Sky blue the oceans 2 この思いの先にあるもの
Sky blue the oceans 2 この思いの先にあるもの
返事を聞いたあたし――葵 海空がまず、最初に思ったことは、
返事ではないじゃないか。
灯焔らしいといえば灯焔らしいものだった。あんな返事でよく納得したものだ。
分からないなら最初から振れば良いのに、保留にする彼はとんでもないお人好しなのだから、振るという選択肢が頭から離れていたのかもしれない。
十二年間の思いの答えはさらに先延ばしになりそうな返事だった。しかし、あたしはそれでも良いかな? と思った。
だって、自分の好きな人が振らないでいてくれるという結果は大きいし、あたし自身彼が答えを見付けてからはっきりとした返事を出してほしかったから……。
世間一般で言う彼は「ヘタレ」なのかもしれないけど、あたしと北野さんから見れば「ヘタレ」ではなく何にも知らない「バカ」なんだ。それでいて、他人のことを優先してしまう。兄さんにそっくりな人。それが――紅赤 灯焔。あたしが好きになった人。
「今夜はいい夢が見れそうだ!」
あたしは今、誰もいない学校の東棟の屋上で星を眺めている。どうしてここに入れるのかは知っていると思うから省かせてもらうが、ここはあたしが一番好きな場所で小学校一年生の頃から見続けているものでもある。
ここの夜空はいつ見ても美しい。氷麗市条例、様様だな。本当に。
父が死ぬ前に故郷――氷麗市のこと――に戻りたいと言っていた理由がここに住んできて分かり始めた。ここには他の都市には無い魅力がたくさんある。
桜梅道か。どこにでもありそうな風景だけど、こんなに綺麗な「春」を感じさせてくれる景色はこの市でしか見られない。それに今年は見ることができたからな、桜梅道が満月に照らされた情景――春花幻を……。
この春花幻は数年に一度だけ見ることが出来る。これは次いつ見られるのかは予測できないから、見られるときに見て写真をとっておかないと損をする。
それにしても、星がはっきり見える都市はここ以外に存在しないはずだ。だから、父はここに戻りたいといったのだろう。こんな綺麗な夜の宝石を見てしまったら忘れる事なんて出来ない。
大分話がそれてしまった気がするがあたしの気のせいか?
そんな事は置いといて。
こんなところであたしが何をしているのかというと特に無いのだけれども、久しぶりにここからの夜空を見ていたかったから。
五年前家族を失ったあたしの支えは灯焔との約束と四人の友達(友達というのかどうか分からないやつがいるけど)だけだ。
あたしの想い出も紅赤兄妹と兄さんの想い出がほとんどだったから、兄さんを失ったときは本当にどうすればいいのか分からなかったけど。
今のあたしがここにいられるのは灯焔のおかげ。彼が一番兄さんの影響を受けていたから、兄さんの気持ちがはっきりと分かるのかもしれない。
そんな彼の返事を早く聞きたいと思っていると、
「『理事長』がこんな時間に何をしているのですか? 家に帰らないとやばいと思いますよ」
「いらないお世話だ、猿飛先生。それと今のあたしは『理事長』ではない。『理事長』という立場を利用して学校に不法侵入した、ただの生徒。だから、敬語にする必要はない」
「そうですか、分かりました。じゃあ早速、どうしてここにいるんだ? 葵」
この先生、本当に怖いと思うのはあたしだけなのだろうか?
そんな事をあたしが思っているとは知らずに、空を見上げた二十五歳の教師はタバコをふかしながら、
「訊きたい事があるから訊いてもいいか?」
「かまわない。質問は?」
タバコを一服してから空にある宝石を見つめたまま、
「紅赤(兄)の事好きか?」
「っ!」
唐突過ぎて意表を突かれた質問は図星以外の何者でもなく、顔が自然と真っ赤になるのを感じた。
どうしてこういう質問を平気でしてくるのだろうか? 男の人は……。
「沈黙は肯定として受け取るぞ~」
先生の呑気な声に少しむかついた。
肯定として受け取るなら早くこの質問にけりをつけてほしいのだけれど、猿飛先生は生憎そんな事をしないのは分かっている。
あの人は人が嫌だと感じるのをわかっているのにやるドSな先生だ。普段は隠しているのかもしれないけどたまにボロが出てしまいその一面が見えてしまう。
人気ある先生がそんな一面を持っていると知ってしまったら、先生のファンは悲しむだろうな。
待て…………逆に増えるかもしれないな。この学校祭り好きな人がたくさんいるからノリがいいやつが乗ってくるかもしれない。
そんな思考を巡らせていると、
「よし、じゃあ肯定として受け取るか。で、あいつのどこを好きになったんだ?」
「女の子にそれを話せというのですか? あなた鬼ですよ。そんな一面隠し持っている事がバレたらどうするんですか?」
「バレても良いじゃないか。それが別の方向から見たオレなのかもしれないんだから」
ポジティブ思考なこの人は、あたしから見たら尊敬するに値する人だ。たった十年しか違わないのに。
「仕方ないですね。あなただけですよ、教えるのは。他の先生に言った場合はクビになりますから注意してくださいね!」
あたしは笑顔でそういって恋の話に花を咲かせる事にした。
そのほうが楽だったから――。
家に帰ってきた時間は深夜一時で街灯一つ付いていない。
当たり前といえば当たり前の光景だ、あたしにとって。だけど他の都市では当たり前の光景じゃない。
灯焔と茜はすでに寝ていてあたしが帰ってきてもぐっすりと眠っていた。
「先生の意外な一面が知れたな」
あの会話で先生の意外な一面が知れた。
あの年で結婚していたんだな。
あたしも早く灯焔と結婚したい。まぁ、彼があたしを選らんでくれるという保証は、世界中どこを探しても無いけれど、それでもあたしは彼との十五年間の絆を信じる事しか、出来る事が無い。
きっと、彼があたしの目の前からいなくなってしまったら、あたしは何も出来なくなるし「JAブルー」の社長のいすに座る事も無い。それくらい彼はあたしにとって大事な人だ。彼が死ぬくらいなら、あたしが死んだほうがはるかにましだと考えるほど。
お風呂場にいるあたしはそんな事を思いながらシャワーを浴びる。
たった二日間でかなり緊張したし疲れた。
昨日はライブに告白。
今日は灯焔からの返事。
「そろそろ上がるか」
風呂場を後にして着替え始めた。そのとき
カチャッ。
ドアノブがまわされる音がしてすぐにドアのほうを向くと――、
「すまない! すぐに出て行くから!」
灯焔がいた。一体この時間に何をやっているのだろうか?
そんなことを考えてからすぐにそれは無いだろうと頭で打ち消す。だって、灯焔が狙ってこのタイミングで来たのなら、何かしらのギャルゲーイベントが起こるはずも無い。
昔からそういう男だ。自分が意識的にやっている事に関して、彼はものすごい力を発揮するけど、それを全て無意識で起こすみたいだからな。
着替え終えたあたしはベットの中にダイブして就寝し始めた。今夜はいい夢が見られますように。
今のあたしはそんな簡単な事しか考える事が無い。でも、灯焔があたしを選んでくれるように祈りながら……。
神なんてものを信じていないのにそんな事を願っていた。