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諸世紀との出会い、そして……

 あの日、私と美姫は古本屋街でとある本を探していた。

 そして、見つけた。


  ノストラダムス著

  ヘンリー・C・ロバーツ編

  ノストラダムス大予言原典 諸世紀


 1999年も10月になり、予言がはずれたとみなされて諸世紀は値崩れしたはず。

 そう思って、この日は美姫と古本屋をさがしてまわったのだ。

 そして、見つけた。

 一時期は定価より高額になっていたこともあったが、このとき見つけたのは五百円。

 私は即座に購入を決めた。

 その後、私たちはカレーショップに入り、私は食べている間もずっと頁をめくっていた。

「結局、何もなかったよね」

 これは、予言があたらなかった、という意味だ。

 美姫がそう言ったあと、私はとある頁を彼女に見せた。


  1999年の7か月

  天から驚くほどに強い恐ろしい魔王がやってきて

  アンゴルモアの大王をよみがえらせ

  その前後火星はほどよく統治するだろう

                 諸世紀第十章72


「7の月じゃなくて7か月なんですけど」

 そこに書いてあるのは7月に世界の終わりが来るという予言ではなかった。

 おまけに、「統治する」、「ほどよく」だ。

 これは、悪くない状態で世界が継続するという話であって、世界の終わりなどと解釈する余地はない。

「えっ、ちょっと見せて」

 美姫はそう言って本を奪い取る。

「うん、sept moisだから7か月だね」

 彼女は原文を読んでそう言った。

 この本には、日本語の四行詩の上にフランス語の原文が記されている。

 翻訳の前後を比較できるようになっているのだ。

「でも、あんたさぁ、女の子を放っておいて、買った本を読みふけるのってどうなの?失礼じゃない?」

 私は美姫から本を取り戻す。

 そして、美姫の言葉に生返事をしながら、また本を開こうとしていた。

 しかし――

 私は自分の失敗に気づいた。

「申し訳ございません。お嬢様」

 ここは下手に出るしかない。私は美姫の好みに合わせて執事を演じた。

「まあ、いいけどさ。とりあえず、ここ、おごりね」

――執事なのにおごるの?

 そんな風に思いはしたが、美姫の顔を見る限り、ここは黙って言うことを聞いておいた方が良いと判断した。

「じゃあ、次は私の買い物ね。あ、おごりはここじゃなくて、服でも良いけど」

「いえ、こちらで」


 思えば、彼女と会うときはいつもこんなふうだった。

 前の月も――

「ちょっと」

 私に呼び掛けるとき、彼女はだいたい「ちょっと」と言う。

 たまに「あんた」もある。

 付き合い出してからは、私の名を呼んだことはなかったと思う。

「明日、空いてるでしょ?付き合いなさいよ」

 いつもこんな調子。

 私に断ることは許されていない。

「どこ行くの?」

「横浜。コスモワールドがリニューアルしたみたいだから」

「ふーん。いいけど」

 私は興味なさげに呟いた。

 でも、実のところ、心中では女の子とのデートに期待が膨らんでいた。いつもは近場で買い物をするぐらいのお付き合いだが、今回はデートスポットへのお誘い。

――関係の進展を望んでいる?

 そんな風に考え、私は舞い上がってしまった。

 

 あの日のことで憶えているのは、いくつかの場面と彼女の失望した顔。

 その場面とは、観覧車、ジェットコースター、臨港パーク、

 そして、夜景を見ながらの中華料理。

 まず、観覧車では、前日あまり眠れなかったせいか、妙に頭がクラクラしていた。高所恐怖症ではないのに、なぜか高いところが怖く感じられ、きっと私は余裕のない顔をしていたと思う。観覧車から降りたあと、美姫は少し不機嫌になっていたので、私は彼女を失望させてしまったのだろう。

 つぎのジェットコースター――バニッシュでは、その高所恐怖症的な感覚はより酷くなっていた。

「ちょっとー、なんでこんなに嫌そうな顔してるの?」

 降りたあと、彼女は写真を確認してそう言った。

 あのときの彼女の顔は、いまでもはっきり憶えている。

 私はここでも彼女を失望させてしまったのだ。

 バニッシュでは、水面下に突入する瞬間を撮影している。美姫はその写真を買うつもりだったようで、ものすごく不機嫌になった。私はバイク乗りでスピードには慣れているが、落下の感覚で気分が悪くなり、写真の私は酷い顔をしていた。

