壱 俺と仲間と音楽と
壱 俺と仲間と音楽と
「紅赤 灯焔。好きなことは家事と星を見る事、特技は家事です。よろしくお願いします」
俺の自己紹介が終わりホッとする。
SHRの二分前に起きた妹に俺の過去を言わないように頼んでおくと、
「言う訳ないでしょ! 兄貴の過去なんてしゃべったらウチの身も兄貴の身も大変になるんだからっ!」
そう言って前を向いた。
妹の茜がそういうのだから大丈夫なのだろう。
紅赤 茜。俺の双子の妹で中学のときのあだ名が『夕焼け姫』
この妹は運動が大・大・大好きなやつで彼氏がいる。
さらに、(俺もだけど)赤い眼をしていて(兄である俺が言うのも変なのだが)体型がグラマーで、黒くて長い髪をいつもポニーテールに纏めていて社交的な性格なんだけど、ある特定の人数で特定の人達の前では彼氏一筋になる、とても珍しい女の子だ。
『理事長』の親友でよき相談相手だ。
俺がSHRとHRの前の休憩時間に妹の親友に聞きに行ったら、
「あたしが『理事長』である事を言うのか? 何を言っているんだお前は! あたしもお前も平々凡々な高校生活を望んでいるはずだ! だから、あたしはあたしが『理事長』である事を言わない。お前も自分が『地獄の業焔』だと言う事を言わなくていい!」
そう断言したのはこの学校の『理事長』――葵 海空、十五歳。
男口調で顔だけ見れば間違いなく男という紛らわしい女子だ。
髪は栗色のショートカットで碧い瞳をしていて、グラマーとも言えないしスレンダーとも言えない中間地点の体型をしている。それに加え、世界でもトップクラスのお嬢様で、才色兼備で冷静沈着な性格をしている非の打ち所が無い俺の幼馴染だ。
そんな彼女が『理事長』なのには理由がある。
彼女の父親がアニメで有名な会社「JAブルー」の社長で、俺たちが通っている氷星学園高校の創設者にして理事長だったのだが、五年前、不慮の事故で亡くなっている。しかも、その事故にあったのは、彼女の父親だけではなく母と俺の憧れで嫉妬の対象とし目標にしていた兄も巻き込まれていた。
その事故が起きたとき、空(俺はそう呼んでいる)は俺たちの家に来ていたから事故にあわずに済んだのだ。
急いで病院にいって俺たちが聞いた事は――、
『海空、お前に俺の財産と地位をすべてやる。だから、お前は俺が創設した学校の理事長にして会社の社長だ。しかし、お前はまだ中学生。よって、俺の親友――紅赤 暁に社長代理を頼んでおく。そして、お前を紅赤家に預ける』
当時の理事長、葵 流の遺言だった……。
その遺言を聞いたとき、茜は隣のベットにいる空の兄――葵 水也に抱き締められながら泣いていた。
その嗚咽はまるで妹が崩れると思ったくらい酷くそして悲しい声。
そして、水也さんの、
『ごめんな、茜。俺はお前と一緒にいたかった』
叶う事のない願い。
『いいの。水兄が幸せなら』
『じゃあ、俺からの最後の言葉聞いてくれる?』
『うん』
『幸せになって生きるんだ、茜。そうすることで俺が生きている証になるから』
『わかったよ。水兄』
その言葉は俺たちにも言われているみたいで心の奥底に染み渡る感じがした。
そんなつらい過去を背負う事になってしまった彼女は、その遺言どおりの地位がある。その上、葵家は世界でもトップクラスの金持ちだ。権力も地位も金もすべてを持っている彼女が自分のことを言わないと言っているのだから、俺も言わなくていいんだという気にさせられる。
アカ(俺だけがそう呼んでいる)もアカで今では彼氏がいるし、幸せそうに暮らしている。水也さんが亡くなってしまったのは、俺たちにとてもでかい穴を開けてしまったが、それを修復するくらい楽しい出来事もたくさんあった。
だから、俺たちはきっと大丈夫だ!!
