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MA―SHA   作者: 水持 剣真
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肆 勇気の翼で飛び立つ先は

肆 勇気の翼で飛び立つ先は


私――北野 白雪は紅赤君を北棟の屋上で待っています。ここから見える玄武海に沈む太陽はとても綺麗です。

彼なら絶対にここに来るだろうなと思い、あの衣装のまま先回りをして屋上からの風景を眺めています。すると

ガチャ

誰かがここのドアノブを回してくる音が聴こえ、私の心は爆発するくらいの緊張で身を固めてしまいます。これからここでやろうとする事に。

「北野じゃないか! どうしてここにいるんだよ?」

「ここにくれば紅赤君が来ると思ったからです」

「俺になんか用でもあるのか?」

彼はきっと、知っているはずです。これから私がしようとしていることを。知っているのにそれを訊いてきます。

「大事な話をしたいんです! ここであなたと!」

私に勇気をくれた『挑戦者(CHALLENGER)』と、私の気持ちも書かれている『操り人形(Marionette)の('s )心(heart)』この二曲が私に『それ』をするためのものをくれました。

ここでしなければいつするのか私には分かりません。

だから、今、ここで、あなたに!



「私――北野 白雪は紅赤君いや、――紅赤 灯焔君の事が好きです!」



「俺は喧嘩しか取り柄ないぞ、北野」

「そんな事ありません! 紅赤君はいつだってあたしを助けてくれましたし他人(ひと)のためなら自分を平気で犠牲にすることが出来ます! 私には真似なんか到底出来ない素晴らしい人です! そんな人がそんな悲しいこと言わないでください! 私を! 『操り人形(Marionette)の('s )心(heart)』に出来るのは! 貴方(あなた)だけなんです! だから、私は――」

そこから先は言えませんでした。

いえ、言う事が出来ませんでした。私は彼の赤い瞳に少し脅えてしまったのかもしれません。それでも、私は、

「私は――例え貴方の取り柄が喧嘩しかなくても、貴方のいいところをたくさん知っています! 貴方が今まであたし達のためにしてくれた努力も分かっています! 貴方は自分を誇りに思ってください! ナルシストだといわれても構いません! それぐらい貴方には良いところがたくさんあるんです! 私はそんな貴方が大好きなんです! だから、自分に誇りを持ってください!」

告白は沢山の勇気が必要になる事を私はこの瞬間に始めて知りました。

今までの関係を壊す勇気

相手が自分を好きじゃないかも知れないのに、自分の気持ちを包み隠さず言う事が出来る勇気。

自分が好きな人の気持ちを受け入れるための勇気。

最後に自分の殻を壊す勇気。

さまざまな勇気がこの告白という行為の中にあり、それらが私の背中を押してくれます。まるで、私の背中に白い翼が生え、その翼で空に飛び上がるようです。

私が私の好きな人――紅赤君に私の全てを伝え切った後、彼は、

「北野。俺はお前の――」

返事をするつもりなのでしょう。しかし、私は、

「それを言わないでください。もう一人――貴方の身近にいる人からの告白を受けてからその返事を出してください! いつでも、待っていますから」

笑顔でそういうのが精一杯でした。

彼女の告白を受けてから、返事を出してほしいというのは私の本心ですし、それを受ける前の彼から返事を聞くのは不公平な気がしました。

だから、私は彼の返事を途中でさえぎる事しか出か無かったのかもしれません。これじゃあ、前回と同じです。

臆病者! と後からあのカップルに叱られてもいい気がしたんです。だって、私の気持ちははっきりと彼に届いたはずですから!

