胎動
その帰路――
高速のサービスエリアで休憩していたときのことだ。
そこには駐車スペースを無視して歩道に横付けしている車がいた。その車からは大音量でFM放送が流れており、それがニュースに切り替わった。
「――今朝、横浜市青葉区で爆発をともなう火事がありました。近所の住人からの119番通報で消防が現場に駆け付けると、マンション四階から火の手が――」
横浜市青葉区といえば私が以前住んでいた場所だ。当時、となりにはガラの悪い老夫婦が暮らしていた。その一家は、深夜に大工仕事をしたり、明け方まで大音量で映画を見たりで、常識を欠いた連中だった。おまけに、ベランダ伝いにシンナーの臭いが漂って来ることもあり、何らかの犯罪行為が行われている疑いさえあった。我慢できずに苦情を言いに行ったこともあったが、そんな常識を欠いた連中だから言い逃れをする。大家に話を持って行っても面倒がって対応しない。最終的に、引っ越す羽目になったのだ。
私はなんとなくスマホでニュースアプリを立ち上げてみた。すると、トップでその火事を報じていた。記事をタップすると、そこにはかつて住んでいたマンションの燃えている画像が――
火が出ているのは四階。
それも私の住んでいた部屋のあたり。
――あのジジイ、とうとうやったか。
起きるべくして起きた事件。
そのときの私はそう思っていた。
帰宅後、私はすぐに次の探訪先について思いを巡らせていた。
そう言えば――
万治の石仏は諏訪大社の隣にある。その近辺の地名や風習について、イスラエルの元駐日大使がユダヤに関連付けていたはずだ。
日ユ同祖論。
イスラエル人の中には、日本人はユダヤ人を先祖に持つ、と主張する層があるらしい。彼らはシルクロードに沿って失われた十支族の子孫を探し、見つけるとイスラエルに帰化するよう働きかけをしているという。
しかし、私には「同祖」という解釈は受け入れられない。ユダヤ人が日本に来ていたとしても、彼らは必ずしも日本に溶け込んでいなかったはずだ。
『何ゆゑにこんな処にゐるぞと問へば、ある物に取られて今はその妻となれり。子もあまた生みたれど、すべて夫が食い尽くして一人かくのごとくあり。おのれはこの地に一生涯を送ることなるべし。人にも言ふな。御身も危ふければ疾く帰れといふままに、その在所をも問ひ明らめずして逃げ帰れりといふ。』
遠野物語 六
『女の曰く、山に入りて恐ろしき人にさらはれ、こんな所に来たるなり。逃げて帰らんと思へど、いささかの隙なしとのことなり。(中略)ただ丈きはめて高く、目の色少し凄しと思はる。子供も幾人か生みたれど、われに似ざればわが子にはあらずといひて食ふにや殺すにや、皆いづれへか持ち去りてしまふなりといふ。』
遠野物語 七
現代では、目の色が違う背の高い男は天狗、赤ら顔の男は河童、それらの女バージョンが山姥とされている。彼らはいまや妖怪扱いだ。だが、これらの文書を読む限り、彼らは妖怪として扱われているようには見受けられない。人間として扱われているように感じる。
彼らの特徴は明らかに外国人。それも東アジアや東南アジアの民族ではない。もっと遠くの民族だ。だが、彼らをユダヤ人とみなしていいのだろうか。彼らは食人の習慣がある一族なのだ。ここで日ユ同祖論など持ち出せば、好ましくない結論に結び付くだろう。
次の週、私は東北自動車道をバイクで北上していた。
遺跡探訪第二弾だ。
縄文と言えば三内丸山。実は何度も行ったことがある。当然、東北自動車道も何度も通っている。慣れた道、慣れた旅程だ。
初日と最終日は体力温存のため、中継地として一関か北上に泊まるのが慣例。二泊目は青森あたりまで進む。いつもの日程は三泊か四泊。道路の混み具合によって恐山まで行けるかどうか、という計画になる。今回は秋田方面にも行ってみようと考えている。日本海側から津軽半島に足を延ばし、遮光器土偶で有名な亀ヶ岡遺跡を見に行くのだ。日程は五泊。
私は新たに見る風景に期待を膨らませて高速道をバイクで直走る。平日だけに渋滞の気配もない。今日の宿泊地は北上。北上江釣子ICを下りたとき、時間はまだ二時半だった。
――遠野まで行ってみるか。
チェックインには早い時間だったので、私は遠野まで行ってみることにした。だが、遠野に近づくにつれ、空が暗くなり、雨が降り出した。遠野に着いたときには土砂降り。前が見づらい上に、溝の少ないスポーツタイヤではグリップが心配になる。良いことと言えば、新調したレインウェアが優秀だったことぐらいだ。
何もせずに引き返すのも業腹なので、曲り屋と呼ばれる古民家を見物し、カッパ渕にも行った。しかし、一応持っていた折り畳み傘はほとんど役に立たず、土砂降りの中カメラを出す気にもならないので早々に退散することとなった。
遠野に来るといつも土砂降りになる。まるで土地神に拒絶されているように。私には、そんなふうに土地に拒絶されたと感じることがときおりある。そして、この翌日にも、また拒絶されることになるのだ。