そんな過去のことを思い出しているうちに、
「春野 嵐です! 趣味はアニメ鑑賞と読書にパソコン。嫌いなのはオタク趣味に偏見を持つ人です。(ギロッ)一年間よろしくお願いしま~す!(ニコッ☆)」
俺の親友のところまで進んでいた。
この親友は小学校入学時から、オタクと言う変なステータス持ちで、ほとんどのオタクイベントを顔パスで入れてしまう。
こいつのあだ名と言うかなんと言うか微妙だが、中学のときから『オタク』と呼ばれ続けている。
容姿は緑髪緑眼で俺は結構イケてると思っているが、他人はどう思っているのかが一番気になるやつだ。そして、格好は制服に身を包んでいて眼鏡をかけ、首にヘッドフォンを掛けている。オタクであるがゆえに、一つの事(主にアキバ系)に拘ってしまうけれど、周りを見ることができ、気を使うことができる、いいやつ。
これで、あのお色気たっぷりな『夕焼け姫』の彼女だと言うのだから、これから作られるであろうファンクラブのメンバーが知ったらショックだろうな、と今から同情してしまう。
しかし、嵐と茜はなかなかお似合いのカップルで、ちゃんと公私を分けている。
中学のときの話になってしまうが、校内ではまず、昼休み以外は恋人らしい雰囲気なんて微塵も感じさせず、茜は委員長と生徒会長をやり、嵐はそんな茜を支えるために、副委員長と副会長をやっていた。放課後になって生徒会が終わり校門を出ると、カップル特有の桃色の空気を身に纏わせる。
そんなすごいやつが彼氏なのだから茜が幸せな理由が少しは分かる気がする。
「わ、渡辺 香です。趣味は……」
最後のやつまで自己紹介が終わり休憩時間を迎える。
最初はあんなに焦っていたけど、終わってみるとあんなに必死こいて過去のことを隠そうとしていた、自分がバカみたいに思えてきてしまって少し恥ずかしくなってしまった。
さっきも学校の名前を出したと思うがこの氷星学園高校は、葵 流が創設し、二代目理事長である葵 海空が経営している私立だ。
この高校は私立なのに学費が普通の公立校と同じで、駅から近いし、設備もいいという三拍子そろったところだ。
男子の制服は入学式のときにいったような服だけど、女子のほうは水色のワンピースで上からセーラー服みたいなのを着ていて男子と同じネクタイをしている。
この学校は全部で四棟あり東棟、西棟、北棟、南棟と別れている。
まず、東棟には一年から三年の教室があり、それぞれ七クラス存在する。一番上の三階が俺たち一年の教室。二階が二年の教室で、一階が三年の教室と昇降口になっていて自販機もそこにある。
次に、西棟には何があるのかというと、美術室やコンピュータ室などの移動授業で使われる教室がある棟。この棟には人があまりいないから、昼休みの時はカップルがいるかもしれないという噂だ。俺が入学式の時に来た屋上もこの棟。
南棟は職員室や校長室、理事長室などの職員が使う部屋が中心の棟。テスト期間は当然立ち入り禁止になってしまうが、それ以外は出入り自由で南棟にしか売っていないジュースがあるといわれているらしい。
最後に北棟。この棟には講堂や食堂、購買に各部の部室が中心で、部や同好会を新設する時には、この棟に空き部屋があるかないかで決まると言われている。部屋数は全部で四十~五十はあるのではと『理事長』は言っているが、実際のところ分からない。まあ、気に入った部活がある場合はこの棟にある部室を探せばいい。
とこんな感じで説明を受けながら校内見学をする事になってしまった二時限目。いつものメンバーで回っていると、
「やっぱり、この学校にして良かったです!」
元気な声で言っているこの子は北野 白雪。名前を使ってたまに『白雪姫』と呼ばれる事もある。
容姿も体型も小学生みたいな感じなんだけど、腰まで伸びる髪が白く、肌も普通の人に比べて(白人と比べても)白い。ピアノの鍵盤模様に、ト音記号が付いているカチューシャと黒い瞳が特徴的な女の子。この子を一言で表すなら、「純情可憐」っていう言葉が似合っていると思う。
彼女は「白皮症」と言われる生まれつき病気の持ち主だ。
白い鳩やホワイトタイガーを思い浮かべれば分かりやすいと思う。
この「白皮症」は髪や肌が白くなるだけではなく、普通の人より皮膚ガンになりやすいと言われているらしい。
そんな彼女がここを選んだ理由は、家から近いからで、日焼け止めを塗るのに時間がどうしても掛かってしまう。だから、俺たちの協力が無ければ学校にも通えない。
「どうしたんですか? 紅赤君」
「いや、なんでもない」
彼女が音楽室を見に行っていた理由が分からない。
前もって春野がメールで音楽室を見に行くように言っていたのか?
