white snow on north 2 私が聞いた先に
white snow on north 2 私が聞いた先に
桜梅道の季節が終わった商店街をひとり歩いている私――北野 白雪は彼の返事を何回も頭の中でリピートしています。
私の初恋は叶いませんでしたが、二回目は叶ってほしいです。
だって、私の初恋の相手にはもう彼女がいますし彼が中学の頃、私たちが卒業式のサプライズライブが終わったときに告白をしようとしましたから。
遡れば、七ヶ月も前のことです。
私達は卒業式にサプライズライブをやろうということで、卒業証書をもらい卒業式が終わった後、すぐにステージの脇に準備してあった楽器の所に行ってライブを開始しました。
このライブのために費やした練習時間が約半年で、皆楽器の演奏の仕方から練習し始めました。
紅赤君と嵐君についてはチューニングの仕方を、茜ちゃんについてはドラムの演奏の仕方を、音楽の先生や私に教わりながら始めた練習はとてもではないけれど、半年後にライブなんて出来るはずもありませんって断言できるくらい酷いものだったのを覚えています。
言い出したのはやっぱり、嵐君で自分達の卒業式を特別なものにしたいというのが理由だったみたいです。それに賛同したことを激しく後悔しました。
紅赤君は私達が賛成したからやむを得ず賛同した感じでしたが、乗る気がないのに賛成した彼はきっと私達よりも酷い後悔をしたに違いありません。
バンドの「バ」の字も出ない練習を二ヶ月間やったある日のことです。
中学校の校歌を自分達でアレンジして披露することが決まり、一歩前進し練習もやっと演奏できるくらいになった頃、紅赤君が、
「嵐、お前の彼女がご機嫌斜めだから、機嫌直しに行ってこいよ」
聞いてから、茜ちゃんを連れて屋上に向かった(と思います)彼が完全に見えなくなってから彼は私に向かって、
「すまないな、こんな素人の練習に付き合ってもらって」
「別にいいですよ。私だって楽しいですから」
急に謝ってきたので少し驚いてから返答しましたけど、この日は海空ちゃんがたまたま、「来年、私達が行く『氷星学園高校』に行かないといけないから、練習には参加できなくてすまない」なんてことを言っていたので、今の状況は二人きりですぐ近くに私の好きな人がいることを考えるだけで私の頭はパンクしそうでした。
「どうしたんだよ? 顔、真っ赤だぞ」
「いや、なんでもないです」
顔が真っ赤になっている理由なんて分かりきっています。
それでも、何とか話をしようと話題を探している途中に、
「ただいま~。そろそろ練習を再開しようよ」
茜ちゃんをつれて屋上から戻ってきた嵐君は空気を読めない人でしたが、このときだけはこんな幼馴染に久しぶりに感謝したような気がしました。
あれからさらに二ヵ月後。
バンドの練習も残りちょうど二ヶ月になったこの日は二ヶ月前よりも格段に上手くなりましたし、私達で演奏する校歌の練習を始めました。
「姫! ここどうやって弾くの?」
「ここはですね。こういう風に――」
上手くなった分、練習が細部まで教えなければいかなくなりましたが、演奏する楽しさが倍増しました。
さらに、海空ちゃんの歌声は、綺麗で透き通るような感じをしていて、儚いもので私なんかが聴いてもいいのかというくらい、私を驚かせました。それは、周りにいる皆も同じことを思っているようで、練習を止めてその歌声に聞き惚れていました。
ただの校歌のはずなのに、彼女が歌うとミュージカルでも見ているかのような空気をかもし出していました。
「どうしてそんな声が出るんですか?」
「あたしはそんな綺麗な声をしていたか? もし、そうなら最初に謝っておこう」
「え!? 何でですか?」
「あたしは特別なトレーニングなんて何一つしていないからだ」
私はそれからその事には触れないでおこうと思いました。
訊いてしまったら彼女に失礼な気がしたからです。
私は皆にもう一回最初からやってみましょうと提案し、凍ってしまった空気を元に戻しました。皆もそれが正論だと感じたのかすぐに再開しました。
音楽室に響くのは私たち五人の音。
周りの景色は鮮やかな夕焼けが周りを覆っていました。
練習が終わり、紅赤君が家で夕飯を作ってくれる事になりましたが、何を作ってもらおうか迷っていました。
なかなか案が出ないから紅赤君が、
「案が無いなら俺が決めても良いよな?」
無論、誰も意見する人なんかいなかったので、それで決定してしまいました。
