Spring’s storm 焔の嵐
Spring’s storm 焔の嵐
僕――春野 嵐が紅赤兄妹と出会ったのは彼らが転校してきてすぐの頃だった。
あの頃が無ければ、僕達は絶対に親友と呼べる間柄にはならなかったかもしれない。
あれは僕が小学一年生の頃
僕の幼馴染である姫――北野 白雪と別々のクラスになって僕は少し苛ついていたところに彼らはやってきた。
その頃の僕はここら辺一帯で同い年なら一番喧嘩が強かった。
なぜなら、緑髪緑眼の僕は入学する前からいじめられていたし、姫を護るために鍛えていたからだ。
彼らは双子なのに容姿は似ていない(後から二卵性双生児って言うのがあるのを知った)のにもかかわらず、黒い髪に赤い眼だけが兄妹であることを物語っていたのを、高校生になった今でも覚えている。
入学式から二日遅れてきた彼らには皆興味津々だったけど、僕だけはそれを示さなかった。
彼ら(特に茜)はすぐにクラスの人気者になったのにもかかわらず、僕を気にかけてくれるのがとても気に喰わなかった。
一週間もたてばクラスから浮いてしまっていじめられてしまうのも知らずに僕は彼らのことを無視し続けた。
会話すらない出会い。これが僕と彼らの出会いだった。
彼らが転校してきてちょうど一週間がたったある日。
「お前は名前、なんていうんだ?」
紅赤がそう聞いてきた。理由はよく分からないけど、やはり彼らは他の人みたいに容姿が変だから、という理由で名前を聞いてきたのかもしれない。
「嵐。春野 嵐」
ぶっきらぼうに答える僕は周りから見れば少し怒り気味だったに違いない。
でも、彼は「そうか! よろしく、春野」と、いうとその場を去っていった。彼がそのとき見せてきた眼はどこか遠くを見ているみたいで不思議な感じがした。
それにしても、どうして僕の名前なんて聞くのだろうか?
彼は僕の容姿に興味があったから話しかけてきたのか? それとも、単に僕を友達として受け入れるために話しかけてきたのか?
そのときの僕には分からない事だったけれど、あの出来事を境にその質問の答えが出る。
帰り道。偶然、方向が同じだった僕と紅赤兄妹の間には、会話らしい会話なんて一つもなかった。
「春野は好きな人いるのか?」
「別に」
一方通行のやり取り。これが僕と彼らの当たり前で、その周りには僕の幼馴染すらいない。
しかし、
「春野君ってどうしてウチらに突っかかるような態度をとるの?」
「どうしてって……」
君達にいじめられるのが怖いからとは流石に本人達の前で言うわけにはいかない。たとえ、いじめられたとしても僕は彼らを殴り倒していただろう。だって、僕はこの辺りで一番強いのだから。
そんな答えられない質問に答えるため、必死に考え込んでいた僕の眼に映った光景は
「止めてください! 何するんですか!?」
姫が誰かにいじめられているというものだった。
姫を助けようといじめているやつらに殴りかかろうとしたとき、
「俺の目の前でこんなものやってるんじゃねぇよ!」
怒気を含んだ明らかに怖い声で彼はそういった。
姫はこのことを多分覚えていないと思うけど、このときの僕は彼に嫉妬をしていたんじゃないかな? と思う。
小学生の僕はこの黒い感情の正体を知らなかったから、うまく口で表現する事は出来なかったけれど、今なら分かるし表現する事も出来る。
姫は僕が護る! だから、横から入ってくるな!
この思い(ジェラシー)が頭を支配した瞬間
バンッ!
紅赤を思いっきり殴り飛ばしていた。
「痛ってぇーな! 何すんだよ!」
ドンッ!
僕の一撃が引き金となり、いつの間にか僕達は喧嘩を始めていた。
僕が彼を右手で彼の顔を殴ろうとすると、彼は左足で僕のわき腹をけってきたし、仕返しをしようとすると彼は僕がそれをする前に反撃をしてきた。
僕が彼を殴り飛ばせたのは最初に一発だけだった……。
しかし、彼はカウンターしかしてこなかったから、反撃の糸口をつかんだ僕はカウンターをカウンターで返す事にした。
思う事は簡単でも、やる事は難しい。最初はタイミングを合わせられなかったが、やっているうちに段々と彼のリズムが分かってきて、彼の右わき腹に始めて僕のカウンターが当たった。
お互いに身を削りあいながらする喧嘩は気持ちよく、始めた理由さえも分からなくなっていき「こいつに勝ちたい!」そんな思いが僕の体を操り人形みたいにしてしまう。
始めてから二時間ぐらいたち、ようやく僕達の喧嘩は終わりを告げた。
近くにいた姫と茜は呆れ顔で僕達を見ているけど、そんな事は気にならなかった。
「春野って結構強いんだな」
「お前もなかなかだよ。紅赤」
「始めて呼んでくれたな」
男なら拳で語り合え! 言葉なんてものはいらない!
