思い出せないけど…
「…なんだって言うんだ」
ようやく二人から解放された。
紗央莉と美愛ちゃんの二人は一体どうしたんだ。
一ヶ月前から前世だとか言われても、俺には意味が分からない。
「前世か…」
前世が不幸だったとか、今は関係ない話じゃないか。
この関係をじっくり続けていければ、きっと明るい未来が待っているのに。
「ふ〜、落ち着くな」
駅前のハンバーガー屋に入り、注文を受け取って席に着く。
トレーの上はハンバーガーセット、久しぶりのジャンクフード。
揚げたてのフライドポテトをゆっくり口に入れた。
「…美味い」
フライドポテトは揚げたてに限る。
ドリンクのコーラを口に含む、至高な感覚に俺は目を閉じた。
「想い出の料理ね…」
二人には悪いが、さっきの料理を食べても美味いとしか感想が出なかった。
確かにあの和食は美味かった、けど俺には物足りなさだけが残るだけ。
「俺って本当に…」
政さんとかいう人間の生まれ変わりなのか?
二人には悪いが、信じられない話だよ。
元々前世とか、オカルトには興味が無い。
こってりした料理の方が俺の好みなのに、なんだって二人は和食ばかり作るんだ?
前世の政さんとやらは、余程の和食好きだったのかな。
以前の紗央莉は唐揚げとか、トンカツを作ってくれてたのに。
「紗央莉の揚げ物…食べたいな」
紗央莉は俺の両親にまで脂っこい料理を控えるように言い出した。
俺の身体が心配なんだと、真剣な訴えに、紗央莉の事が大好きな俺の両親が聞き入れてしまい、家の食事まで健康志向に変わってしまった。
更に学食の利用も禁止されて、昼食は紗央莉と美愛ちゃんの健康手作り弁当になってしまった。
「美愛ちゃんって…」
あんなに積極的な子だったかな?
いつも紗央莉の陰に隠れているような、どっちかといえば引っ込み思案な子だったのに。
そんな美愛ちゃんと俺がいきなり前世で夫婦だったなんて、信じられる訳が無い。
妹みたいな存在で、恋愛の対象にならない。
第一、まだ10歳なのに。
「まあ二人綺麗なのは認めるけどさ」
本当に二人は美人だ。
幼馴染の紗央莉と美愛ちゃん姉妹は近所でも有名で、周りの男どもからの嫉妬も凄くて…
「止めよう、それより次はハンバーガーだ!」
余計な事は考えないでおこう。
せっかくの食事が台無しになるのは嫌だ。
「…政志兄ちゃん」
「ヴァ?」
ハンバーガーを食べようと口を一杯に聞いた俺、そこへ覚えのある声が。
振り返ると、そこには目を腫らした美愛ちゃんが俯いて立っていた。
「な…なんでここに、紗央莉も居るのか?」
「姉ちゃんは後片付けしてる…
ここに来たのは、政志兄ちゃんの後を付けて来たから」
「後を?」
ハンバーガーをトレーへ戻し、美愛ちゃんに向き直る。
なんだって後を付けて来たんだ?
「政志兄ちゃんが帰る時の様子に昔を思い出したんだ」
「思い出した?」
「うん…前世の」
「また前世?」
前世前世、いい加減にしてくれ。
「俺は全く覚えてないんだ、今が全てじゃダメなの?」
「ごめんなさい…」
少し強く言い過ぎたかもしれない。
美愛ちゃんは更に俯いてしまった。
「でも、前世でこっそり私達に隠れて脂っこい料理を食べに行ってた記憶が今と被さっちゃって…」
そう言うと美愛ちゃんの目から涙が溢れた。
「ごめんなさい!
もう姉ちゃんと結婚しても良いから、隠し事は止めて!
また先に死んじゃ嫌だ!」
「お…おい」
美愛ちゃんは俺の腰に縋りついて泣き出した。
なんて事言うんだ!
周りの客がみんな、こっちを見てる!?
「あの…お静かに願えますか?」
ほら、店員さんも困ってる!!
