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右も左も

 三十代の前半まで、私は保守という言葉が嫌いで、革新、リベラルという言葉に魅かれていた。いま思うに、あれは若気の至りだった。

 歳をとり、私はリベラルの真実を知った。そして、失望した。もっとも、失望したからといって、リベラルから保守に転じることはない。保守は保守でその裏側を知っているのだから。害悪という点ではリベラルも保守も大差ない。それが私のたどり着いた結論だ。

 そう確信するようになったのは、あの会社で政治の裏側に触れたから。

 当時、私は電機業界に属する中堅企業に勤めていた。東証一部上場ではあるが、ほとんどの機能が創業した地方都市に集約されている田舎企業だ。体質も田舎独特のもので、私が所属していた横浜の研究施設でさえ推して知るべし、という状態だった。

 会社員というものは、ある程度経験を積んで成果を出せば昇進の話が出る。それが普通だろう。だが、この会社には特異な裏事情があり、昇進前に微妙な調整が必須となっていた。そのおかげで、私は昇進の気配が漂うたびにある種の試練を受けていたし、試練を受けても昇進することはなかった。

 あの会社には、管理職になる際にとある政党(仮にA党とする)の党員にならなければならないという裏ルールがあった。

 管理職やその候補は党員となって党費を徴収される。

 会社はそれらをまとめて党に上納する。

 党費という名目の上納金だ。

 おまけに選挙期間中には無給で選挙活動に駆り出される。

 本人の意思とは関係なく、社命に従うことを要求される。

 その社命にしてもも党から下された命令に従っているだけ。

 もっとも、党員であることを理由に無償奉仕を強要されたとしても、彼らには党員の自覚がなく、それを党員でない部下に押し付ける。それは強要罪に該当するだろうし、公職選挙法にも抵触するだろう。だが、この状況は、罰せられることもなく長年にわたって継続されている。

 選挙は国民の義務。

 選挙は民主主義の象徴。

 そんなふうに話す者たちがいるが、現実にはそこに民主主義はない。

 票とは、権力を背景に金と脅しで手に入れるもの。

 それが現実なのだ。少なくとも私の周りでは。

 彼らに権力があるかぎり、一度寄生されたら逃げることはできない。何か便宜を図ってもらったらそれまで。もっとも、権力が揺らげば、無理強いされていた者たちが会社単位で逃げ出して、一気に党員が万単位で減少する事態になりかねないだろうが。

 あの頃、私は事あるたびにA党の悪口を言っていた。何度も昇進の気配はあったのだが、そんな事情だからいつも候補からはずされ、そのあとはハラスメントにさらされる日々を送ることになっていた。

 しかし、あるとき、それは変わった。

 当時、重要なプロジェクトで、私が職位を持っていないと他社との協業が円滑に行えない状況になっていた。必要な肩書のある連中は、隠蔽、改竄、捏造といった不正のテクニックを評価されて昇進した者ばかり。現実の問題に対処する能力など持っている者はいない。彼らに先端企業との協業を行うことなどどう考えても無理だった。

 当時のあの会社は能力のある人財がすでに逃げ去ったあと。大半の職場では、不正で問題を隠し通すことが主な業務と成り果てていた。中途採用でしのごうとしていたようだが、それもうまくいかない。上にいる者たちにとっては八方ふさがりの状態だった。反A党であったとしても私を頼るしかなくなっていたのだ。

 切羽詰まった彼らは愚かな行為に走る。

 あの会社のもうひとつの真実――B党に関する真実を私に告げたのだ。

 B党とは組合がバックアップしているリベラル系の政党。だが、この組合との関係には、やはり裏があった。その関係とは、A党出身のB党議員に古巣のネタで脅された結果だったのだ。

 いくら脅されても上層部は全員A党の党員。B党のサポートはできない。だから、彼らはその役目を組合に強要した。あの会社の組合は、形式上存在するだけのハリボテ。会社の言いなり。彼らはそれを利用した。

 結局のところ、保守だのリベラルだのはただの仮面。どちらの側も実態は政党を装う広域犯罪組織のようなもの。会社はその事実を示し、保守もリベラルも同じ穴の貉だと認識させて私のリベラルへの傾倒を崩そうとした。

 だが、私は彼らとは違う。

 リベラルに失望したからといってA党の党員になどなれるはずがない。

 そうは言っても相手はA党の党員。なんら暴力団と変わらない。私は脅されることになるのだ。

  

 当時の私は、上司から漏れ聞いた政治家の不法行為について、固有名詞を交えて歯に衣着せず批判していた。B党について聞いた後は、私の批判にB党に関するネタも加わった。飲み会の席など、社外の人がいるような場所でも大声で批判していたので、上司たちにとって、私はこの上なく面倒な存在であったと思う。

 そんなある日――

 休憩室でいつものように批判を終えたあと、とある人物が私の傍らに来て耳元で囁いた。

「殺されるよ」

 そのあとさまざまな事件が私の周りで起きるようになった。

 ある日、帰るとマンションのドアノブがはずれて廊下に落ちていた。不審に思いはしたが警察は呼ばず、私は自分でドアノブをはめなおした。その半年後、私はマンションを引っ越したが、新しい引越し先でも同じことが起きた。

 会社の上司も不審な言動を見せることがあった。私の自宅での電話の内容を知っているかのようにほのめかすのだ。私は自宅が盗聴されていると思うようになった。

 車についても気になることが起きた。車検に出した際、助手席側の鍵穴に何らかの道具で開けようとした形跡が残っていると言われた。しばらくして車を買い替えたが、点検の折に同じことを指摘されることになった。

 私はこの国の闇に踏み入りすぎたらしい。相手は国家権力を握る組織とその下部組織である我が社。警察に助けを求めても、彼らは何もしないだろう。

――いっそのこと……

 その気になれば、会社の連中など簡単に始末できる。相手が政治家でも、笑顔で握手しながら技をしかけることができる。武器など必要ない。数秒で終わる。ボディーガードなど居ても無意味だ。

 あの時期の私は、自分の中で育つ何かをそんなふうに妄想することで発散させていた。

 学生時代、私はさまざまな殺人技を仕込まれた。

 冠状動脈の機能を害する一日殺しを。

 肝機能を低下させる三年殺しを。

 殺しても証拠が残らないという殺人技を。

 ある骨の裏側に隠れた急所を壊せば、遺体解剖しても死因が判別できない。

 私はそれを教わった。

 医学の進歩したいま、そういった技がどこまで通用するかわからない。

 それでも学んだ技を試してみたいという願望は強い。

 だから妄想する。

 誘惑が膨れ上がる。

 だが、そんな誘惑に打ち勝つのが一端の武道家というもの。

 妄想は妄想で終わらせる。

 そういうものだ。

 しかし、こんな生活が延々と続けば――

 私は追い込まれていった。


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