 やっぱりそこで甘やかさない。

 でも、その言い方の奥に、完全な突き放しではない温度があるのも分かる。


「分かった」


 僕がそう言うと、しずくはペットボトルを持ち直した。


「じゃあ、次」


「次?」


「ちゃんと使って」


 それだけ言って、階段の方へ歩き出す。


 数歩進んだところで、一度だけ振り返った。


「東條」


「何」


「期待を持たせた先送りが、一番やっかいだから」


 その一言を残して、しずくは今度こそ行ってしまった。


 一人残された踊り場で、僕はしばらく動けなかった。


 期待を持たせた先送り。


 それはたぶん、今までの僕そのものだった。


 でも、やっとそこに名前がついた。

 どう違って、どこがずるくて、どう変えなきゃいけないのか、少しだけ輪郭が見えた気がする。


 断るのは、相手に冷たくすることじゃない。

 相手を待たせないこと。


 この考え方なら、少しだけ前に進めるかもしれない。



最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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