それとも、一度見た楽譜を完璧に暗譜する事の出来る彼女自身が、この学校の音楽室に興味があったのか?
「灯焔。お前、どうして北野さんが朝、音楽室に行ったのか分からないのだろう?」
「何で空がそんな事知っているんだよ!?」
「お前の顔に書いてある」
「書かれてねえ!」
マジで驚いた。
空のやつどうして、俺が疑問に思っていたことを読み取る事が出来るんだ?
まさか……超能力者とかじゃないよな?
「あたしは超能力者じゃないぞ」
「じゃあ、何なんだよ?」
「ただの人間だ」
「そうかよ!」
やっぱり、超能力者じゃん!
俺の考えている事をリアルタイムで分かるってどういうこと?
空、怖え~~。
「何ですか? 紅赤君、私が音楽室に行った理由が気になりますか?」
「ああ、そうだけど?」
「そうですか。言ってくれましたら教えてあげますよ」
「じゃあ、教えてくれ!」
北野が音楽室に行った理由は、音楽室にはどんな楽器があるのか、面積はどれくらい広いのか等を、調べに行っていたとのことだ。
その結果、音楽室にはかなりの楽器(ピアノはもちろん、エレキギターや琴といった楽器が在ったらしい)があり面積もかなり広く使いやすそうだと言っていた。
俺が一番気になっていたところははぐらかされてしまったが……。
そんな他愛もない会話(春野とアカは周りに人がいなかったためほとんどイチャイチャしていた)をしているうちに二時限目が終了した。
次の時間は教室で役員を決めるらしい。
まあ、ほとんど決まったようなもんだろ。
「紅赤(妹)後、頼んだぞ」
「分かりました」
やっぱり、委員長は茜がやる事になった。
昔からまとめる事が好きな妹はこの仕事にやりがいを感じているらしい。
こいつが委員長をやるということは必然的に、
「副委員長やりたい人いますか?」
「はい、僕がやります!」
「春野君でいい人は拍手をしてください」
――春野になってしまう。
賛成多数なのはかまわないが後悔する人が確実に出るな。
さてと、俺もクラス委員何にするかな~。
図書・体育・防災・風紀・保健この五つの中なら俺は――、
「黒板に委員会を書いておくので各自書きに来てください」
風紀委員に名前を書き込むために即行でチョークを取る。
この学校の風紀委員は生徒会、クラス(副)委員長の次に権力があることで知られている。
つまり、ここで名前を書き込んでおけば俺の平穏な高校生活が約束されたのと同義!
