拒絶
以前の東北めぐりでは、ここから青森まで東北道でダイレクトに向かっていた。だが、今回は山道に入り、秋田方面に抜ける。
小雨の中、ペースを落として山道を走る。
途中、角館に立ち寄ってみた。
武家屋敷を見て回り、神社にも立ち寄る。
初めて来た場所だが、何となく懐かしい気持ちになる。
だが、角館ではバイクを置く場所が見つからず、適当な場所に短時間駐車して、ちらりと見てすぐもどるというのを繰り返すことになった。武家屋敷はなんとなく落ち着くが、路駐したバイクが気になってのんびりはできない。こんな風に小刻みかつ慌ただしく観光した後、私はまたバイクにまたがった。
宿泊予定地には予定よりかなり早く着いた。チェックインまで時間がありすぎる。もう少し角館を見て回れば良かったと思いつつ、私は近所の名所や神社を回ってみることにした。
こうしてなんとなく立ち寄ったとある神社でのこと。裏山にご神体のような岩があるというので、山登りをしてみることにした。その岩へ行くには、山道をずっと登っていくわけだが――
誰もいない山道。右手が山の斜面、左手が崖という場所を歩いていくと、突然、右手でガサガサっと草むらをかき分けて生き物が逃げるような音がした。私は蛇でもいたのかと思い、驚いて跳びすさった。だが、見ると、そこには赤土むき出しの山の斜面があるだけ。ガサガサと音がするような草などどこにもなかった。
不思議に思いつつ、さらに山道を進む。すると、神域と分ける木橋にたどり着いた。その木橋を渡ろうと一歩踏み出した途端、足払いを喰らったように私はひっくり返った。咄嗟に身体を捻って四つん這いで着地したが、首から下げていたカメラを木橋にぶつける羽目になった。
ここまで来ると、にぶい私でも神域に入るのを拒まれているように感じる。だが、そのときの私はそれらのサインを無視して先に進んだ。すると、今度は立っていられないほど足がふらつきだした。まるで何かに押さえつけられているような感じだった。
山で身体が重くなるのは山ミサキに憑かれたせいだという。山ミサキとは山で死んだ者の亡霊、もしくは妖怪。そんな相手に負けてなるかと私は意地になって山道を進んだ。足に力が入らないから、急斜面や段になった場所では四つん這いで進んだ。今回の旅に出る前、遠野物語を読んで、そこに書かれているのは妖怪ではなくユダヤ人である可能性を考えた。しかし、こんな体験をすると、やはり妖怪はいるのではないかと思えて来る。
こんな具合に意地を通し、私は目的地の岩が見えるところまでたどり着いた。その岩の手前には老夫婦が立っている。四つん這いの恥ずかしい姿を見られたくないので、私は力を振り絞って立ち上がった。
そこで身体が急に軽くなる。
私は背筋を伸ばし、何事もなかったように振る舞った。
岩に近づくと、老夫婦は私に気づいて場所をあけてくれた。
すれ違いざまに軽く会釈し、私はカメラを構える。
だが、四つん這いの名残りでなかなか手の震えが収まらない。
結局、ブレた画しか撮ることはできなかった。
しかし、なんだかわからない意地は通した。
――さて、もどるか。
そう考えて岩に背を向けた途端、背中を押されたように感じた。
そこは下り坂。
押されればスピードが乗る。
私は自分の意思と関係なく走り出す羽目になった。
――止まれない。
結局、私は麓まで走り下りることになった。
下りてから、私は不思議なことに気付く。
山道に分かれ道はなかった。
走れば老夫婦に追いつきそうなものだ。
しかし、最後まで老夫婦に出会うことはなかった。
――あの老夫婦がここの祭神だったのだろうか?
この旅に出る前に妖怪=ユダヤ人説を考えていたせいか、放浪の果てに妖怪となり果てた者たちが祭神に会うのを妨害したのか、などという変な妄想が頭に浮かんだ。
気持ちを切り替えて、バイクにまたがる。
本当はもう少し観光するつもりであったが、思い直してその日泊まるホテルへと向かうことにした。不運はもうたくさんだと思いながら。
今日はバブル期に高級リゾートとして開発されたホテルを予約している。そのホテル、見た目は在りし日の高級感が漂っているが、辺鄙な場所なので訪れる人も少なく、いまはセルフサービスのホテルとして細々と営業しているらしい。私がここを選んだのは単純に値段。格安なのに温泉付きというのも良かった。
ホテルに着き、駐車場にバイクを駐める。そして、防犯対策として、ブレーキレバーを握った状態で固定するロックをかけ、ディスクローターにもロックをかけ、鍵穴に差し込むタイプのロックもかける。最後にカバーをかけ。カバーの穴にチェーンを通して防犯対策完了だ。
そんな作業をしていたら、後ろから男の怒鳴り声が聞こえた。訛りのある日本語。Zの発音がJになっている。アジア系の外国人だ。その男は駐車場までゴルフバックを取りに来いと高圧的な口調で喚き散らしていた。
セルフのホテルなのに無茶を言う。
嫌な気分のままホテルに入ると、そこはさらにカオスだった。ロビーには人が大勢いて、皆が大声でしゃべっている。聞こえる言葉は中国語と朝鮮語だけ。私はホテル選びに失敗したようだ。
部屋に荷物を置き、恐々としながら温泉に向かう。だが、まだ早い時間だからなのか、そこにいる人たちはみなマナーを守っていた。中国語は聞こえるが、声の大きさは常識の範囲。みなさんちゃんと身体を洗ってから湯船に浸かっている。マナー違反の人はいない。私は自らの不明を恥じ、心の中で彼らに謝罪した。




