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貞操逆転世界で、僕は希少な男子らしい  作者: きなこもち
第2章

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19/50

エピローグ 「次はちゃんと」

 


 翌朝は、思っていたより普通に来た。


 目が覚めて、カーテンの隙間から光が入っていて、遠くで車の音がしていて。

 昨日みたいなことがあった次の日なのに、世界の方は何も変わっていない。


 それが少しだけ不思議だった。


 もっと何か、はっきり壊れた感じが残るかと思っていた。

 教室に行けば空気が全部変わっているとか、スマホを見た瞬間に取り返しのつかないものが並んでいるとか、そういう分かりやすい“終わり”が来るのかと思っていた。


 でも実際には、朝はただ朝として来る。


 制服に着替える。

 顔を洗う。

 机の上のスマホを見る。


 そこで少しだけ息を止めた。


 通知は、いくつか来ていた。


 多くはない。

 でも、ゼロでもない。


 画面を開く。

 ひよりからは「寝た?」という短いメッセージが一件。

 それから、クラスの連絡グループ。

 あと二つ、個人メッセージ。


 七海からではなかった。

 それに少しだけ安堵して、すぐにその安堵を恥ずかしく思う。


 逃げているだけだ。

 来ていないことで、向き合う機会を先延ばしにされたと安心しているだけ。


 僕はベッドの縁に座り、スマホを握ったまましばらく動かなかった。


 ひよりには、あとで返せる。

 グループの連絡も問題ない。

 問題は、残り二つだった。


 名前を見る。

 一人は前に何度か二人で話した相手。

 もう一人は、最近距離を詰めてきていた子。


 文面はどちらも重くない。


 “昨日ちょっと大変だったね”

 “無理してない?”


