2.狂い始めた日
それからサーシャは泣き疲れたのか眠ってしまったので、布団をかけ家を出てきた。
一度自宅に帰ると父からの使いが来ており、失踪事件にまつわる緊急会議は手掛かりが少なく難航しているようだということと父は今日は朝方まで帰れないという伝言を受けた。
(父さんが明日手掛かりになる情報を持って帰ってくるかなんてわからないもの、まずは彼の家の周辺を探してみなくっちゃ)
フリージアはサーシャの彼氏が住んでいたと言われる家に行き、大家にベンは帰ってきていないか訪ねた。
「こっちも困ってるのよ〜。郵便物は溜まっていく一方だし、仕事にも行っていないみたいでね。騎士様が頻繁に訪ねてくるのよ。家の中も捜索したけど、何も収穫がなかったようでね…」
「そうなのですね…私、ベンの妹なのですが、中を拝見しても問題ないでしょうか?」
「あら!こんな可愛い妹さんがいたのね!妹さんを心配させて仕方がないお兄さんね。いくらでも見て行って。」
大家に礼を言い、家の中に入らせてもらう。
部屋の中は男性の部屋らしく少しものが散乱しているが、これといって収穫はない。
机の上に乱雑に置かれた郵便物は不動産のチラシや新聞など大量に溜まっており、忙しい騎士らしく確認する暇がなかったことが伺える。
その中でふと一番上に置かれた新興宗教の勧誘紙が目に入った。
そこには「神は見ておられる。お前の罪を告白すれば願いは聞き届けられる。」と書かれており、
よく見る勧誘文だと思ったが、他の手がかりがない以上少しでも探すヒントになればと思い、その勧誘紙を持ち帰ることにした。
一通り探し、あまり友人の彼氏の家に長居しすぎるのもサーシャに悪い気がしたので、家を出ることにした。帰りがけに大家に礼を言うと
「そういえば、連絡が取れなくなる3日前に女性と歩いていたのを見かけたのよ。彼女さんがいるって聞いてたし、特に気にもとめていなかったけど…今思うとその女性と駆け落ちしたんじゃないかしら。」
「女性って…どんな方でした!?」
フリージアは食い気味にサーシャの容姿を伝えると
「いいえ。長身の騎士様と同じくらい背が高い女性でね。腰まであるきれいな黒髪をしていたの。服装的に聖職者なんじゃないかしら。あと、特徴的な耳飾りをつけていたのも覚えてるわ。」
「どんな耳飾りですか?」
「一瞬だったし、遠目だったからよく見えなかったけれど、金細工に赤い宝石が付いたものだったわ」
この国で赤は男性の象徴とされており、女性で赤い宝石は珍しい。
(たしかに珍しいわね…しかも、妹さんがいたなんてサーシャから聞いたことないし、浮気の可能性もあるじゃない!!)
フリージアは怒りに震えながらもベンの家を後にし、その長身の女性について考えを巡らせていると角から来た人におもいきりぶつかった。
「っ!!すみません!考え事をしていて、人が来たのに気づかなくて!」
「いいえ。こちらも前を見ていなかったのでお互い様ですよ。」
耳に心地よい優しげな声に下げていた頭をゆっくり上げるとそこには黒髪の長身の男性が立っていた。
艶やかな黒髪はサラサラと日の光に反射し、スラリとした鼻筋にこの国では珍しい赤い目が彼の色香をより一層際立たせている。
(なんて綺麗な人…まるで御伽話の王子様みたいなイケメンだわ…)
「あの…僕の顔に何かついてますか?」
ニコリと人の良さそうな顔を浮かべて言われ、自分が彼の顔に見惚れてしまったことに気づいた。
「!!すみません…あまりにも綺麗な方だったので」
「ありがとうございます。あなたみたいな綺麗な方に言われるなんて男冥利に尽きますよ。」
クスクスと失礼を気にも止めていなさそうな彼にホッと息をつくと彼が私の持っているチラシに目を留めた。
「おや、その紙最近できた新興宗教の紙ですね。」
「あ、そうなんです。さっき、兄…」
そこでフリージアは妙案を思いついた。
(この新興宗教に興味があるフリをして潜入してみれば何かわかるかもしれないじゃない!)
「あに…?お兄さんがどうかしたんですか?」
「あ、いえ!兄に誘われてここの集会に行きたいと思ってるんです!ですが、どこに行けばいいかわからなくて」
「なるほど。そうだったんですね。最近苦しみから救ってくれるって話題ですもんね。そうだ。あなたにだけですが、そこの集会所が開かれる場所を教えて差し上げます。ぶつかったのも何かのご縁ですし。」
「いいんですか!?」
「ええ」
フリージアは男性から日時と場所を聞き出したところ今日の夜集会が開かれることを知った。またとない機会に嬉しくなり親切な男性にお礼をいって帰路についた。
その後ろ姿を男性が意味ありげに見つめているとも知らずに。
「ふふ。また新しいカモが来たな。今度はどんな姿を見せてくれるのかな。」
ニヤリと笑う男の耳には金細工の赤い宝石が嵌め込まれた耳飾りが揺れていた。