どこかのゲームやCMの受け売りみたいな言葉だったけど、喧嘩して拳を交えた僕達にはその通りだった。
「なぁ、お前が助けようとした子、誰?」
そうか紅赤は姫のこと、知らないんだっけ
「あの子は北野 白雪。僕の幼馴染だよ」
その単語がヒットしたのか少し彼らはうつむいてしまった。
「あいつは元気にしてるのか?」
「知らないわよ! 最近連絡すらしてこないんだから!」
彼らにとって幼馴染というのは何か大切な存在なのかもしれない。
そんな会話をした後彼らはしょんぼりと表情で歩いていった。かなり、申し訳ない気持ちになったけれど、僕は謝る気分にはなれなかった。
姫はおろおろしていて彼らはうつむいている。どう会話を切り出していいのか分からなかったところに
「春野にとって北野はどんな存在だ?」
「僕にとって姫は……」
「俺にとって幼馴染は大事な存在だ! だから、俺は護って見せたい! 目の前で困っている人を! それが幼馴染との約束だから!」
彼はそんな風に考えていたんだ! 僕と同い年のはずなのに!
姫と僕は姫が生まれたときから、ほとんど一緒にいたけど、彼のように考えた事は無かった。
もしかしたら、姫がかわいそうだからという理由で助けようしていたのかも……。
そんな理由で助けてしまったら僕はきっと後悔したのかもしれない。
紅赤は昔、幼馴染を助けた事があるんだろうなというのが、さっきの言葉の端々に感じられる。どうして彼はその子を助けたのかは、僕は知らない。だけど、彼はきっと後悔していないと思う。
「助けた事を後悔してるのかい?」
「いや、後悔はしてない。むしろ、誇りに思ってるよ。その事は。俺がさっきみたいな事を言えるようになるきっかけになった出来事だから」
そういうと彼は歩いていった。まるで、後ろを振り返らず、過去を振り返らないみたいに。
「兄貴~! 待ってよ!」
茜が言ってから僕達も彼を追いかける事にした。その後姿は少し大きく見えたんだ。
翌日、空が悲しんでいるかのような強い雨が降っている。
「あれ、忘れてくれないか?」
「いやだよ! 僕が忘れたくないからね」
教室でそんな会話をするぐらい一気に距離が縮まった気がした。
あんなに派手に喧嘩したのだから、当たり前といえば当たり前なのかもしれない。僕はそれが少し嬉しかったんだ。姫はあのときの紅赤の言葉を忘れてしまっているが、僕は一生忘れないと思う。
あれから僕と紅赤とそれから茜に姫。今ではそこに葵さんがいて楽しい毎日を送っている。その延長線上で紅赤が、
「高校は『地獄の業焔』としてじゃなく、普通の高校生活を送りたいな」
それがきっかけでバンドを始めようなんて僕らしくない事をいってしまったけれど、後悔はしていない。
僕が彼らを彼らが僕を助けるのに理由は要らない。必要なのは彼らと一緒にいたいかどうかなんだということを彼は教えてくれた。
僕はあのときの喧嘩と言葉に感謝している。あれが無かったら今の僕はいないし、彼らに協力をするなんてこともしなかっただろう。
あれから僕と紅赤は何かあるたびに協力しているし、そこに茜を交えて一緒に帰ることも多くなっていた。
あのころの僕のほとんどを否定した彼を嫌いにはなれなかったし、恨む事も出来なかった。それにどうしても一緒にいたかったんだ。彼なら僕を変える事が出来るかもしれないと思ってしまうほど衝撃的な出来事。
どうして茜と付き合っているのかは別の話。だけど、僕の中では一番印象に強い出来事で一番派手にやった喧嘩だったのを今でも覚えている。
僕が僕である以上永遠に忘れないはず!
それくらい僕にはすごいものだった。