それから三時間後、彼が作った夕食は餃子に白米とフカヒレスープでした。どの料理も絶品でとても口では表現できないおいしさだったのを覚えています。
よく考えればあれは私が初めて食べた紅赤君の料理でした。
その日はもう帰る頃には周りが暗くなっていて、夜十時を過ぎていたので、そのまま彼の家に泊まる事に。
その夜。
「ねぇ、ユッキーは兄貴のどこを好きになったの?」
「それは――いえません!」
「言えない理由か。あたしもあいつが好きだけど好きになった理由は言いたくないな」
「海空は分かってるから言わなくてもいいの! じゃあ、質問を変えて兄貴のどこがいいと思うわけ?」
「優しいところですかね? 私にはよく分かりません」
「それじゃあだめだよ! 海空は?」
「自分よりも他人を優先するバカなとこだ」
お泊り会の定番――夜にする恋の話をしていました。茜ちゃんは私や海空ちゃんのことばかり聞いてきます。それが悔しくて反撃に移ろうとしたときに、
「さっきから茜の独壇場なのが気に喰わないから質問し返そう。茜は春野君のどこを好きになったんだ?」
「そんなこと、言えるわけないでしょっ! 別にノロケ話を聞く気があるなら別だけどね」
「言いたくない事を私達も訊かれましたし、それに答えたくないのは一緒なんですからもう二度と野暮な事を訊かないでくださいね」
出来るだけ平静を保って言ったつもりでしたが、茜ちゃんの顔が引きつっていました。いったい彼女は何を見たのでしょうか?
私達の夜はこんな感じで更けていきました。
とうとうやってきた卒業式の日。
クラスの皆は別れを悲しみながら卒業式開始までの時間を過ごしていました。
卒業式が始まり、皆がばらばらになる時間も私達のライブの開始時間も近づいてきて、段々と緊張していきます。
卒業証書を受け取ると私たち五人の緊張が一気に高まりました。
サプライズライブを始める前に泣いてしまいそうでしたが、それを必死にこらえその涙をライブが終わりクラスの皆に会うまで取っておこうと思っていました。
私達が披露する曲は今日、卒業式で歌われる曲――氷麗中学校の校歌と「旅立ちの日に」の二曲――をこの日のために六ヶ月間練習してきたのですから、失敗と後悔だけはしたくないです。
「これで第三十二回卒業式を終わりにします」
この一言を合図に私たち五人は急いでステージの脇に隠してある楽器をセッティングとチューニングをして準備が完了したのを確認してから、
「あたしたち五人の音を聴けぇぇぇぇぇぇええ!」
海空ちゃんの体育館全体に響くくらい大きな一言で、私たち五人の卒業記念サプライズライブが始まりました。
私たち五人と校長それから音楽の先生しか知らなかったこのライブ。卒業生はもちろん他の先生と在校生も驚いていました。
まぁ……いきなりあんな事を言われてしまったら、驚くに決まっていますけど。
一曲目に披露した校歌は私が編曲したものですけど、観客の人達は歓声を上げて聴いていてくれました。
二曲目の「旅立ちの日に」は思っていたよりも盛り上がってしまい「アンコール!」と会場中に(といっても体育館ですけど)響き渡るほどの盛り上がりでした。
このなんともいえない高揚感の中終わってしまったライブの余韻が残っていたのか私は、
「紅赤君! ちょっと良いですか!?」
他の三人が行ってしまい、さらに在校生も先生方もいない体育館の中紅赤君を呼び止めていました。
「別に良いけど。どうした?」
「いや、なんでもありません」
私がこのなんともいえない高揚感に包まれた状況の中で、私自身の気持ちを一気に爆発させようとしました。
しかし、それをしてしまうと今までの関係が壊れてなくなる気がしてしまい諦めました。
この大事な繋がりが切れてしまうことがこの頃の私にとって、自分の死よりも遥かに怖く感じてしまうものでした。
「なんでもないなら、早く行くぞ」
「待ってください! 私も行きます!」
一瞬で空気が変わってしまったこの状況に私の頭がついていくことができませんでした。それどころか、しばらく固まっていた気がします。
急いで彼の後を追いかけた私は残念な思いを胸に秘めつつ、いつか絶対リベンジをしますからと彼に向かって内心そう宣言します。
あれから二ヶ月くらいたって私はそのリベンジをしました。
それは成功したのかどうかは彼の返事を聞かないとわかりませんが、成功する事を祈るばかりです。
だって、彼は一度言ったことは必ず守ってくれますから!
ですから、私と海空ちゃんのどちらかを選んでくれるはずです。
私は桜と梅が散ってしまった満天の星空を家のベランダから見上げながら、そんな事を思っています。