彼女の告白を聞いてから、彼がどう返事するのかがとても怖いですが、それでも私はそれを聞いた彼が最終的に私を選んでくれる事を祈るしかありません。

彼が私を選んでくれる事を天に心で祈りつつ私は笑顔で屋上を去っていきました。




先に屋上に来ていた北野が俺――紅赤 灯焔にした告白は俺にとって困惑させるものになった。

その理由は北野が言う彼女(空の事だと思う)の告白を受けてから、返事をしてほしいと言うものだからに他ならない。

俺は告白を受け返事をするとき俺自身が誰と一緒にいたいかを考える。

なぜなら、それを受け「YES」と簡単に返事が出来ないし、俺がもし考えた結果、誰も浮かび上がらなかったら俺が好きな人に告白をするつもりだからだ。振られたとしても……。

だから、俺は困っている。

昔した空との約束を護るのか? それとも……。

俺にとって北野はただの女友達じゃない。

彼女は学校に来るのでさえ、難しいはずなのに学校に来ている。その理由はおそらく俺に会うためだろう。どんな理由だとしても、俺はあいつが学校に来る事がいいことだと思っているし、毎日あえて嬉しい相手でもあるからだ。

しかし、後者の方は空や春野、アカにも同じ事がいえる。

それでも、彼女がただの女友達ではない理由は俺にとって「いて当たり前の人」だからであり、その他の理由は一切ない。

ただの女友達じゃない人からの告白を受けるのかといえば話は違ってくる。

それを受けるという事は今までの関係を壊す事になるだろうし、拒否すれば気まずくなってしまい話さないなんてこともありえる。

だからこそ、慎重にならなければならない。

俺はこんな葛藤を持ったまま、家に帰ることにする。今夜は幸い北野と春野は家に帰るはずだから、ゆっくりと彼女が言っていた事を吟味(ぎんみ)出来る。

屋上から見た春の夕暮れは鮮やかな茜色に染まっていた。




夕食――味噌汁に白米、鳥の塩焼きとサラダ――を食べた後すぐに俺は家を出た。

時刻は夜の十時。市の条例で周りは明かり一つ無く、空を見上げれば星が見える時間に俺は海岸の砂浜に仰向けで寝ている。

何かあるたびに来る氷麗海岸(玄武海を眺める事が出来るこの場所)は引っ越したときからのお気に入りの場所。

「俺はあいつの告白をどう受け止めているんだ?」

屋上で告白されたという事実が俺に深く重くのしかかる。まるで、俺の心が深い闇で覆われてしまったかのように……。

あれを聞いてからの俺はそれに支配されてしまった操り人形のようで、考えるのを止めれば支配から逃れることを知っているのにそれをしようとしない。

そんな思いで見る星は俺からすれば痛いほど眩しい。

あれから抱えている葛藤の中、俺はどうすればいいのか分からなくなっている。

北野はきっと、今日の事を無かった事にしていつも通り俺に接してくるに違いない。だけど俺はいつも通りの対応が出来るのかと問われたら、間違いなくいつも通りの対応なんて出来ない。

そんな中誰かが近づいてくる。

「やっぱりここにいたか! なんか悩み事でもあるのか?」

「別に。ここに行きたくなったから、ここにいるだけだ」

空はそうかと答えると俺の隣に腰をかける。

大きく深呼吸をした後、彼女は――、




あたし――葵 海空は大きく深呼吸をすると、



「あたしは灯焔のことが大好きだぁぁぁぁぁぁぁ!」



灯焔以外誰もいない海岸で、玄武海に向かって綺麗な星空の下で叫ぶ。

彼が今日、北棟の屋上で告白を受けていた事は知っていた。

盗み聞きするつもりは無かった。

あたしはこの間の入学式と同じように偶然を装って彼と話をしようと屋上に向かっていて扉を開けようとした瞬間、聞いてしまったんだ。

北野 白雪の告白を。

彼女は多分あの衣装を着ていて、あたし達が作った曲に励まされたから、告白という勝負に出たんだ。あたしなんかよりよっぽど強い。

あれを聞かなかったら、あたしは多分ここには来なかっただろう。あたしだって、自分達で作った曲に励まされたのだから。

「十年前のこと覚えているか?」

「ああ、覚えているよ」

十年前、いじめられていたあたしを助けてくれた灯焔はあたしにある約束をしてくれた。その内容はあたしが困っていたら、いつでも助けてくれるというもので、あたしはこの約束があったからこそ今まで頑張れた。多分それはこれからも同じだ。でも、今一番困っているのはこの告白で、あいつはあたしと北野さんどっちを選ぶのか、それとも二人とも選ばないかの彼にしかできない選択についてだ。