黒板に俺の名前を書き記すとすぐに自分の席に戻る。その途中で、
「やっぱり、お前は風紀委員だったか。あたしもだが」
「紅赤君が風紀委員ですか。なんかすごくお似合いです!」
「まあな。北野は何にすんだよ?」
「私は保健委員です」
「がんばれよ」
「はい!」
「あたしには何もないのか?」
「一年間よろしく」
「ああ、こちらこそ」
空と北野との雑談中に
「そこ! 早く席に戻ってください!」
注意されてしまう。
あいつ、自分の親友も兄も関係ないのか?
俺らだけ贔屓する訳にもいかないけど……委員長として。
クラス委員もほぼ決まり、担任の川島先生がぐっすり寝ている教室に響くのは、クラスメイトの雑談、雑談、雑談なわけで当然のように俺も北野と空の三人でしていると
「静かにしなさい! あと防災委員と体育委員が出れば休憩に入れるのだからさっさと立候補しなさいよ!」
立候補すれば間違いなく決まるであろう、この二つの委員会は面倒臭そうだという理由でスルーされている。俺から言わせれば、風紀委員の方が面倒だと思うのだが、権力があるからな風紀委員。
そんな感じで十分過ぎるとなかなか決まらない事にアカがキレてしまい、
「ああ、もう! そんなに立候補したくないのならウチの独断で勝手に決めます! 皆さん、意見・反論等何かありますか!?」
「……」
この瞬間、決まっていないクラスメイトの死が確定したようなものだ。
俺の妹は出来るだけ物事を早く終わらせようとする。
早く終わればそれだけ(主に春野との)会話や自由時間が増えるからだ。ああ見えてちゃんと皆のことを考えているのだからすごいと思う。
それでも、自分で決めようとするのは止めてほしいと思う。
キーンコーンカンコン
そこでチャイムが鳴り委員決めを終了させる。
アカはちょっと不満げな顔をしていたが春野がそれをなだめる。
そうこうしているうちにやってくる四時限目は何をするんだ?
席替えを終えたのと同時に、四時限目が終わりを告げた後の休憩時間――昼休みに自分が作った弁当(空とアカのと中身は同じ)を北野、春野、空、アカ、俺の五人で食べている最中に春野が、
「ねえ、僕達でバンドやらない?」
こいつ、ついに頭がおかしくなったか?
俺たちでバンドなんていつ以来だと思っているんだ。
「バンドか……その意見いいな」
「そうですね。バンドなんて中学のとき以来ですから」
「ウチもやりたい!」
賛成票、三。俺に勝ち目なし。よって、俺は――、
「分かった。やろうぜ、俺たちでバンドを!」
その意見に賛成するしかない。反対なんかすると、俺が悪口という言葉の暴力を浴びる事になる。主に、空と北野から……。
「やるのは良いとして、どうするんだ、春野君?」
「そこは僕に任してほしいな、葵さん。部活申請をすればいけるはずだ」
「空き部屋なんてあったか?」
「そういえば、北棟の三階にちらほらとありました」
確実に「バンド部」なるものを作ろうとしているが、問題点が多いような気がする。
そのうちの一つを切り出してみる。
「なあ、部活を作るまでは良いとして楽器や曲はどうするんだよ?」
「紅赤、お前そんな事を気にしていたのか? 楽器は今週の土曜か日曜に買えばいいし、曲は自分達で作る」
「それは、ますます面白そうだな」
「私が作曲する事になるんですか?」
「そういうことになるんじゃないかしら」
この回答を聞いた瞬間、俺は自分が地獄に叩き落されたような感覚があった。
それは、俺が別の意味で有名になる事を意味しているのではないだろうか?
そんな俺の心配を無視して空が尋ねる。
「バンド名は決まっているのか?」
「もちろん! バンド名は――」
俺たち四人が生唾を飲みその妙な沈黙を耐えること十秒。
「MA―SHAだ!」
それを聞いて思ったことは……。
パクリかよ!
