プロローグ:5歳児、脳内に「鬼監督」を宿す。
「ゼノ、あなたには……魔法の才能も、特別なスキルもなかったみたい」
院長先生のその言葉は、5歳の僕にとって世界の終わりを意味していた。 この国では、5歳の儀式で授かるスキルが人生のすべてだ。スキルなしの孤児は、ただ一生、誰かの残飯を分け合って生きていくしかない。
(……そっか。僕、何にもなれないんだ)
トボトボと、石造りの薄暗い孤児院の廊下を歩く。 床板は腐ってギイギイと鳴り、壁の隙間からは冷たい風が吹き込んでいる。 悲しくて、惨めで、下を向いて歩いていた、その時だった。
『――おい。足元に注意しろ。その床板、腐朽が進んでて耐荷重が限界だぞ』
「……え?」
頭の中に、聞いたこともない「野太い男の声」が響いた。 同時に、視界がチカチカと歪み、目の前の景色が変貌する。
ただのボロい廊下のはずが、腐った床板が赤く点滅し、崩落の危険を示す数値が浮かび上がる。 壁のひび割れには、構造的な欠陥を示す注釈がびっしりと書き込まれた。
(なに……これ……!?)
脳内に、洪水のように「僕のものではない記憶」が流れ込んでくる。 巨大な重機の咆哮。火花が散る溶接現場。泥にまみれた作業着。 そして、50年という月日を「現場」に捧げた、佐藤という男の不屈の魂。
《個人ギフト:MEtube 起動》 《管理者:佐藤(50歳)の経験値を、現体(5歳)に同期します》
「う、あ……あぁぁっ!」
膝をついた僕の中で、5歳の「ゼノ」の幼い感情と、50歳の「佐藤」の冷徹なプロの視点が混ざり合う。 「悲しい」という感情は、一瞬で「苛立ち」へと書き換えられた。
(……なんだ、この現場は。整理・整頓・清掃……基本が何一つできてねえ。これじゃあ怪我人が出るのは時間の問題だ)
顔を上げた時、僕の瞳からは子供の弱々しさが消えていた。 無意識に、右手の指が虚空を指す。
「……床板の腐食、確認。……不安全箇所、ヨシ。……いや、よくねえ!!」
5歳の少年の口から、ドスの利いた現場監督の声が漏れる。 視界の隅には、現代の知識の宝庫へと繋がるウィンドウ――Metubeが、静かに、だが力強く光り輝いていた。
「才能がない? スキルがない? 笑わせるな。……『現場』は、俺がここから作り直してやる」
こうして、異世界の少年ゼノの中に、最強の現場監督・佐藤の魂が覚醒した。




