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MA―SHA   作者: 水持 剣真
9/12

the aftergrow princess バカ兄貴の返事

the aftergrow princess バカ兄貴の返事


ウチは昼に兄貴が打ったメールの内容を知っている。

だから今、北棟の屋上にいるわ。

彼は嘘をつくのが下手だ。

だって明らかに「俺は嘘をついている」と体全体で言っているのだから、簡単に見破れてしまう。

「ついに兄貴が……ね~」

ウチはこっそり彼女たちを見る。

海空はフェンスに寄りかかって兄貴が来るのを待っているし、ユッキーは落ち着かない様子で、不安で仕方ないのかそわそわしている。

時間は今五時。今日は嵐が「昨日ライブで疲れているはずだから自主練っていう形にして五時には帰れるように」と言っていたから、そろそろ来るはずなんだけどなかなか来ない。

それにしても……兄妹そろって告白される側。ウチの場合は嵐一人だったけど、兄貴は二人。必然的に片方を斬り捨てるか二人とも斬るか保留にするかの三つの選択肢しかない。

この三つの選択肢なら兄貴は保留を選択するに間違いないと思う。

十六年間伊達に一緒に住んでいるわけじゃないわ。

だって、彼はウチに隠しているつもりなのかもしれないけど、十二年前、海空を助けた事も知っているし、五年前、ユッキーが誘拐(?)されたとき助けに行ったことも知っている。彼は知らず知らずのうちにフラグを立てている。自分でそれに気付いていないだけ。

「兄貴は何をしているのかしら」

いくらなんでも遅すぎる。部室からここまでは十分もかからないはず。

海空とユッキーが向かい合った瞬間屋上の扉が開いた。




「ごめん! 遅くなった!」

「いいえ、そんなに待っていませんから」

「その通りだ、灯焔」

嘘ついちゃって! 一時間半も待っていたくせに。ウチは百分近く待っていたけど……。

兄貴は何か吹っ切れた顔をしている。嵐と何を話したのかしら?

ウチの彼氏は時間にルーズだし、オタク入ってるし、バカみたいな人だけど、他人を思う気持ちだけなら兄貴にだって負けないし、思いやりなら水兄にも負けない。

嵐のどこを好きになったかと言われればウチは絶対にこう答える。

「人より思いやりがあって誰かのためになら努力を惜しまない人だから、ウチは彼を好きになったの!」と。

多分、彼は迷っていた兄貴にアドバイスをくれたのかもしれない。そのついでに、彼は部室でギターの練習に付き合っていたと思う。

そうじゃなかったら兄貴があんなにすっきりした顔にならないはずだもの。

彼も伊達に兄貴の親友をやっているわけじゃないわね!

今は三人で談笑をしている彼女たちを見て「早く返事を言いなさいよ!」と段々苛立ってくる。

三人とも不安に感じているのは分かるのだけど、その不安を誤魔化すのは良くないと思う。

少なくともウチは嫌いだ。自分を誤魔化すみたいで嫌な気分になってしまうから……。

そろそろ本題に入ってほしいわ! そうじゃないと嵐に部室に行ってもらうように頼んだ意味がなくなるじゃない!!

気付かれないように給水タンクに身を潜めながらそっと覗いてみると、

「そろそろ雑談は終わりにして本題に入るぞ」

待ちに待った本題に入る。

彼も彼女達も真剣な表情をしていて、兄貴の一言で屋上の空気が一気に変わった。今までの空気は穏やかで楽しいものだったのに対し、今の空気は一言で例えるなら「一触即発」の状況。

たった一言で空気を変える事が出来る兄貴はすごい人だわ!

ウチが返事を聴かされるわけでもないのに深呼吸をして生唾を飲み込む。

彼女たちもウチと同じ行動をとって彼を見つめる。

「「「…………」」」

沈黙する事十秒。

この十秒がとても長く感じて息苦しかった。それは多分、彼女たちも同じだと思う。

短いはずなのに長い十秒を耐えると兄貴はついに口を開く。

「二人とも俺の返事を聞く覚悟があるのか?」

「当たり前だ。そんな野暮な事を訊くな」

「私も同じです」

まっすぐ見つめる彼女たちの視線の先にいる彼は大きく深呼吸をし、心を落ち着かせると、

「俺は嬉しかった。こんな喧嘩しか取り柄のないバカを好きなってくれた事が、たった一言では言い表せないくらいに。だから、昨日の夜から真剣に悩んだ。俺がこんなに悩んだのは、初めてで人が恋をする大変さも初めて知った。二人には感謝している。俺が今伝える俺の正直な気持ちは――」

