鶴千代
道灌氏の懸念は、私やきさらぎ氏が暴力行為を厭わないことにあったらしい。彼は、私たちが先日の襲撃の報復として米軍基地に殴りこむとでも思ったのだろうか。きさらぎ氏にはスマホ盗難について話し、私には伏せられていたことを考えると、私が一番信用されていないのかもしれない。昨夜のことを考えると弁明の余地はない。
あの動画を投稿した連中はどういう立ち位置なのだろう。動画の性質上親米組織ではないだろう。いずれにしても関与する組織が増え、問題はさらに大きくなったわけだ。
――やっぱり米軍基地に……
この問題は解決不能だ。少なくとも私のような一般人には。だが、派手に暴れて世界中に情報が拡がれば、何らかの変化が生じるかもしれない。戦って勝つ必要などない。ただ話題になり、世界の人々がこの問題を考えるようになればいい。私はそう思い、本当に米軍基地に特攻することを検討し始めていた。
――なるほど。道灌氏の懸念通りだ。
大義名分さえあれば、私は嬉々として戦うことを選ぶだろう。道灌氏は私の性格を正しく理解していたわけだ。
さて、私のせいで道灌氏の命が失われた。ならばそのままにはできない。私は職を失い、明るい未来など考えられない状態だ。いっそこのまま派手に散るのも良い。それに身につけたさまざまな技を試してみたいという欲求もある。たぶん、これは私にとって絶好の機会なのだ。
襲撃者たちの顔写真を貼ったプラカードでも用意して基地の前で騒ぐ。
力づくで排除しようという動きが出たら、正当防衛を主張して反撃する。
手加減しなくていいのなら、私が簡単に制圧されることはない。
そうなれば相手は武器を使おうと考えるかもしれない。
丸腰の私相手に銃器を使ってくれれば――
私の考えは固まりつつあった。
――よし、やるか。
私は心を決めた。
だが――
米軍基地襲撃の準備をしていたら一通のメールが届いた。
メールの発信者は鶴千代なる人物。
私はふと思いついて太田道灌を検索してみる。
鶴千代は彼の幼名だった。
肩の力が抜けた。
メールによると――
いくつかの国を跨いだにもかかわらず、出張の間、何度も同じ白人二人組を見かけていたそうだ。国を跨ぐ際、彼らはいつも同じ便に乗っていた。その白人たちが、その日に限って搭乗ロビーに現れなかった。それがどうしても気になり、道灌氏は搭乗を見合わせたという。
アメリカにとって都合の悪い人物が乗った飛行機はなぜか墜落する。
道灌氏はその『ジンクス』を知っていた。
だから死ななかった。
墜落した飛行機に乗っていた人たちには申し訳ないと思うが、私は道灌氏が生きていたことにほっとしていた。
動画が公開されることで、あの事件は多くの人の知るところとなった。警察の権威は地に落ちたし、アメリカに対する疑念も育ち始めている。反米意識の高い国は、あの動画を利用してアメリカを攻撃し始めている。
日本政府はAIによる偽画像だと主張して火消しを図ったが、海外の専門家たちが動画を解析してホンモノだと保証してくれた。結果的に、日本の政治家への信頼はさらに失墜することになった。
政治家たちは韓国カルトとの関係をうやむやにした。裏金を作っていたことについても適当にごまかしたりだんまりを決め込んだり。それ以前も不正が話題になると秘書のせいにして逃げて来た。マスコミから政策絡みの質問を受けたとしても、検討する議論するなどと言ったきり何もしないのが常態化している。信頼は揺らいでいくだけで回復する要素はない。そこに今回の事件が起きた。汚名をすすぐことなく事件の隠蔽を図ったのだ。もう信頼回復などありえない。いまや多くのメディアが懐古館で語られていた情報を取り上げるようになっている。世の中の動きは、いわゆる死体蹴り状態になりつつあった。
しかし、その動きは過剰なようで不十分。そこには不思議と偏りがあった。たとえば、政治家たちがさまざまな外国勢力に国を売っていることについては、懐古館で話題になったことがあった。それにもかかわらず、なぜかまとめサイトに転載されることはなかった。マスコミを煽っている組織は、どの国に攻撃を向けるか慎重に操作しているのだろう。
それでも今回の事件で、何らかの組織が日本の裏側でやりたい放題していることは話題になった。だが、その組織とは何なのか?その部分は未だ曖昧なまま。憶測しかできない。襲撃犯が白人で、日本の国家権力に圧力をかけられるのだから、相手はアメリカで間違いなさそうだ。しかし、それが国家の意思として行われているのか、何らかの思想集団が暴走しただけなのかはわからない。
先日の愚かな襲撃失敗の要因は、たぶん、日本の国家権力を掌握しているという驕りにある。そうでなければ、あんな粗忽な襲撃をするわけがない。調べれば、私ときさらぎ氏が武道の高段者であることだってわかるはず。わかっていれば、不用意に襲撃を仕掛けて来ることはあり得ない。彼らは私たちを侮り、下調べさえしなかったのだろう。
相手が私たちを侮っているのなら、そこを突いて――
いや、彼らは非合法活動をする組織だ。下手につつくと何をされるかわからない。誰が狙われるかもわからない。私が踏み込んでいるのはただの一般人が踏み込んでいい領域ではないのだ。
道灌氏の立ち位置は微妙だ。道灌氏には武術の心得がなく、暴力での解決を図るなら攻めやすい。それこそ通り魔を装って殺してしまうのだって容易だろう。
しかし、政財界への影響力なら話は変わる。彼は一流企業の上層部に位置し、政財界にも伝手がある。国家権力をねじ伏せる相手に、それがどこまで通じるのか定かではないが。
逆に、その伝手から圧力がかかる可能性があるかもしれない。だが、相手が推測通りアメリカで、道灌氏がアメリカ企業に対して影響力を有しているのならばやりようもあるはずだ。いや、そうされる可能性があるから、相手が先手を打って殺そうとしたのかもしれない。
いずれにしても、すべては憶測だ。
考えても堂々巡りにしかならない。
このわからない状況で私はどうすべきか。
思いつきで何かをするのは危険すぎる。
私は考えるのを諦めて諸世紀に手を伸ばした。
いつものように。




