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MA―SHA   作者: 水持 剣真
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sky blue the oceans あたしと灯焔

sky blue the oceans あたしと灯焔


そう、あれは確か灯焔が『地獄の業焔』を名乗るキッカケとなった話だ。

あたし――葵 海空が彼の事を気になり始めたのも、口調が今みたいになったのも、服装を男っぽくしたのも、あの頃から――




あれは灯焔たちがまだ引っ越す前。

その頃のあたしは幼稚園に行っていた。

もちろん、灯焔や茜も一緒だ。

あの頃から彼はあたしのお兄さん――葵 水也に何か一つでも勝ちたいと思って必死に足掻いていたんだっけ……。

逆に、茜は水也兄さんにメロメロで、幼稚園でもあたしの家でも水也兄さんを追いかけていた。




まぁ、そんな前置きはどうでも言いとして、あたしがこんな事を思い出している理由はただ一つで――

あたしはいつから灯焔のことが好きだったのか?

これを知りたいからだ。

そして、彼があたしの事をどう思っているのかは、あたし自身が勇気を持って聞かなければ絶対に知る事は出来ない。

たった、それだけ……それだけなのだが、あたしは彼が自分の二つ名を手に入れたときに言ってくれた言葉を思い出したいだけなのかもしれない。

さて、続きを話そうか。




そんな彼が始めたのが合気道と筋トレだった。今でも、筋トレだけは続けている。

なぜ、そんなものを始めたのかを問い詰めてみると、

「水也さんに、喧嘩でも何でもいいから勝ちたい! だから、始めた」

要するに兄さんに茜を取られたくないからなのだろう。

あたしたち三人は、赤ちゃんの頃からほとんど一緒で、あたしの父と暁おじさんが親友だったのが主な理由。

そんなあたし達の中でも、特にイレギュラーな存在(妹であるあたしが言ってはいけないのだが)それが兄さんだ。

兄さんはこの頃から、料理・洗濯・掃除・勉強・運動と何でも出来る人だった。だから、『天才』という言葉は兄さんのためにあるのでは? と考えてしまった事もある。

そんな兄さんに勝ちたいという灯焔もすごいと思った。

兄さんを含めた四人でよく行動をしていたのだけど、兄さんが卒園したのと同時に、

「海空ちゃんってさ、なんか変じゃない?」

そんな感じのことを頻繁に言われ始めた。

多分、あたしの髪が茶色で目の色も普通の人とは違い蒼いから、そんなことを言われたのだろう。

でも、その頃のあたしはそんなに変なのかなと思ってしまったこともあった。

そのたびに灯焔と茜はあたしを励ましてくれたし味方でいてくれた。

しかし、あたしを庇ってくれたばっかりに彼ら(きょう)(だい)もいじめられ始めてしまった。あたしは彼らがいじめられているのが耐えられなくなってしまい、

「ねえ! どうして灯焔と茜までいじめるの!」

強く反抗した。

無理だった。その事を先生達に言うことがとてもじゃないけど……。

あたしの事ならまだしも、彼らまでターゲットにすることがあたしには分からなかったし分かろうともしなかった。それに、髪や目の色が違うという理由だけでいじめる彼らの思考を分かりたくない!

だから――

パシン!

気付けばいつの間にかあたし達をいじめていた男の子を思いっきりビンタしていた。

それがきっかけとなったのかあたしのことを集中的に攻撃してくるようになった。

しかも彼らは先生に見つからないように巧妙にそれをやっていく。

それから何日かたったある日……。

その光景を偶然、灯焔が見てしまったのだ。

そのときの灯焔はまるで鬼のようだった。鬼が本当にいたらあんな感じなのだろうかと思うと彼のことが急に怖くなってしまった。

おびえたあたしを見て彼は、

「お前ら……今、空に何をしたんだ?」

怒気というよりもどす黒い気が彼の身に漂っていた。

「はぁ? 見て分からなかったの? 海空ちゃんを――」

「もういい。お前らもう黙れよ!」

彼らが言っている事をさえぎり彼はそう吐き捨てた。

その後の彼は先生達に見つかるまで、徹底的にあたしをいじめている子達を殴り続けた。その容姿はまるで、――父に悪い事をしたら地獄に送られて体を焔で焼かれるときかされていた――地獄の焔そのものだった。




家に帰り、家族にその事を話すと、

「良かったな、海空。灯焔君が護ってくれて」

「でも……とっても怖かった。いつもの灯焔じゃないよ。あれは……」

「それだけ、あなたのことを大事に思っているのよ。灯焔君は」

「本当に?」

「本当だよ。きっと、灯焔君も海空と同じ気持ちだったんだよ」

あの時、灯焔が彼らに向かって殴り続けた理由が分かった気がした。

灯焔もあたしと同じ気持ちだったからこそあたしが殴られるところを見たくなかった。

それに、あたしは少し嬉しかった。灯焔も茜もあたしと同じことを考えている事が……。

怖いと思ってしまったけれど、焔を連想させるあの赤い目が、あたしの中で地獄を思い起こさせるあの黒い髪が、とても美しく強い思いを感じさせた。あのときの灯焔自身があたしにはとても眩しかった。

