D・M
アメリカの情報操作のおかげで、ノストラダムスの予言は世界滅亡に関するものだと誤解されたあげく、大多数の人にとって信じるに値しないものとなっていた。
だが、それがひっくり返されつつある。
私のせいで。
それで私たちに圧力をかけようという動きが出たわけだ。
だが、それはうまくいかなかった。
ネット上で世論を誘導しても私たちには影響しない。
私たちに何かをしかけても失敗する。
失敗するたびに事態は悪化する。
隠されていたことがどんどん暴き出される。
まるで誰かが仕組んだかのように。
一方で、私が予言詩について書いたことは、彼らが解明した内容とあまりにも一致しすぎていた。
彼らはそこに何かを見出す。
最終的には――
彼らの組織は、アメリカのOSSから派生した諜報系グループに法王庁の秘密組織の流れを汲む教会系グループが合流して結成されたもの。今回のことでそこに亀裂ができた。
諜報系の者たちは暗殺を主張する。彼らにとっては宗教のことなど二の次だから。反対に、教会系の者たちは私という存在に意味を見出す。私が予言詩の鍵穴を照らす者だと考えて。さらに、ノストラダムス、ひいてはイエスの代弁者かもしれないと言い始める者も現れる。
「私たちは態度を決めかねているのです」
男は話をつづける。
「D・Mを書くはずだった者がいなくなったらどうなるか。そんな疑問が湧いてきたのです」
これまで、彼らは予言に影響が出ることなど考えることなく妨害工作を行っていた。彼らが反キリストであることが露見しないように。ノストラダムスは妨害までも予見していたから、自分たちの妨害工作はもとから予言に組み込まれていて、彼らの行動で問題が起きるはずなどないと考えていたらしい。
大予言のことばは妨害され
圧制者の手の中におちるだろう
彼のくわだては王国をあざむく
しかし強要は彼をまもなく不安にするだろう
諸世紀第二章36
だが、彼らの中に疑念が生まれた。
その疑念さえ予言通りなのではないかと不安が成長しはじめる。
彼らの組織には百年の歴史がある。その百年のなかで、D・Mの候補となる文献が出たのは今回がはじめて。彼らはどう対処すべきか思い悩む。
D・Mという書物がみつけられたとき
古き穴はランプで発見され
ウルピアニの法、王、王子はためし
天幕、女王、公爵は隠しながら
諸世紀第八章66
D・M(原文ではD. M.)とはノストラダムスの予言を解き明かす重要なキーアイテムだ。そのD・Mの著者かもしれぬ人物をうかつに排除したらどうなるか。
2025年あたりにクライマックスが訪れるわけだが、D・Mの著者を暗殺したら予言は成就しないのではないか。予言にある「世界は矛盾のない変革に近づく」や「普遍的な平和」が実現しなくなるかもしれない。これが彼らのなかに生じた不安だ。だが、彼らとしては、何もしないで傍観することはできない。それは、これまで世界の裏側で暗躍して来た百年が間違いだと認めるようなものだから。
その妥協点として道灌氏が狙われることになった。
道灌氏は政財界に伝手があり、妙な動きをされると面倒だ。彼らはそう考えた。都合の良いことに、彼を排除しても予言に影響が出るとは思えない。もしもネット上に不都合な情報が流れても、工作員たちが陰謀論として片づけてくれる。こうして彼は私たちへの脅しの一手として選ばれた。だが、それは失敗する。その失敗が彼らをさらに不安にさせた。
さて、彼らは、私の書いている小説が予言にあるD・Mであると考えている。その結果が2025年、2028年に起きる何かに影響を与えると推測している。
もっとも、それまでにはさまざまな好ましくない事態が起きるとも予言されている。現在世界中で起きている気候変動による災害が予言に書かれている大洪水大火災で、それ以上大規模なものは起きないのか。あるいは、さらに大規模な災害が――
息子シーザー・ノストラダムスへ宛てた手紙には、数世紀にわたる洪水についての記述がある。それが毎年世界のどこかで大きめの洪水が起きるということなのか、ノアの洪水レベルの話なのかはわからない。だが、それに耐えれば、最後には「矛盾のない変革」、「普遍的な平和」が来ることになっている。
教会関係者である彼らは、もともとアメリカ人ではない。利害が一致するから組織に加わっただけで、利害が合わなくなればたもとを分かつだけ。だから、アメリカがどうなろうと知ったことではなく、彼らはアメリカが滅んだ後の未来に期待する。
だが――
気味悪くトランペットが鳴り響くだろう
大衆はばらばらに頭と顔を天に向け
血まみれの口は、血の中でもがいている
顔は、乳や蜜で聖別された太陽に向けるだろう
諸世紀第一章57
その変革の前には大災害があるのだ。この事実が複数の予言詩によって示されている。旧約聖書では、約束の地カナンを「乳と密の流れる地」という。つまり日本は約束の地であり、一方で世界は血の中でもがくというのだ。それは戦争なのか疫病なのか、あるいは両方なのか。彼らはその痛みが受け入れられるものかどうか思い悩む。




