病根
2023年10月。
世界の情勢はノストラダムスの予言通りに進んでいる。
たぶん。
大災害もあり、戦争もあり、そしてコロナをはじめ様々な疫病も――
私はというと、生活の面で尻に火が付き、時間的にも精神的にも余裕がない。失業手当をもらえる期間はとうに終わっている。それにも関わらず、転職先はいまだみつからない。もう転職活動ではなく、再就職活動と言うべきかもしれない。
私はしかたなくアルバイトをしている。そのアルバイトも、いまや目的が変わりつつある。やっていることはただのアルバイトではなくなっているのだから。
アルバイト社員として勤務はしている。
だが、その勤め先は道灌氏の指示による。
道灌氏が求めることは、その会社の隠された問題をチェックしてレポートを書くこと。これも公益通報者の範疇のなのだろうか。かなりグレーな領域だ。しかし、多方面からの需要がある。サプライチェーンから膿を出すために必要だと考える企業が多いのだ。
いつのまにか、日本企業の運営にはサボタージュマニュアルが組み込まれている。サボタージュマニュアルとはアメリカが対立する組織をつぶすために作ったマニュアル。相手の組織に潜入し、サボタージュマニュアルを根付かせ、組織を弱体化させることを目的とする。
日本企業にはそのサボタージュマニュアル通りの組織運営が浸透している。つまり、たいていの日本企業はかなり前からつぶれて当たり前の状態に追い込まれているのだ。
90年代、選択と集中という概念が常識となり、日本企業は自身の切り売りをはじめた。アメリカで頭角を現しつつあった新興企業と正反対の動きであるにもかかわらず、経営者たちはそれをおかしいと感じなかった。何かにつけて「アメリカは、アメリカは」とアメリカを崇め奉る指導者や経営者たちは、自分の目で実態を把握したりはしない。だから良いように操られる。報連相も、かつて上司の義務だった事項が部下の責任にすり替わっているのだから、サボタージュマニュアル通りだと言える。いまの日本の状態はノストラダムスの予言詩通りになっているのだ。
みだらな勅令の喜びで
毒は法に混ぜられ
金星は大いなる需要のもとにあって
太陽の混ぜものすべてを暗くするだろう
諸世紀第五章72
その問題を解決するには、まずサボタージュマニュアルに沿った指標で昇進した者たちを一掃しなければいけない。だが、いまとなっては組織の上層部すべてがその手の人物、というケースがほとんど。組織は末期を迎えていると言い切ってもよい状態になっている。
そうは言っても座して死を待つわけにもいかない。だから、道灌氏やその周囲の人たちは、手の付けられるところからはじめようとしているらしい。
最初はとある工場からはじまった。
この時点では道灌氏の関与はなく、私はただのアルバイト社員だった。
その工場は、多くの一流企業の下請けとして活躍していた。
だがその実態は――
働き始めてすぐ、そこが地獄であることを知った。
労働基準法など守られていない。
労働衛生の概念など全く存在しない。
ISO認証を取得してはいるが、それは審査のいいかげんさを突いた結果でしかない。そこでは極めて重い鉄の塊をひとりで持ち上げる重労働もあれば、換気装置や保護具のない環境で有機溶剤や劇物を扱うこともある。同僚には有機溶剤で脳に障害を負った人もいた。工場は、工場長による独裁の元、安全性など無視した封建的スタイルで運営されていた。
あらゆる部署でそんなことが行われている状況だから当然品質も酷いもの。要求精度をはずれても、測定データを偽造して客先に収めてしまう。そもそも、測定装置の校正さえ行われていないのだから精度管理ができる状態にはない。
シビアな管理が必要な半導体用電子線露光装置の部品なども、データが偽造されているうえに、欠陥を砥石で削り落とす、という不正を行っていた。砥石で削ると砥石に含まれる金属が部品に刺さったままになる。その状態でどうなるかは容易に想像できる。ちなみに、その納入先には砥石を使用しているとバレたことがあり、その際には絶対やるなと強く言われたそうだが、この会社はクレームなど無視してずっと同じことを続けていた。
その工場ではこうした隠蔽作業までもが標準化されていた。しばらく勤めてみて、こうした不正を見かけない日は一日としてなかった。私はその会社に愛想を尽かし、辞めることにした。辞める理由はリストにして挙げられるほどだったが、最終的なトリガーとなったのは、硫酸をはじめとする危険な薬剤がこぼれて汚染された床を、素手で雑巾がけしろと命令されたことだった。
もともとこの会社が腐っていたことに疑いはないが、その運営がクレームを完全に無視するほどまでに悪化したのは消費税増税がきっかけになっている。中小企業庁では、消費税を上げるたびに、大企業が消費税を転嫁していないかアンケートを行ってきた。だが、それはやっている振りをするだけのもの。アンケートからは大企業の手口にかかわりのありそうな項目は巧妙に抜き取られている。実際に中小企業で起きている問題が表ざたにならないよう、質問項目は考え抜かれたものだったのだ。そうでなくても中小企業は大企業からの報復を恐れ、実態を正直に答えることなどできはしない。あの手のアンケートは完全なお役所仕事で、やったふりをするだけの有害無益なアンケートなのだ。
こうして消費税増税は正当化されてきた。そのおかげで下請け企業には余裕が一切なくなり、不良が出たとしてもそのまま納める以外に選択肢はない。おまけに、大企業はさらなる低価格化を強要する。あの会社の場合は、消費税増税をきっかけに契約期間を二年から半年にされ、先の見通しさえ立てられない状態にされていた。
下請けがこんな状態になっていれば、当たり前のことだが、そのツケがブーメランのように大企業に返っていく。急激な品質低下として。大企業の経営は、そんなことさえわからない者たちがかじ取りをしているのだ。
私はこうした実情を道灌氏に話した。その結果、道灌氏から公益通報者の仕事を頼まれるようになったのだ。公益通報者と言うからには、勤務実態のある者が告発しなければならない。辞めてからでは威力業務妨害になる可能性がある。だから、告発時には内部にいなければならない。
道灌氏とその仲間は、日本の行く末に強い危機感を持っている。ただ、日本の病根は権力者たちにあり、正面からぶつかれば潰されてしまう。だから、彼らは手を付けやすいところから、少しずつでも良いから日本を変えて行こうとしている。そういうことだから、私も彼らのやろうとすることに喜んで協力しようと思うのだ。