 そのくらいの、やさしい言葉。


 前の僕なら、そのやさしさにそのまま返していただろう。


 大丈夫。

 ありがとう。

 心配してくれて嬉しい。

 また話そう。


 そうやって返して、また少しだけ相手の気持ちを温めて、また少しだけ隙を残す。


 でも、今はそれをしたくなかった。


 したくない、というより、もうできないと思った。


 僕は返信欄を開く。

 指が止まる。

 何を書くべきか、まだ怖いくらいにはっきりしている。


 優しくしすぎない。

 期待を残さない。

 でも、必要以上に刺さる言い方もしない。


 昨日までなら、そんな書き方は冷たいだけに思えた。

 今はたぶん、そっちの方が誠実なんだと思う。


 最初のメッセージに返信する。


 **心配してくれてありがとう。今は個別にやり取りを増やさないようにしています。ごめんね。**


 打って、止まる。


 これでいいのか分からない。

 でも少なくとも、“また今度”は入っていない。

 “落ち着いたら”も入っていない。

 自分で自分に逃げ道を残す言葉を、今は入れたくなかった。


 送信する。


 胸の奥が小さく痛んだ。

 嫌われるかもしれない、と思う。

 感じが悪いと思われるかもしれない、とも思う。


 でも、それでも送った。


 次にもう一つ。


 **ごめん。今は二人でやり取りするようなことを続けるつもりはないです。**


 今度の方が少しだけ硬い。

 でも、曖昧ではない。


 送信。


 画面の中で小さく既読がつくわけでもないのに、息が詰まる。


 たったそれだけのことで、こんなに疲れるのかと思う。

 昨日までの僕なら、絶対に選ばなかった返し方だ。


 でも。


 たぶん、こういうことなんだろう。


 ちゃんと断る、って。


 ◇


 学校へ向かう道は、昨日までと何も変わらなかった。


 朝の空気。

 駅前のざわめき。

 校門までの坂道。

 見慣れた風景の中を歩きながら、胸の奥だけが少しずつ固くなっていく。


 今日から変われる、なんて思ってはいない。

 昨日一日で何かを理解したとしても、それがすぐ全部の態度に反映されるほど僕は器用じゃない。


 それでも、昨日までと同じままではいられない。

 その感覚だけは、かなりはっきりしていた。


 校門をくぐる。


 視線はある。

 消えたわけじゃない。

 たぶんこの先も、簡単には消えない。


 でも、その視線を受けたときの自分の中身が、ほんの少しだけ違った。


 前みたいに“誰がこっちを見てるんだろう”と期待混じりに意識するんじゃなくて、

 “どう返すか気をつけなきゃ”が先に来る。


 それが成長なのか、萎縮なのかはまだ分からない。

 でも、少なくとも無自覚ではない。


 教室に入ると、何人かと目が合った。

 その中には昨日まで気軽に話していた子もいる。


「おはよう、凪くん」


 声が飛ぶ。


 僕は少しだけ間を置いてから返す。


「おはよう」


 それだけ。


 前なら、もう一言足していたかもしれない。

 笑いながら、軽く話を広げたかもしれない。

 今日はしない。


 相手は一瞬だけ物足りなさそうな顔をして、それから小さく頷いた。

 その変化を見て、胸の奥が少し痛む。


 でも、そこでさらに埋めない。


 席に座る。

 ひよりがちらりとこっちを見る。

 何も言わない。

 でも、見ているだけで少しだけ背筋が伸びる。


 授業のあいだ、何度かスマホが震えた気がした。

 でも見なかった。

 見るなら、ちゃんと一人の時間に見る。

 教室の中で揺れたまま返してしまったら、またどこかで曖昧になる気がしたからだ。


 ◇


 昼休み。


 今日は教室を出る前に、一度だけスマホを確認した。


 朝送った二件の返信には、それぞれ短い返事が返っていた。


 **分かった。ごめんね、変なふうに心配して。**

 **そっか。了解。**


 それだけだった。


 もっと責められるかもしれないと思っていた。

 冷たいって言われるかもしれないとも思っていた。

 でも、返ってきたのは拍子抜けするくらい短い言葉だった。


 それを見た瞬間、胸の奥で何かが少しだけほどける。


 ちゃんと断ったら、全部がもっとひどくなる。

 そう思っていた部分が、たぶん僕の中にはあった。


 もちろん相手が傷つかないわけじゃない。

 がっかりもしたかもしれない。

 でも、少なくとも“また今度”を残したまま引き延ばすよりは、向こうも自分の場所に戻りやすいのかもしれない。


 そんなことを考えて、少しだけ立ち尽くす。


「…顔、ちょっとだけましだね」


 横からひよりの声がして、僕は思わず顔を上げた。


「いきなり何」


「朝より、って意味」


 ひよりは小さく肩をすくめる。


「何かした?」


「…少しだけ」


「断った?」


 僕は少しだけ目を見開く。


「分かるの?」


「その顔してるときは、大体そうだから」


 そこまで言われると、何だか笑ってしまいそうになる。


「朝、二件だけ返した」


「どんなふうに?」


「個別のやり取りは増やさない、って」


 ひよりは一瞬だけ黙った。

 それから、ゆっくり頷く。


「えらい」


「子どもみたいに言わないで」


「だって今の凪くん、そのくらいのことが一番大事なんだもん」


 言い方は少しひどい。

 でも、たぶん本当にそうなんだろう。


 大きな覚悟より先に、短い返信をちゃんと変えること。

 そのくらい小さいことからしか、今の僕は進めない。


「…でも怖かったよ」


「うん」


「感じ悪いかなとか、冷たすぎるかなとか、すごい考えた」


「うん」


「でも、思ってたより普通だった」


 ひよりは少しだけ笑った。


「そういうもんだよ」


「そういうもん?」


「凪くんが思ってるほど、みんな永遠にぶら下がってくるわけじゃないってこと」


 その言い方は少し乱暴だけど、妙に納得した。


 たぶん僕はずっと、断ったら全部が壊れると思いすぎていた。

 でも実際には、ちゃんと終われば、それはそれで向こうも次へ行けるのかもしれない。


「…もっと早く気づきたかった」


 思わずそう言うと、ひよりはすぐに返した。


「今気づいたならまだいいじゃん」


「そうかな」


「そうだよ」


 そこで少しだけ真面目な顔になる。


「今気づけなかったら、たぶんもっとひどくなってた」


 その言葉に、七海の顔がまた頭に浮かぶ。


 胸の奥が少し痛む。

 でも、その痛みは消えないまま持っていくしかないのだと思う。


 ひよりはそこで話題を変えるように言った。


「今日の昼どうするの?」


「…外のベンチ」


「一人で?」


「たぶん」


「そっか」


 ひよりはそれ以上、ついていくとも言わなかった。

 その距離が、今はちょうどいい。


 ◇


 昼休みの校舎裏は、少し風が強かった。


 ベンチに座って弁当を開く。

 木の葉がこすれる音と、遠くのグラウンドから聞こえる声だけが届く。


 前より静かだ。

 でも、それは単に人が来なくなっただけじゃない。

 僕の方でも、少しずつ“来させない返し方”をし始めた結果なのだと思う。


 それを少し寂しいと感じる自分もいる。

 でも、その寂しさを埋めるためにまた曖昧なやり取りへ戻るのは違うとも思う。


 弁当箱の蓋を閉じて、空を見上げる。


 白い雲が、ゆっくり流れていく。


 誰も選ばないのは、やさしさじゃない。

 それはたぶん、もう本当に分かった。


 じゃあ次はどうするのか。


 誰かをちゃんと好きになること。

 誰か一人と向き合うこと。

 そのために、向けられる好意を惜しまないこと。


 言葉にすると簡単そうで、実際にはどれも全然簡単じゃない。

 でも、昨日までの自分から一歩でも離れるなら、そっちへ行くしかない。


「…次は、ちゃんと断る」


 誰もいない校舎裏で、小さく口にする。


 風が、その言葉をすぐにさらっていく。


 ちゃんと断る。

 それはたぶん、ただ拒絶するという意味じゃない。


 期待をつながない。

 期待を残さない。

 好かれていることを惜しんで、相手を待たせない。


 つまり、自分の気持ちよさより、相手の時間を大事にするということだ。


 そこまで考えて、少しだけ苦笑する。


 ようやく、そんな当たり前のところに来たのかと思う。

 でも、今の僕にはそれがたぶん必要だった。


 ベンチから立ち上がる。

 校舎裏を抜けて、教室へ戻る。


 廊下のガラスに映る自分の顔は、少し疲れていて、でも前よりほんの少しだけ目線が定まっていた。


 完全には変われていない。

 たぶん次も迷う。

 また失敗もするかもしれない。


 それでも。


 少なくとも、前のままに戻ることだけはもうしたくなかった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

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