だから、困っているのかもしれないし不安を感じているのかもしれない。

実際、灯焔を追いかけてここまで来たのは、告白をするのが目的じゃない。

あたしの目的は、彼といつも通りここで話しをすること。

「あたしは十二年前からお前の事が好きだった! その事に気付いたのはつい最近だけど……。あたしは今までお前との約束が心の支えだった! 多分それは、これからも変わらないだろう。しかし、あたしは――」

「…………」

彼は黙ってあたしの言っていることを聞いてくれている。その表情は、困惑しているみたいに見えたけど、構わず続ける。

「あたしは――今日、北野さんの告白を聞いて驚いてしまったんだ! 確かにお前は、喧嘩しかとりえがないかもしれない! だけど、お前はそれ以外にも沢山人より優れているところがあるんだ! お前にしか出来ない事もこれから出てくるかもしれない。そのとき、それを解決してくれるのは、あたしや北野さんじゃない! おまえ自身の力だ! お前はもう少し自分を誇るべきなんだ! そんなことでは、『地獄の業焔』の名が泣くぞ!」

あたしは北野さんと同じことを行ったかもしれないと後悔したけど、それでもいいかなと思った。

灯焔はあたしがあれを聞いていたという事を聞いて少し驚いていた。だけど、声を出さずにあたしの言葉を聞いてくれていた。

「俺は今、お前からの告白に返事は出来ない。それでもいいのか?」

そんな事は百も承知なあたしは黙る事にした。

それしか出来なかった。

言い切った後何にも考えられなくなって、頭上にある幾千の宝石たちを見上げる事しか出来なかった。

沈黙を肯定として受け入れた彼は、黙ったままあたしと同じことをした。

あたしはそんな心地いい時間が永遠に続けばいいと、このとき初めて思った。

あたしと灯焔しか知らない約束は永遠に忘れない。これの返事が例え拒絶だったとしても……。

それくらいあたしと灯焔の絆は強いんだっていう事を信じていたいから……。

そんな思いを抱いて星空を見ているうちにあたしは意識を手放した。

近くに灯焔がいるんだという根拠の無い安心感に包まれて。




まさか、空からも告白されるとは……。

俺はその告白をただ黙って聴いてることしか出来なかったし、これを受けてから返事を考えるので精一杯だ。

俺が、返事が出来ない理由は北野がそう言ったというのもあるけど、それよりもこれをどう受け止めればいいのか分からないし、それを受けるための心の準備が出来なかったというのもある。

俺に寄りかかって寝ている空の表情は幸せそのもので、俺がこの表情を見つめていいのかという疑問を抱いた。

彼女が俺に告白した理由は分かる。

十二年も俺を想っていたことは素直に嬉しいと感じる。

しかし、俺がそれを受け止める覚悟があるのかと訊かれたら俺は「YES」とは答えられない。

情けないやつだな! 俺は……。

俺が好きだ! と言ってくれた人の想いを真剣に受け止める事が出来ない。それに加えて俺はその人達の想いを踏みねじってしまうかもしれないという恐怖におびえている。

俺は幸せそうに寝ている空を抱きかかえ数多(あまた)の星に包まれている夜空の下、家に帰るため海岸を後にした。




翌日。

俺は一人で昨日の事について考えていた。

彼女たちは昨日のことがまるで無かったかのように俺に話かけてくる。

俺は学校にいるのにもかかわらず、授業なんて耳に入らないし入ったとしても残らない。それくらい真剣に悩んでいる。

だって、それは真剣に慎重に考えないと彼女達に失礼だから……。

誰かに相談すれば楽になるのに、と俺の中の悪魔(漫画みたいだと思っていたけど本当なんだな)が囁いている。そうすれば確かに楽に慣れるかもしれない。実際、そんな事を相談できるのは一人しかいない。