彼はあえて中途半端なところで区切った。これから伝える気持ちは、彼女たちの人生を大きく左右するものだという自覚があるからプレッシャーがかかっているはずだ。それがあるからこそ区切ったに違いない。

「俺が今、伝える正直な気持ちは――今の俺には分からない。だから俺はこれから自分の恋について考えたい。こんな言い方変かもしれないけど、俺は誰の事が好きなのかをこれからの生活で探していきたい。俺からの返事は保留っていう形になってしまったけれど、――いつか! 必ず! この場所で! 返事を言う! だからそれまで待っていてくれないか?」

情けない返事だったけど、兄貴らしかった。

こういうことには本当に曖昧で、いつもの変わらない関係を求めているからこそ、彼は相手が自分を思っているのを知っているのにもかかわらず、それに気付かないふりをする。彼が彼でいる理由は自分が必要以上の物を望まず、変わらないものを望むからだとウチは思う。

「それがお前の出した答えなら待っているよ。お前が答えを出すその日まで永遠に」

「私待っています! ずっと。紅赤君が納得する答えを見付けるときまで」

そんな事を言ってくれる人がいるのは幸せな事だと思うわ。バカ兄貴には勿体無いくらい。彼女たちが納得しているのだから良いけれど、他の女の子だったら納得しないと思う。

ウチだったら納得しない。だって、自分がその人のことが好きかどうか分からないから時間をくださいなんて理不尽な返事だと思うから。

「ありがとう! そして、はっきり返事が出来なくてごめん。絶対に答えを出して見せるから」

ウチは嵐にメールで、

《兄貴の返事は本当に情けないものだったけど、兄貴らしい答えだったわ。背中を押してくれてありがとう。ウチじゃこういうことは出来ないからさ。あいつは自分がそういう立場に立ったことが無いから分からないって思ったんだ。だから、嵐に頼んだのに意味なくなちゃった。

兄妹そろって何やってるんだろうね……。ウチは嵐の思いにちゃんと応えることが出来てる? 兄貴の返事を聞いたら不安に感じちゃったわ》

彼の返事はウチを不安に感じさせるのに、十分できちんと彼の思いに答えられているのか分からなくなってしまったんだ……。

兄貴たちは談笑しながら屋上を後にして行った。

彼らはきっとこの先も変わらない関係でいるのだろう。ウチのバカ兄貴がきちんとした返事を出してくるその日まで…………それこそ、永遠に。

物思いに耽っていると急にメールの着信音が鳴る

《そうか、報告ありがとう。確かに茜じゃあこういうことは紅赤相手に出来ないかもしれないけど、葵さんや姫が相手なら話は違ってくると僕は思うよ。だって、僕はあいつと友達としてやっている。それは茜が葵さんと姫と友達でいるのと同じ事だからね。もし、紅赤が告白してきたら彼女たちは間違いなく君の助けを求めるに違いないんじゃないかな? 僕は間違いなくそうする。なぜなら、僕は不安に思うから誰かに相談したいって思うから。まぁ、茜が不安に感じる必要はないと思うよ。その答えとやらが見つかるまで、サポートをしていきたいね!

それと君が不安に感じている事に答えようと思うけど、まず君が最初に言っていた(きょう)(だい)そろって何やっているんだろう? ていう質問の答えは本当に何やっているんだろうって言うのが正直な感想だけど、少なくとも君がそう感じる必要はないと思う。だって、君は一生懸命に自分に嘘をつかないようと努力しているから。紅赤より頼りになるからさ! もうちょっと、自分に自信を持って頑張ろうよ!

次の質問の答えは応えられているよ、君は。それこそ十分すぎるくらいに。君がデレデレしている姿は、いつもの五人でしか行動しているとき以外は見た事無いもの。それだけで十分だよ。僕からすれば、もっと君のことを知りたいよ。あいつはなかなか口を割らないし、君から訊かないといけないものもあると思うんだ。だから、必要以上に君が気負う事はないよ》

長くて読むのに時間が掛かってしまったけれど、このメールは彼が真剣に考えて打ってくれたものなんだというのが伝わってきた。

ありがとう……。ウチ……嵐を彼氏にして良かった……。

うちのことを真剣に考えてくれる人は二人しかいない。そのうちの一人はもう死んでしまったわ。だからウチが水兄を亡くしてしまって気落ちしたとき、励ましてくれたのは嵐だけ……。

《北棟の屋上まで来てくれない? ウチ、しばらく動けそうに無いから》

誰もいない屋上でウチは一人、彼が来るのを待っていた。

「ありがとう……嵐。ウチは嵐がいてくれれば他に何にもいらないから……」

虚空に響く独り言は虚しいものだったけど、きっとどこかで嵐が聞いている気がした。


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