あの時のことを考えると怖いというより、うれしいという感情のほうが勝っていた。

それに――ドキドキした。

初めて感じたこの感情の正体は……このときのあたしには分からなかったが今では分かる。

この心地よい感情に支配されたあたしはいつの間にか眠っていた。




翌日。

雲一つない晴天はまるで、神様があたしのもやもやとした感情ごと風で吹き飛ばしてくれたような清々しい天気だった。

そんないい天気の日に、灯焔は父である暁おじさんと一緒に職員室にいた。

職員室にいる理由それはあたしが痛いほど知っている。

本当のことを言えばいいのに灯焔は

「殴りたいから殴った」

の一点張りでそれ以外は言わないでいるつもりだ。

他の質問をされても黙ったままでいる彼を、暁おじさんは何とか他のことを言わせようとしているみたいだけど、そうなった灯焔は決して口を割ろうとしない。

先生達も他の子供が灯焔から殴ってきたと、親から連絡が来ているらしく対応に追われていた。

「……」

あたしは職員室の様子を黙って見る事しか出来ない。それがとても悔しかった。

殴られた子達から見れば、仕掛けてきたのは灯焔だと思っているのかもしれないが、先に仕掛けてきたのは彼らのほうだ。

そんな理不尽を親と一緒に受け止めようと覚悟を決めているのだから、すごいと思ったのと同時に、灯焔がやめるのではと思った瞬間、あたしはなんともいえない不安を感じてしまった。

このまま、灯焔がやめてしまえば誰があたしを護ってくれるのだろうか?

あたしは誰と遊べばいいのか?

そして、また彼らがあたしの事をいじめ始めるのでは?

そんな考えが頭の中をぐるぐる回ってしまい他のことを考えられなくしてしまう。

気付けば――、

「先生! 違うの! 灯焔が彼らを殴ったのはあたしがいじめられていたからなの!」

「っ! 空! お前何言ってるんだよっ!」

先生達も暁おじさんも驚いていた。

やっぱり、知らなかったんだ。この幼稚園でいじめが起きているという事に。

それからあたしはことの詳細を聞かれ、いじめていた子供の親達に連絡が回る事になり灯焔は幼稚園を辞めなくて済んだ。

その日の帰り、珍しく水也兄さんと一緒に母が迎えに来てくれた。

「ありがとうね、灯焔君。海空を助けてくれて」

「別に。ムカついたし殴りたかったから殴っただけだよ」

灯焔はそんな風に返していたけれどやっぱり、怖かったと思う。

五人を一人で相手にしていたのだから……。

「コウ、久しぶり。元気にしてたか?」

「元気だけどなに? 水也さん」

「いや、俺からも一言御礼を言おうと思ってね」

「殴った理由はさっき言ったとおりだから、別にお礼なんて言われる筋合いないよ」

「そうか。じゃあ、お前に俺からプレゼントだ」

「プレゼント! なに、なにくれるの?」

「『地獄の業焔』っていう名前だ」

「『地獄の業焔』?」

「そうだ。これを名乗っていいのは、誰かを護るときだけだぞ」

「うん! わかった!」

兄さんは昨日の事を聞いて灯焔って言う名前から連想したものを、名前にしたんだ。

『地獄の業焔』という名前はかっこいいから、絶対に受け入れてくれるって思ったからこそ、彼にこの名前をつけたんだ。

そして、この名前は灯焔にとって唯一無二になるとこのとき私は感じた。

なぜなら、灯焔が兄さんに勝ったと認めさせてくれるものだから……。

「空、俺はお前が俺の近くにいる限り、ずっと護ってやるから困ったときは俺に言ってくれよ。水也さんより頼りになんないかもしれないけどさっ!」

このときの彼の言葉が今でもあたしの中で生きている。このセリフがあたしに力をくれる。そして、あたしは――




このときから私も変わろうと――いや、変わるんだ!

そう強く思って、小学校に入学してから長かった髪を切り、スカートをはかなくなって、言葉使いも段々と男の子に近づけた。

入学したときには、もう灯焔たちは氷麗市に引っ越してしまったけど。

それでもあたしは頑張れた。何度もこの言葉に救われた。

灯焔が灯焔である理由はここにあるし、あたしがあたしでいられる理由もここにある。

だから、あたしは灯焔を他の人にはとられたくないと思っているのだろう。

この思い出はあたしと灯焔それから暁おじさんだけの秘密だし、一生忘れることはないだろう。

あたしがあたしである限り――。


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