だけど、それをしてしまうと自分に負けた気がしてしまう。

「俺はどうしたらいいんだろう……」

悩むという行為にはたくさんの理由があると俺は思う。

人のことを考えるという理由。

自分のことは自分で解決したいという理由。

人に思いを伝えたいのに、どうすればいいのかという理由。

それらの理由があるからこそ人は悩む事が出来る。

俺が今、彼女達のために出来る事は彼女達の思いに真剣に答えるために、精一杯考える事しかない。

「灯焔、お昼にしようじゃないか?」

「ああ」

気がつけばお昼になっていた。

空からの誘いを受けた俺は北棟の部室に向かう事にした。

部室は俺たちが「バンド部」を結成してからの憩いの場になっている。だから、そこに向かうのは当然何だけど、いつも通りに接してくる空や北野が俺には何かに脅えている気がした。

「紅赤は何について悩んでいるのかい?」

「お前には関係の無い事だよ」

お昼を食べている途中に訊いて来た春野がウザイこと極まりない。

俺は彼の助けを必要としていないにもかかわらず、彼は俺に絡んでくる。

俺を悩ませているものは俺の今後の人生を左右するものだといっても間違いじゃない。

それくらい俺には大事な事でもあり、彼女たちにも大事なものだと俺は思っている。それなのに、彼女たちは普段と変わらない態度で俺に話しかけてくる。

「兄貴がついに、ね~」

アカは楽しそうに俺の顔を見てくるがそんな事を気にしている余裕なんてどこにもない。

彼女たちは俺に、

人よりたくさん優れているところがあると、

俺にしか出来ない事があると、

喧嘩しかとりえがないなんていうな! と、

だから、もっと自分に誇りを持て! と、

俺には考えられない事を言ってくれた。俺が彼女達のいいところをたくさん知っているように、彼女たちもまた俺のいいところをたくさん知っているんだということを昨日、教えてくれた。

水也さんには「女の子の告白を聞いて返事をするときは自分が今、誰といたいのかを考えないとだめだ」という事を教えてもらった。

俺が今、誰といたいのかは考える事が出来ない。それでも、俺は彼女たちの告白に返事を出すべきなんだ! 俺が彼女たちの告白を忘れないうちに!

よって、俺は携帯で、

《今日の放課後に北棟の屋上に来てくれないか?》

そういうメールを送った。彼女たちに返事をするために。



《今日の放課後に北棟の屋上に来てくれないか?》

このメールが受信されたときあたし――葵 海空は灯焔がこんなに早く「あれ」の返事を出してくるとは思いもしなかった。

あたしがいつも通り彼に接している理由は、いつも通りの会話を楽しみたいから。例え、昨日あんな事があったとしても。

あたしが知っている彼は、一回悩むと自分が満足する結論が出るまで悩むやつだった。

しかし、彼は今回ものすごい速さでその悩みを解決したのかもしれない。

「かも」と言ったのは彼の結論が曖昧なものである可能性があり一回結論を出したのはいいけれどそこから先も悩む事があるからだ。

《分かった。今日の放課後に北棟の屋上だな! 忘れるなよ! 灯焔》

返信してあたしは、

やっぱり、そんな彼が好きなんだ!

という事を再確認してお昼を食べ終えた。




《今日の放課後に北棟の屋上に来てくれないか?》

このメールが私――北野 白雪のところに着たとき少し驚きました。

海空ちゃんの告白が、私が考えていた時期よりもかなり早いです。

彼女も『操り人形(Marionette)の('s )心(heart)』と『挑戦者(CHALLENGER)』を披露したライブが影響しているのでしょうか?

あのライブは私に勇気と言う名の翼を授けてくれた出来事です。あれがなかったら、私は彼に告白をしなかったです。

私がいつも通りに彼に接している理由は彼の返事が怖くてたまらないからです。

不安で、不安で仕方ない私は彼がどちらかを選択するのかもしれないですし、そうでないかもしれません。私を彼が選んでくれたとしても、それをはっきり聴くまで私の黒い霧が晴れる事はありません。

《分かりました! 忘れないで来て下さいね!》

皆にバレないようにメールを打つ私はちょっと悪い事をしている気分になりましたが、それを気にしているほど心に余裕がないです。

本当に、私のこの思いが彼に届くことを心で祈りながらお昼を食べ終えました。




二人からの返信を読んだ俺――紅赤 灯焔は大っ嫌いな数学の授業が終わったのと同時に部室に逃げ込んだ。

俺は数学・ピーマン・ゲームが嫌いで、嫌いで仕方ない。はっきり言ってゲームなんてやっているやつの気が知りたいくらい嫌いだ。

部室に逃げ込んだ俺はベースギターのチューニングをして一人練習している。

こんな事をしているのは俺がこの後しようとしていることを考えると気が気でないし、この選択が果たして彼女たちのために、いや……俺が俺としていい選択をしたのかどうか分からないから。

