核心と初戦
誰かが話していたが、私は自分の考えに囚われ、それを聞き流した。
自分の考えとは――
「ノストラダムスも同じなのかな」
その言葉は独り言のように口から滑り出た。
「え、どうしたん?」
まおん氏が私の言葉に反応した。
「ノストラダムスの予言って、原本には世界の終わりとか書いてないんだ。書いてあるのはアメリカが第二の反キリストだってこととか、『まことの教皇』っていう書き方をして法王庁が偽物だってほのめかしていることとか。で、新しいノストラダムス関連の文献では、その辺りのことが書き換えられている」
「アメリカが第二ってことは、法王庁が第一の反キリスト?」
きさらぎ氏がすぐさま反応した。
「そう。法王関連はいろいろ予言詩があって、キリスト教がひっくり返るようなのもある。自分の感覚だと本当のキリスト教はグノーシス。グノーシスでは神が人類の敵だから、現代キリスト教徒は相容れない」
「え、でも、そうすると、いまのキリスト教徒は全員反キリスト?」
キリスト教の話になるとザビエ氏が食いついて来る。
「キリスト教の外典だとマグダラのマリアは売春婦じゃなくてイエスの妻で教団ではイエスに次ぐ地位。ペテロは一番弟子じゃない。そういうところが男尊女卑の法王庁には気に食わなかったんじゃないのかな」
「キリスト教って偉い人はみんな男の人だしね」
「このネタ、2chで書いたことある」
「それだ!」
道灌氏とまおん氏が同時に声を上げた。
青葉区の事件では、死者は出なかったものの隣人が負傷している。私が住んでいた部屋は酷い状態だったようだが、幸いなことに当時は空室だったらしく、人的被害は出ていない。爆発は、外からベランダに投げ込まれた何かによるものらしく、爆破されたのは私とトラブルになった老夫婦側にある和室。反対側の隣人に被害はない。上の部屋は、若干ベランダの外壁が焦げたようだが、特に被害は出ていない。
正直に言って、件の老夫婦に被害が出ても、ざまあみろとしか思わない。マンションのオーナーも、老夫婦について対処を求めた際に軽蔑すべき人たちであることがわかっているので、特に申しわけなく思う気持ちはない。そもそも、火災保険で老朽化した部分――頼んでも直してくれなかったあれこれ――をリフォームできるのだから、彼らは喜んでいるんじゃないだろうか。
だから、私にとって気がかりなのは懐古館の住人達の目だけだ。だが、彼らはやさしかった。私が責められることはなく、逆に、狙われていることを気遣ってくれた。彼らの態度に私は安堵したが、同時に後ろめたくも感じていた。
こうして会議はうやむやに終わった。アメリカがらみの組織に目をつけられたのではないか、というところから議論が進まなくなったのだ。
不完全燃焼のまま、私たちは三人は会議室を出て施設の出口に向かう。
外は良い天気だ。
私は、建物から外に出たところで足を止め、空を見上げた。
後ろで自動ドアが閉まる音がする。
だが、その音は途中で止まり、小さくカッという音がして、また開く音が。
その開いたドアから足音が近づいて来る。
なんとなく後ろを振り返ると、ありふれた薄いグレーのスーツを着た男がうつむいたままこちらに向かって歩いて来るのが見えた。かなりの速足だ。私がいるのはその男の進路上。邪魔にならないよう、私は進路をあけてやる。しかし、男は方向転換し、また私の方へと進路を変える。ぶつかりオジサンだろうか。
――いや、ちがう。
その男は手に持っていた栄養ドリンクのキャップをひねる。
開封済みの瓶らしく、ギリリという音はしなかった。
その瓶の口が私の方を向く。
男はこちらに目を向ける。
強い視線。
瓶の中身を私にかけようとしている。
そう判断し、私は防御に転じた。
いや、防御といってもほぼ攻撃だ。
男が予備動作に移ったのを確認し、軽く右斜め前にステップしながら男の持つ瓶を相手に押しやるように蹴る。
瓶の中身が顔にかかった。
男は一言「うっ」と呻きはしたがそれ以外声をあげなかった。
液のかかった部分が赤く変色していく。
だが、瓶は手放していない。
中身はまだ残っていそうだ。
男は再度その瓶に残る液体を私にかけようと――
今度は回し蹴りで瓶を蹴り飛ばした。
瓶は歩道を転がって行く。
このあたりできさらぎ氏が反応した。
きさらぎ氏は私の脇をかすめるように前に出る。
つづいて、男の手を取るなり関節を極め、そのまま投げ技に移行した。
男の身体は地面を転がり、一回転しそうなところで切り返して裏返される。
男は左の手首と肩の関節を極められ、うつ伏せの状態で固められていた。
「もしもし、……事件です。……はい。液体を通行人に浴びせようとした男を捕まえました。場所は――」
道灌氏は状況を見てとり、110番へ通報した。
ここから桜田門は遠くない。たぶん、数分以内にパトカーが来るはずだ。
そう思っていたが、警察より早く救急車が来た。
「あれ?道灌さん、警察に負傷者がいるって言ってないですよね」
そう道灌氏に聞くと、彼は頷いた。
救急車の運転席から男が降りる。
後部のハッチも開き、そこから白衣の男が二人降りて来た。
三人とも、白衣を羽織っている。
しかし、かぶっているヘルメットはありふれた市販品で、組織名は書かれていない。
さらに不自然なことに、三人とも日本人ではなく白人なのだ。
これから何が起きるかは明白だった。




