第2話:視聴者一人、現場監督一人。
ポチッと空中のアイコンを押し込んだ瞬間、ゼノの視界の端に小さなカウンターが表示された。
《同時視聴者数:0》
「……まあ、そうだよな。いきなり客が来るほど世の中甘かねえ」
ゼノ(中身は佐藤)は、ふんと鼻を鳴らした。50年の現場人生で学んだのは、準備の大切さだ。彼は孤児院の中庭にある、完全に沈黙した「錆びついた井戸」の前に立った。 鉄格子は歪み、手押しポンプのハンドルは途中で折れている。
「よし、まずはこの井戸の復旧からだ。水がなきゃ、掃除も炊き出しも始まらねえからな」
ゼノが独り言のように喋りながら、ポンプのボルトを小さな手でいじり始めたその時、カウンターが**「1」**に跳ね上がった。
@diy_daisuki:「え、何この映像。めちゃくちゃ画質いいじゃん。ファンタジー映画の撮影?」
「……お、客か。聞こえるか、DIY好きさん。映画じゃねえ、これは現実の現場だ。今からこの死んでる井戸を叩き起こす」
@diy_daisuki:「えっ、喋った!? しかも声は子供なのに、喋り方が完全にベテラン職人なんだけどwww」
ゼノはコメントに構わず、MEtubeの検索窓に『手押しポンプ パッキン 代用』と叩き込んだ。画面には、革製品やゴム板を使った修理動画が並ぶ。
「ふむ、やっぱりパッキンの劣化か。……おい、diy_daisuki。お前の世界じゃ、こういう時は牛革を使うらしいな。だが、この孤児院に革なんて高級品はねえ。代わりになりそうなもん、何かないか? 現場の知恵を貸してくれ」
@diy_daisuki:「いや、ガチ相談かよ!w 画面の奥にあるその古びた『木の樽』の破片……それ、削って薄くして、植物油で煮込めば一時的なパッキン代わりにならないかな? 昔の動画で見たことある」
「植物油で煮込む……なるほど、『含油処理』か。潤滑と膨張を同時に狙うわけだな。よし、採用だ」
ゼノは即座に動き出した。5歳の小さな体には、樽の破片を運ぶのも一苦労だが、佐藤の記憶が効率的な「テコの原理」を教える。
数時間後。
キィィ……、ガコン。 キィィ……、ガコン!
鈍い音を立てていたポンプが、ふっと手応えを変えた。 次の瞬間、錆の混じった茶色い水が、勢いよく溢れ出した。
「出た……! 水だ! 水が出たぞ!」 物陰で見ていた他の孤児たちが、目を輝かせて駆け寄ってくる。
@diy_daisuki:「おおお!! すげえ! 本当に直しやがった!」 @guest_33:「なんか感動したw この子、本当に5歳かよ」 @nandemo_miru:「投げ銭失礼。お菓子でも買ってやりな」
《チャリーン! 100ポイント獲得しました》
「お、投げ銭か。恩に着る。……だがお菓子はいらねえ」
ゼノはギフトの交換メニューを開いた。100ポイントで交換できるリストを睨み、迷わず選択する。
「交換申請。……『WD-40(防錆潤滑剤)』、1本。現場に潤滑油は必須だ」
光と共に、ゼノの手元に青と黄色の見慣れたスプレー缶が現れた。
視聴者たち:「え、そこでWD-40!?」「ガチすぎるwww」「この5歳児、推せるわ……」
「よし、次は食堂の『傾いた椅子』の補修だ。全員整列! 道具(WD-40)の匂いを嗅ぐな、中毒になるぞ! 指差し確認、ヨシ!」
孤児院の子供たちが、不思議そうに、けれど希望を抱いた目で「小さな監督」を見つめていた。
その夜
ゼノは疲れた体をベッドに預け、MEtubeの管理画面を開いた。 今日のライブ配信のアーカイブには、数件のコメントが残っていた。
その中に、一つだけ、妙に懐かしいIDを見つける。
@sachi_papa_love:「パパが使ってたスプレーだ……」
ゼノの心臓がどくん、と跳ねた。 「サチ……?」 それは、現代に残してきた、愛娘の使っていたSNSのアカウント名によく似ていた。
「いや、まさかな。……でも、もし繋がっているなら……」
ゼノは小さな拳を握りしめた。 この世界で最高に安全で、最高の「現場」を作り上げる。それを配信し続ければ、いつか家族に届くかもしれない。
「明日も、ご安全に」
5歳の少年の瞳には、ベテラン監督の不屈の炎が宿っていた。