 結局、美姫は写真を買わず、機嫌の悪いままただ歩いた。私は黙ってついて行くことしかできなかった。

 広場で腰を下ろすとき、ハンカチを提供したあたりで彼女の機嫌は多少よくなった。

 ずっと執事をやらされているのだから、私だっていくらか学習するのだ。

 だが、あれから何を話したのかは憶えていない。

 当時の私は若かった。

 あのとき、私は変な妄想をして気もそぞろだったのかもしれない。

 後ろにある高級ホテルに誘っているのか?

 いや、でも変な誤解をしている可能性は?

 こんな感じに葛藤していたんじゃないかと思う。

 しかし、私は何も行動を起こさなかった。何しろ、当時の私は高級ホテルに泊まる金など持っていなかったのだ。この日の埋め合わせで日雇いの仕事を何日入れるか悩んでいるありさまだったのだから。

 その後、私たちは、コスモワールドを見下ろせる高級そうな中華料理店に入った。

 そこでも私はいくつかの失敗をした。

 最初の失敗は席だ。

 私は彼女を窓側のソファに座らせた。ホストが通路側に座るべきだと思ったから。

 しかし、それは誤りだったらしい。

「ふつう、夜景が見える方の席を私に譲るんじゃないの?」

 彼女は口をとがらせてこう言った。

 私はあの日の夜景をいまだに憶えている。

 彼女との思い出として。

 この思い出は、彼女のものになるべきだった。

 私は彼女のものになるべきだった思い出を奪ってしまったのだ。

 いまの私は彼女の人生を知っている。

 だから――

 

 失敗はまだつづいた。

 私はてっきり料理は一人前ずつ来るものだと思っていた。

 だが、そこは町中華ではなく高級店。

 料理は大皿で来る。

 テーブルには私の考えていた二倍、ひょっとしたら三倍の量が並んだ。

「ちょっと、私を太らす気?チャーハンばっかりこんなにどうすんのよ」

 チャーハン二種と料理二品を注文したのだが、いま、それらは大皿に盛られて目の前に並んでいた。ほかにも一品料理が大皿に二種。テーブルの上は大食い大会のような状態になった。

 見るだけで圧倒されたが、残すのは躊躇われたので二人でなんとか食べきった。

 帰り道、彼女はお腹をさすりながら「ばーか、ばーか」と言い続けていた。

 いまとなっては懐かしい思い出だ。

 だが、そんな時間は長くはつづかなかった。


 あれは古本屋巡りをしたつぎの日だったと思う。

「あれ、読んだ?」

 あれとはもちろん諸世紀のことだ。

「うん、徹夜したわ」

「なんか面白いこと書いてあった?」

「まあね。たとえば――」


  20年もの月の統治が過ぎて

  他のものが7000年に王国を築くだろう

  太陽が記された日々をつかんだとき

  すべては満たされて私の予言も終わるのだ

  これらのことがなされるずっとまえに

  月の力で、東で何かが起こるだろう

  それは1700年のことで大群衆が持ちさられ

  全北半球のほとんどを征服するだろう

                 諸世紀第一章48・49


「この四行詩二つ分なんだけどね、『太陽』って日本のことなんだって。日本人が予言を読み解くことになっているらしい」

「じゃあ、月は?」

「月は中国って話だけど、どうなのかな。中国に世界征服するだけの力があるようには思えないでしょ?空のお月さまのことだったりしてね」

「宇宙人?宇宙人よね。だったら面白そう。ああ、でも、病気の蔓延のことを言っているのかもしれないわよ。鳥インフルとかだいたい中国発でしょ?でも、1700年ってもう終わってるじゃん」

「あー、それね、325を足すんだよ。だから、これは2025年」

「325ってどっから来たの?」

「ニケア宗教会議(※)とか言うキリスト教関係のイベントらしいよ」

「ふーん。じゃあ、そのころ中国から何か伝染病が発生して20年そのままってこと?」

「かもね。あとさー」


『ただ、私は自力で、地球からというより感覚的に天から遠くない存在者だといえる。「私は正しいことをなし、失敗することのないようにしむけられている」(中略)それぞれには数知れぬ節があり、理解できないものも加えたのであるが、今年から3797年に至るまでの絶えざる予言の数々があるのだ。』