「すみません…」
「はい…ではごゆっくり」
何度も振り返る店員。
…ここにはもう来れないな。
「お願い…もう美愛を、姉ちゃんを置いていかないで…
政さんが死んだ後、姉ちゃんは魂が抜けたみたいになっちゃって…」
「いや、俺は死んでないけど」
「姉ちゃんは私を責めなかった…
これも運命よって、だけど私と違って子供が居なかった姉ちゃんは一人ぼっちで寂しそうに…」
「そっか…」
前世の様子は全く知らないけど、美愛ちゃんの言葉に、紗央莉の事を真剣に案じていた気持ちが痛い程伝わる。
この二人は本当に仲が良い、前世もそうだったんだろう。
「紗央莉が心配だったんだね」
「うん…」
ぽんと美愛ちゃんの頭に手を置く。
久しぶりに美愛ちゃんの素の言葉を聞いた気がする。
「分かっていたんだ…兄ちゃんは姉ちゃんが忘れられなかったって」
「美愛ちゃん?」
今度は何の話だ?
「私と結婚してくれたのも同情から…
本当は姉ちゃんの事を忘れられなかったんだよね」
「はあ?」
今度は何て事言うんだ…
「うわ、最低…」
「ロリコンの上に二股かよ、人間のクズだ」
「姉妹丼か、とんだハーレム野郎だな」
「良いのは見た目だけね、中身は腐ってるわ」
「み、美愛ちゃん止めて…」
周りの席からのヒソヒソ声、もう俺のライフはゼロだ…
「だから…私の事は良いの、姉ちゃんと幸せになって…」「待ちなさい!」
「あ?」
突然店内に響き渡る大声。
固唾を呑んで見ていた客達の視線は、その女性に注がれた。
「嘘…なんで姉ちゃんが…」
「紗央莉、なんでここが?」
「美愛が居なくなったって気づいたからよ。
もしかして政志を追いかけたんじゃないかって、美愛の携帯GPSでここに」
「そんな…機能が?」
美愛ちゃんはポケットからキッズ携帯を取り出した。
「…可愛い妹に何かあったら…私生きていけない」
「姉ちゃん…」
ヒシと抱き合う二人。
なんだ、今度は感動の場面になったのか?
「大丈夫、確かに政が死んじゃった時は悲しくて死にそうだった。
けど、美愛はそんな私を心配してくれたじゃない」
「だって…私に出来るのって…」
「貴女だって辛かった筈よ、それなのに…必死で私を…」
何やら盛り上がってるが、俺は生きてるぞ。
あ、前世での話か。
「だから正々堂々よ、お互い恨みっこ無しでね」
「うん…」
ここはなんて言ったら良いんだ?
俺は何を見せられてるんだろ。
「そういう訳よ、政志」
「うん、政志兄ちゃん覚悟してね」
「お、おお」
「それじゃ帰ろっか」
「うん!」
紗央莉と美愛ちゃんは笑顔で手を繋ぎ店を出て…って、俺はどうしたらいいんだ?
ハンバーガーは完全に冷めてる。
また注文…いやカウンターに行ける訳ない。
「そうだ政志」
「なんだ?」
店の扉の前で紗央莉が振り返った。
「今日だけは特別よ、ゆっくりハンバーガーを味わいなさい」
「そうだよ、政志兄ちゃんは私達の料理が待ってるんだからね」
黙って立ち去ってほしかった…
だから、この状況でまた注文なんか出来ないっての。
「マジかよ、あんな腐れ外道が何で愛されるんだ?」
「信じられない、これでまだ何か食べるつもり?」
「食い散らかしが得意なんでしょ、女もね」
ほら罵倒がまた…
「こりゃ止めんか!」
また紗央莉の大声が!
「ワシの愛する人を悪く言うとは何事じゃ!」
「ほうじゃ、ワシの旦那じゃぞ」
「美愛!ワシの旦那じゃ!」
「いんや、今回もワシのじゃ!」
「アンタはまだ10歳じゃろが!」
「あと3年もしてみい、理想のオナゴ体型になるわい!」
「や…止めてくれ」
俺の呟きは虚しく掻き消されてしまう。
笑顔で言い争う二人、その泣き顔は見たくない。
とりあえず長生きをしよう、そう誓う俺だった。
おしまい。