そんな俺に追い討ちをかけるように部室のドアが開く……。

「こんなに早くから自主練習なんて感心するよ!」

「お前かよっ! 驚かすんじゃねぇ!」

ビビッた俺がバカみたいじゃないか! まったくヒドイやつだ!

「お前だけか? ここに来てるの」

こいつがここにいるからといって三人娘がいるとは限らない。まぁ、アカはいる可能性が高いと思うけど……。

でも、こいつだけなら何とかなりそうだな。あの二人がここにいると練習に集中できないし、アカがいたらいたでしつこく質問されるだけだ。

「そうだけどさ。それがどうかしたの?」

「なんでもない」

あの二人は多分先に屋上に行っているだろう。アカはどうしているのかさっぱり分からない。

俺がここにいる理由は緊張を解すためだけに来ている。

それは彼も知っているに違いない。

なぜなら、彼はアカに告白するとき俺に相談しに来ている。「どうしたら自分の思いは彼女に届くのか」という複雑な悩みを抱えながら……。

彼が今、アカを彼女に出来た理由は俺が背中を押し自分で自分の殻を破ったからこそ、だ。

その立場は逆転しているだけで、状況はほぼ同じ。違うのは告白をするかされたか。

「紅赤。君は確かにあんなもの聴いてしまったら困ると思う。けど、そんなに悩む事じゃないと僕は思うよ。だって、僕は告白をする側だったから、彼女達の気持ちは分からない訳じゃないよ。確かに不安に感じるんだよ! 僕だってアカネの返事を聞くときは緊張したし、不安に感じもした! だけど、今まで以上の何かをつかむ可能性があったから、僕はそれに賭けたんだ! もし、あの時、ふられたとしても何回でもアタックしたと思うんだ! 葵さんが作詞した曲の中の言葉を借りるなら『操り人形(Marionette)の('s )心(heart)』にした相手なんだから、簡単に諦め切れるはず無いから何回でも挑戦していくんだ! だから、難しく考える必要はない。君の本能が誰と一緒にいたいかは知らないけれど、正直な今の君自身の気持ちを言葉にしてくればいいんだよ。きっと……」

「……」

説教じゃないか!

春野らしいといえば春野らしいのかも知れないけれど、それはここで言うべきものじゃないと思う。

とても、励ましとは言えない励ましだけど、俺はとても嬉しかった。

俺が今までに経験した事の無いものに対して春野はアドバイスをくれた。彼女たちを振っても諦めてしまうことは無く何回でも俺にアタックしてくると彼は言った。それはいつもの関係のままでいられるという意味があると勝手に解釈しているけど、それで間違いはないはずだ!

無音の部室に響くはギターが織り成すデュエットだけ。

その音は聴いているだけで気持ちよく俺に足りないものを持たせてくれるそんな音だった。

その間だけは二人の返事のことを忘れて、春野とのデュエットに身を任せた。




部活(という名目の自主練)が終わり、春野と別れた(昇降口でアカを待つって言っていたけど)俺は深呼吸をし、彼女たちが待っている屋上の扉の前に立っている。

「いくぞ! 俺!」

気合をいれ改めてここに来た理由を思い出す。

二人は俺に、

「好きだ!」と言ってくれた。

「もっと自分に誇りを持て!」と言った。

「俺にしか出来ない事がある!」と言って俺に手を伸ばしてくれた。

そんな彼女たちのために、俺が出来る一番のことは――彼女たちの思いを受け入れ俺の正直な気持ちを伝える事だけ!

だから俺は今、鮮やかで美しい夕焼けに包まれているはずの屋上の扉を開けた。

彼女たちが見せてくれた。勇気という名前の翼で飛び立つところを。

今度は俺が見せる番。俺が勇気という名前の翼で飛び立つ先を!


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