            息子シーザー・ノストラダムスへあてた手紙


「予言は『3797年に至るまで』あるって本人が言っているんだよね。なんで1999年が世界の終わりになったのかな」

「誰かに都合の悪いことが書いてあって、予言がハズれたことにしたかったとか?」

「あー、それはあるわ。ここ、ここ」

 私はそう言ってある頁を示した。


『アドリア海で大いなる不和があり、結合されたものがはなたれたために、ヨーロッパのパンポタンとメソポタミアを包含して1945年に、他の物は41、42、47年に起こるでありましょう。そして、これらの年に、国々は地獄の力でイエスキリストの教会に対抗して立ち上がるのであります。これは第二の反キリストであり、王たちの力によって、教会とまことの教皇を苦しめ、無知な気違いの手にある剣以上の鋭い口調で迷わすことになるのであります。』

                       アンリ二世への手紙


「地獄の力で1945年って原爆。アメリカが反キリスト……」

 美姫の表情を見て、私は自分の過ちに気づいた。私はずっと日本人同士のつもりで付き合っていたが、彼女の半分はアメリカ人なのだ。

「ごめん、帰る」

 美姫はそう言って席を立った。

 私は何も言えなかった。


 私と美姫はうまくいっていたと思う。もう少し長く付き合っていれば、恋愛関係になる可能性もあっただろう。だが、そうなる可能性は失われた。気まずくなってしばらく会わずにいたら、彼女は大学に出てこなくなったのだ。

 美姫の周りにいた女たちでさえ、美姫がいなくなった理由を知らなかった。大学側に聞いてみたが、個人情報は教えられないと断られた。正式な退学手続きがされていて、事件性がないことだけは教えてくれた。

 その後、十年二十年経っても、何かきっかけがあるたびに私は彼女のことを後悔とともに思い出す。

――私の不用意な言葉で彼女を傷つけてしまったのか。

 心に刺さった棘。

 何が真実かわからないまま、私は自分を責めた。

 心がざわざわする。

 私は道場に行って、その思いをサンドバッグにぶつけた。

 そこは私の師匠であった大橋華山の道場。大学のキャンパスから駅に向かう途中にある小さな一戸建。私はそこの鍵をあずかっていた。

 大橋華山は私の通っていた大学で、総合武道という体育の選択科目を担当していた。当時の私は師匠のことを良く知らず、体育を教えに来ているただのおっちゃんだと思っていた。実際には、経営工学科の教授であったのだが、それを知るのは大学を卒業してずいぶん経ってから。なんとなくウィキペディアで検索してみてはじめて知ったのだ。

 ウィキペディアの記事には、晩年、二刀流宗家を務めていたことぐらいしか書かれていない。しかし、実のところ、大橋華山は日本のほとんどの武術で師範以上の資格を持っていた。そのうえ、いくつかの武術では会長や宗家を兼任していて有名な人物だったらしい。

 そんな師匠だったから、何か特定の武術に限定して教えてくれるわけではない。気まぐれで、空手だったり、棒術だったり、気功だったり、という具合。普通の人が知ることさえない秘伝の殺人技なんかも教わった。

 当時の私はバイトに明け暮れていたから道場に行くのは昼間だけ。講義の合間か突然休講になったときがメイン。だから、たいてい道場には誰もいなかった。誰とも顔を合わせないのは都合がよく、私は鬱々たる気持ちをサンドバックにぶつけた。

 しばらくはこんな日がつづいた。

 だけど――

 就職して仕事に追われるようになると、美姫のことは遠い思い出になってしまった。

 美姫がいなくなった直後は彼女を探そうと思っていた。しかし、当時はまだインターネットもいまほど普及していなかったし、カメラ付き携帯も発表されたばかりの時代。探そうと思っても、現代のようなインフラがなかった。

 私は何もできないまま、徐々に探そうと思うことすら少なくなっていった。そして、忙しさに紛れて――

※ 書中ではニケア宗教会議と書かれているのでその通り記述しましたが、ニカイア公会議という表現の方が妥当のようです。後半はニカイア公会議の方を使用します。

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