学校が終わり、辺り一面がオレンジ色に染まりつつある、春の夕暮れに俺たち五人は紅赤家に向かっていた。
その理由は遡る事、十分くらい前のこと――、
帰りのHRが終わり帰りの支度をしているときに目の前の席から急に、
「茜。今日、茜の家にお邪魔して良いかな?」
「別に良いよ。どうせ、親はいないから。それより嵐❤――」
家に来るのか? 春野が……ってことはまさか、北野も行くとか言わないよな?
そんな事を考えていると、(目の前の桃色会話は無視)
「別に良いじゃないか、灯焔。何人来たところで変わらないのだから」
「そういう意味じゃない。春野が来るという事は、北野も来ることを意味しているのと一緒だ!」
そう告げると少し空の表情が暗くなったような気がしたが、今はそんな事を気にしている場合じゃない!!
「で、春野君と北野さんが来るからといって、何か起こるわけじゃないだろう?」
「この二人が来ると大体が泊まりになる可能性があるんだ。だから、夕食を作るのが大変になるし、アカはまったく持って使い物にならなくなる。マジでどうしよう……」
「なら、あたしが協力すればいいだけではないのか?」
「いいのか? そうしてくれるのなら助かる」
「二人して何を話しているんですか?」
「「いや、なんでもないよ。北野」」
ビックリした~。急に北野が話しかけてくるなんて……。
こいつは嫉妬か? いやいや、それはないだろう。喧嘩しか取り柄のない人間のどこを好きになるんだよ! まったく…………。
空も空で、どうして俺なんかにかまってくれるんだ?
俺が好きなのか? 空も北野も……。
いくらなんでも、それは自惚れ過ぎだろ。でも、もしそうなら……。
俺は思考の無限ループにはまっていく。
「……き。あに……き。」
誰だよ! 俺の思考を邪魔するやつは殴り飛ばすぞ!
「兄貴! 嵐が家に来るけど良いよね?」
「え! ああ、別にかまわないけど……」
しまった! つい、承諾してしまった。俺は何を考えているんだぁぁぁ!
俺の肩にそっと置かれる手。その手は――、
「諦めろ、灯焔。頑張って五人分の夕食をつくろうじゃないか」
「そうだな……空」
燃え尽きた――俺はもうだめだ。この流れからすると、
「え! 嵐君が紅赤君の家に来るんですか? なら、私もいきますっ!」
……やっぱり。
俺は絶望しながら教室を出て行くことにした。
そういう訳で今、五人で俺の家に向かっている最中なのだが、妙に居心地が悪い。
「海空ちゃんはいつも一緒にいるんですから、これくらい良いじゃないですか!」
「何を言う! そちらこそ灯焔の腕から手を離したらどうだ!」
俺の腕は今、右を空が、左を北野が組んでいる状態だ。
何を巡って喧嘩しているのかは分かるのだが、せめて俺を間に挟まないでやってほしい。
この居心地の悪さに耐えられなくなった俺は、
「なあ、お前達は夕食なに食べたいんだ?」
「私はハンバーグが良いです!」
「皆で食べるのだから僕は手巻き寿司が良いな」
「ウチはチーズフォンデュが良い!」
「あたしは……カレーがいい」
なるほど……春野の意見は面倒だから却下するとして、カレーにハンバーグはなかなかだな。チーズフォンデュはギリギリで却下しよう。
「灯焔。メニューは決まったか?」
「ちょっと待ってくれ、空」
冷蔵庫には何がある?
人参はあるしタマネギもある。それに、ひき肉や牛肉の切り落としもあったはずだ。
こういうときに家に誰もいないっていう状況はマジでつらい。
「よし! これでいこう」
俺の中で夕食のイメージが固まる。
これならバカップルの意見はともかく、俺の腕をつかんでいる二人は納得するはずだ!
