思い出したかの?
政志をテーブルに案内する。
途中、美愛は何かと政志の世話をしようとするが、そんなのに挫けるもんか。
可愛い妹だけど、譲る事は出来ない。
ここで退いたら、また前世と同じ轍を歩む事になりかねない。
「これが今日の?」
「そう今日の料理よ」
「たんと召し上がれ」
「あ…ああ」
テーブルに並ぶのは私達が作った料理2品。
私の作った椀物料理と、美愛の作った煮っころがしが並んでいた。
「紗央莉のこれは、お吸い物か?」
「違うよ、御椀に入ってるけど汁物じゃなくって、椀物料理だから」
「どう違うんだ?」
現代人の政志に分からないか、前世の政なら直ぐ理解したんだろうけど。
「椀に入っとる料理全般が椀物料理で、汁物は味噌汁や吸い物を指すんじゃ。
まあ料理の種類が違うと思えばええ」
「そっか…美愛ちゃん詳しいな」
「あ…エヘヘ」
「なんで先に言っちゃうの?」
「早いもん勝ちじゃ」
得意顔で美愛は胸を張る。
それくらい私だって知ってるのに!
いや、待てよ?
「今エヘヘって言った?」
「あ…いや言っとらん」
「いや言ったわよね」
「さあ、覚えとらん」
額に汗を滲ませる美愛。
やっぱり美愛が政志に婆さん言葉を使うのは、何らかの意図があるな。
「ま…まあそれくらいにして」
「だって政志…」
なんで政志は止める?
前世の妻が追い詰められのは辛いからなの?
「さ…冷めちゃたら、もったいないからさ」
「そうだけど」
釈然としないが、涙目の美愛に、これ以上の追及は出来そうもないか。
「これは…?」
椀蓋を開けた政志の手が止まる。
じっと料理を見つめる政志。
これは期待出来るの?
「里芋まんじゅうよ」
「里芋?これって里芋なのか?」
「そうよ、湯がいた里芋をすり潰して、小エビを入れて丸くしたのを揚げて餡を掛けたの」
「へえ…手が込んでるんだ。
意外と美味いな」
「意外は余計よ」
一口頬張った政志は関心しきりだけど、それよりも…
「何か思い出さない?」
「何を?」
「何をって、決まってるでしょ」
「ああ、前世ね」
政志は目を瞑り、口を動かす。
緊張するよ、美愛も同じ気持ちだろうな。
「ダメだ、美味いしか分からん」
「な…なんで」
「なんでって、初めて食べる料理だし」
「初めてじゃないでしょ!」
「いや初めてだし」
なんでそんなに軽く言うの?
「思い出さんか?
結納の時に食うたじゃろ?」
「お…おい紗央莉、言葉が」
「ね、姉さんどういう事じゃ?」
びっくりする政志達に構ってられない。
今日の料理を決めた理由は美愛にも内緒だった。
「85年前に結納の席で出た料理じゃ!
里芋は子孫繁栄、海老は長寿、ワシに教えてくれたじゃろ」
「そ…そうなのか、政さん博識だったんだな」
「アンタがワシ言ったんじゃ!」
「だから覚えてない…」
なんで?
なんで覚えて無いの?
私には政さんとの忘れる事の無い、宝物の記憶なのに…
「まあ、そのなんじゃ、気を落とすでない」
「み…美愛」
美愛は項垂れる私の手をそっと握った。
あどけなさが残る少女の面影…
「ワシも覚えとらんしの」
「アンタはあの時、まだ7歳だったじゃろ」
「それもそうか」
「この妹は!!」
「まあ政志よ、それはそれじゃ。
次はワシの料理を試してみい」
「お…おお」
政志は美愛の作った小皿に箸を伸ばす。
まだ悔しいが、ここは一旦引くしか無い。
「里芋に似てるけど、海老芋ってどう違うんだ?」
「まあ似たようなもんじゃな、違うところは食感と…」
美愛がウンチクを語りだす。
そんな事くらい私でも知ってるのに…
「どうじゃ?」
「これも美味いな」
「そ…そうじゃなくて」
「いや本当に美味いよ、美愛ちゃんも料理上手いんだな」
「あ?あ…エヘヘ、そうかな?」
「こら政志!」
またなんて事を美愛に!!
「美愛がその気になるでしょ!
やっぱり政志は美愛の事が…」
「だから違うって、美愛ちゃんは小4だろ」
「だから甘い!」
確かに今の美愛は幼い。
だが前世の美愛は13歳を過ぎた位から急激な成長を遂げ、姉の私ですら羨む身体を手に入れたんだから!
「政志兄ちゃん、もう少し待っててね」
何を美愛は政志にしなだれるんだ!
それに口調も!!
「美愛ちゃんは俺にとっても妹みたいな存在だし、そんな気は…」
「…そんな、これからの身体なんじゃぞ」
美愛はガクッとなる。
今はまだ色仕掛けするには早すぎ…いや、未来も絶対ダメだ!
「ま、まあ次じゃな」
「そうね、まだ想い出の料理はあるし」
そんな事より次だ。
次回の準備に取り掛からなくては!
「まだやんの?」
なぜウンザリした顔をする?
「不満かの?」
「いや、これまで3回ずっと和食ばっかりで、なんか洋食も食いたいなって」
「「それはダメ!」」
「なんでだよ!」
「「なんでも」」
ここは美愛と気持ちが一致だ。
なぜなら戦後の食糧難が終わると政さんは脂っこい洋食に嵌ってしまい、挙げ句、重度の糖尿病を患って、65歳で亡くなったのだ。
「酒も程々よ」
「いや、まだ俺18歳だし」
「タバコは以ての他じゃぞ」
「吸うつもりも無いって」
政志には長生きをして貰わないと。
先に見送る悲しさを二度としたく無い私達姉妹だった。