古き穴はランプで
ビーナスが太陽におおわれるとき
光輝のもと 神秘なるかたちをあらわし
火の中で水星は かれらを発見し
戦争のうわさで刺激されるだろう
太陽はかくれ 水星によって光輝を失い
置かれるところなく 第二の天のため
ヘルメス神はバルカン神に祈りをするだろう
あとで太陽が輝き 黄金に見えるだろう
十一回以上も 月は太陽を望まないで
両方とも増大し 温度がさがってくる
ゆっくりと 少しの金はぬいあげられ
その結果 飢えと疫病があり 秘密は発見されるだろう
満月は夜 高き山にあがり
ただ一つの頭脳をもつ 新しい知恵ある人がそこに見られ
不死なるものとなることを弟子に示し
彼の目は南に 手と足は火に
いろいろな場と時のうちに 魚に場所が与えられ
一般の法はそれに逆らってつくられ
老いた人はすばやく立ち それからとりさられ
友人の間のありきたりな物事はかたわらに置かれるだろう
木星は月よりいっそう金星に結合し
白光に満ちてあらわれ
金星は海王星のもとにかくれ
大枝を通して火星に打たれる
諸世紀第四章28―33
そこに至るまで、すなわち秘密が発見されるまで、太陽――日本には一進一退があるようだ。
ビーナス/金星はアメリカ。アメリカは日本に屈する。
水星は水金地火木土……、と誰もが憶えているように太陽に最も近い惑星。すなわち日本に一番近い国。隣の国と解釈するべきか、最も友好的な国と解釈するべきか。あるいは両方。そして水星は小さな星だから……。「戦争のうわさ」が台湾侵攻を示すと考えれば、それは日本が一番信頼できる国、中華民国が適当だろう。
ヘルメス神は伝令役であり旅人・商人の神。バルカン神はラテン語読みでウゥルカーヌス。ヘーパイストスと同一視されて鍛冶神と言われるようになったが、実際には伝承が途絶えた未知の神。だが、この場合は深く考えず、鍛冶神で良さそうだ。「ヘルメス神はバルカン神に祈りをする」は、「戦争のうわさ」で商人が武器をもとめると解釈できる。
不死なる者はグノーシス流の神を表す言葉。魚はキリスト教。
火星は凶星。冷酷で残忍な神。当時の歴史観を基に考えればロシア。海王星はわからないが、アメリカがその国を隠れ蓑にしようとしてロシアから攻撃を受ける。
いや、考えてみれば、海王星は肉眼で見えない星で発見はノストラダムスの死後。ならば海王星というのは誤訳。正しくは海神ネプチューンのことを言っていると判断すべきだ。そう考えれば、海の中に隠れていたアメリカの潜水艦がロシアに討たれる、あるいは海に隔たれていて攻撃はないと楽観視していたら弾道ミサイルが飛んできた、などという意味にとれる。
まだ曖昧なところはあるが、なんとなくわかって来た。だが、男たちにはこの長い詩がさほど理解できたわけではなさそうだ。だから、彼らは解釈のヒントとなる何かしらの兆しが顕れることを待っている。そのタイミングで今回の火球。彼らはそれに飛びついてしまった。彼らにとって大事なのは信仰で、起きることひとつひとつが神の御業に思えてしまうらしい。ソダリティウム・ピアヌムの流れを汲む彼らは、予言を通して神の御業に触れられるとのぼせ上ってしまった。おかげで方向性がずれてしまっていることに気づいていない。私は自分の考えを告げるべきか迷う。
ノストラダムスにとっての予言は、主張の正当性を示すための手段でしかない。ただのおまけであって、一定の役目を果たしたあとは無視して良い。彼の目的はキリスト教を本来あるべき姿にもどすことなのだ。だが、彼らはそれを忘れて神の御業に触れることが目的となってしまっている。
私はその点を指摘した。
結局、我々は理解しあえず、彼らは失望して帰って行った。
彼らが返ってから、私は大事なことを思い出した。
マインドコントロールをしているのは誰か。
私はその件について聞くのをすっかり忘れていた。
だが、すぐに思い直す。
それはわからないままで良い。
一般人の私が、アメリカ政府の諜報の奥深いところまで入り込むべきではない。それがわかったとしても、身の危険が増すだけでメリットは一切ない。口封じされる危険性だってあるのだ。君子危うきに近寄らず。そう考えておくのが最良の選択だろう。
だが、すべてを公にしてアメリカを追い詰めなければ、いろいろな問題は闇に葬られてしまう。たとえば、地位協定のおかげで裁けなかった大量のアメリカ人犯罪者たちを処罰する道などは開けない。
私はどうすればよいのだろうか。
ただの一般人である私は、何をどこまでするべきなのだろう。
帰宅して、私は男の話を振り返る。
D・Mなる書が予言の扉を開ける鍵穴を照らし出す。
私はこの予言詩を読み返す。
D・Mという書物がみつけられたとき
古き穴はランプで発見され
ウルピアニの法、王、王子はためし
天幕、女王、公爵は隠しながら
諸世紀第八章66
ウルピアニの法とは、ローマの法学者であり政治家であったウルピアヌスの残した「法範」なる文献を指すようだ。それは「元首は法に拘束されず」などという思想。
予言詩は比喩表現。そして未来を予言するもの。だから、人々が時代を巻戻すべきと感じるような事態になる、と解釈するのがよさそうだ。だが、この予言詩はあまりにも曖昧。具体的に何を指すか特定できないから、予言詩として意味をなさない。こんなときは前後の予言詩につながっていないか調べるのだ。
前の予言詩は――
老人がおもな望みをくじかれ
皇帝の長老となる
二十か月実権をもって王国をおさめ
圧倒的に残忍に悪いものをしりぞける
諸世紀第八章65
この予言詩はルイ十八世に関するものとされている。明らかにD・Mに関する予言詩と繋がりはない。
では、次の予言詩は――
パール・カーネルス・ネルサスは一致せず破壊に
その人もあの人も選ばれることなく
ネルサスは愛と一致の人々のうちに
フェララ コロニナは保護のもとに
諸世紀第八章67
この予言詩の注釈には、「教皇の選出における争いで、二人の志願者は敗北し、未知の人物が大いなる名誉を得て位につく」とある。
ノストラダムスは法王庁にいる法王/教皇が偽物だと言っているわけだから、その未知なる人物が「まことの教皇」を指すのだろう。
この予言詩をD・Mに関する予言詩と合わせて考えれば、何かを昔の状態に戻し、真の法王――現法王庁に所属しない未知の人物――を選出する、と言っているように思える。何かを昔の状態に戻すというのは、ほかのノストラダムスの主張と合わせて考えて、現在正統とされているキリスト教の破棄を示すのではないか。それがきっと「古き穴はランプで発見され」なのだ。