そう思いアカに家の鍵を渡し俺は夕食の材料を買いに行く。
氷星学園高校があるここ氷麗市は、三方が山、一方が海に囲まれているところで季節によってさまざまな景色を見せてくれるところだ。
海のことを玄武海、東にある山を青龍山、西の山を白虎山、南に位置する山を朱雀山と呼んでいる。
春――この市が見せてくれるのは桜梅道だ。
これはごく短い間しか見て通る事が出来ないけれど、商店街と駅から学校までの通学路にある梅と桜がうまく混ざり合っていて、とても綺麗な景色でこれだけでも春の幻といって良いほど美しい。
そんな桜梅道は、何年かに一回(気象条件とかがあるから正確な表記が出来ない)満月の光に照らされる。その景色――春花幻は、俺たちをファンタジックな世界に誘っているかのような景色だ。
桜梅道に包まれた商店街でカレーのルーや卵などを買って帰る途中で、
「やあ、灯焔。奇遇だな」
「ああ、どうしたんだよ?」
「ちょっと、買いたいものがあってな」
「ふ~ん。俺、帰るわ」
「待て! 少しはあたしの買い物に付き合ってくれたって良いじゃないか! それとも、早く帰らないといけない用事でもあるのか?」
面倒だな、本当に。
別に、早く帰らないといけない用事なんかとくに無いけれど……。
「わかったよ! 付き合えばいいんだろ? 付き合ってやるから早く済ませろよ」
「すぐに済むさ」
この会話の後、彼女は文房具を買い、あたしと一緒に家に帰ろうといってきた。
本当に面倒だな。北野も空も。
夕食――チーズハンバーグに、カレールーをかけたもの、サラダとコンソメスープと白米――を食べ終えた後、
「嵐君。バンドを結成するのは良いんですが、担当はどうするんですか?」
「それならもう決まっているよ、姫」
机に担当を書いた紙を置く春野。そこに書かれていたのは、
ボーカル――空
ベース――俺
ギター――春野
ドラム――アカ
キーボード――北野
「どうして? なんで? なぜ俺がベースなんだよ!」
「何を言っているんだ、紅赤。お前それでも『地獄の業焔』か?」
ちっ! そういうことかよ! 喧嘩最強の『地獄の業焔』は力強いベースの方が栄えるってか?
他のメンバーも驚いているようだ。特に空は、
「あたしがボーカルで良いのか? 何かの間違いじゃないのか?」
春野に質問をしまくっている。
せめて、俺たちと話し合ってから決めてほしかったよ。
本当に俺っていう人は何なんだろう?
「次の土曜に楽器を買いに行こう! 練習は来週の月曜からだから!」
勝手に決めるなっ!
土曜日。
嵐が過ぎ去った後のように雲一つ無い晴天で、見上げた青空はとても美しく感じる。
そんな天気の中、今日は春野たちと(いつもの五人で)楽器を買うために、俺の家の前で待っているんだけど……春野たちはなかなか来ない。
「嵐……遅いなぁ……」
とため息をはく妹。
そんな彼女の服装は、黒にハートマークがプリントされた七分袖のTシャツ、その上にジャケットを着ていて、チェック柄のミニスカートに白いハイソックス、それとブーティーを履いている。
春野、お前は時間通りに行動する事を覚えろ!
昔から変わらない、時間にルーズな性格の春野は、今まで時間通りに来た事が無い。(例えそれがアカとのデートであっても)
そんなやつが待ち合わせに時間と場所を行ったのだから、無責任にもほどがある。
「本当に、春野君は何をやっているんだ!」
空もだんだん不機嫌になっていく……。
ここは一つ春野のためにメールを一通。
《お前、今何しているんだ。まさか、起きたばっかりだとか言わないよな? まぁ、いい。
そんな事より、早く来いよ。でないとお前、俺の同居人から文句を言われまくるぞ。》
とよし、送信完了。
ちょうど、そこで――、
「すみません。仕度に思ったよりも時間が掛かってしまいました」
儚いお姫様が到着した。
彼女はどこからどう見てもお嬢様という服装をしている。容姿のせいか、いつもより幼く見えてしまう。
「ふぇ? 何か私についてますか?」
「い、いや、何もついていないけど……」
見蕩れていたなんて口が裂けても言いたくねぇ!
なぜなら、言った瞬間に空から攻撃を受けること間違いないからだ。
そのまま放っておくと、三人で雑談をし始めた。話題は多分、春野の人間性が中心だな。
さて、今日の夕食何にするか。
昨日は、ハンバーグだったから…………。
そんなことを考えていると携帯が鳴り出した。春野からの返信だと思って間違いはないと思う。
《悪い! 急用が入った。遅れるかもしれないから、四人で先に行っていてくれ! 買うものはこの間言ったから大丈夫だよね》
そういうことは早めに連絡よこせよっ!
「春野のやつ来るのが遅れるみたいだから先に行くぞ!」
三人は雑談をしながら歩き始めた。
春野、お前……哀しいな。
春野が合流し買い物(黒いエレキベースと白いエレキギターにドラム、キーボード)を済まし昼食――ハンバーガーとポテトにジュース――をとっている最中に、
「曲、どうします?」
「ごめん! すっかり忘れていたよ。作曲は姫にやってもらうけど、作詞に関しては僕達でやってもらうよ」
「じゃあ、順番で作詞をするのか?」
「違うよ、出来るだけ四人で作るんだ」
「出来るだけってことは俺が一人で作詞する事も……」
「あるよ」
面倒だ。四人でやるならまだしも一人で書くなんて……
どんな詞を書こうか今から考えておかないと、
「ああ、そうだ! しばらく紅赤家にお世話になるから」
「はぁ! なんでだよ?」
「紅赤家のほうが集まりやすいからね。帰り道の途中だし」
部活が出来るまで俺の家を(仮)部室にしようっていうのかこいつは!
アカは喜ぶかもしれないけど、俺に何一つメリットがない。あるのはデメリットだけだ。
絶対にこいつ夕食たかる気だな。
考える事が腹黒いうえにせこい……。
お前、いつからこんな風になったんだよ……。
「お昼も食べ終わったし早く行かない? ウチ、他のとこ見て行きたいし」
「ああ、そうだな」
「ここからは自由行動にするか。なぁ、春野」
「そうだね、紅赤」
ここから自由行動になった俺たちは二組に分かれて行動する事になった。
大方あいつらはデートだろ。
俺は買ったエレキベース(ドラムとキーボードは学校に送ってもらう)を家に置くべく家に帰ることにする。(なぜか知らないけど空と北野もついて来た。)
大体こんな感じで一日が終わり(練習した後、春野と北野は夕食を食べて行った)寝る前にどんな詞にしようか考えていると、
「兄貴、いる?」
「ああ、どうしたんだよ?」
扉越しにアカの声。まるで、五年前みたいに落ち込んでいる感じだった。
「詞、どんなの書こうかなって思って」
「そんなことか」
「そんな事ってウチにとってはかなり大事な事なの!」
「分かってる。だけど、俺もどうしていいのか分からないんだ。だから、お前の質問には一切答えられないし、お前の力になってやる事も出来ない。だけど――」
俺は一回そこで言葉を切り、言いたいことを整理すると、
「だけど――俺は『地獄の業焔』を名乗っている限り、お前達を裏切らないように努力はするし、力になる努力もする。だから、空より俺を頼ってくれてありがとう」
「別に~。ただ、海空が相談に乗ってくれないから、兄貴を頼っただけよ」
どういたしましても言わずに去っていくアカ。
確かにありがとうといわれる場面ではないから言わなくても良いけど。
俺も真剣に考えないと。
あんな事を言ってしまったからな~。
詞を考え、自分の気持ちをどう表現すればうまく伝えられるのかを考えているうちに時間がたち、だんだんと眠気が襲ってくる。
俺はそんな生理的要求に勝てなくなり夢の世界へ旅たつ。
まるで、誰かに誘われているみたいに。