早う思い出して貰わんとな。
リハビリ。
明るい話を書いてみました。
「よし!」
小皿に取った料理を味見し私は小さく頷く、久しぶりに作ったが上手く出来たみたい。
朝早くから仕込んだ思い出の料理、これならきっと政さんも…
「そっちは出来た?」
「まあな、そっちはどうじゃ?」
「こっちも出来たわ」
「そうかい…」
私の隣で椀物を作っていた姉が微笑む。
自信に溢れたその表情に悔しいが綺麗だと感じてしまう。
それも仕方ない、姉は18歳で対する私はまだ10歳の小娘。
こればかりは埋めようがないハンデだ。
「海老芋の煮っころがしか」
「ああ、海老芋はあの人の大好物だったからの」
「…そうだったわね」
少し寂しそうに姉は俯いた。
前世で家庭料理を作る事なんか無かった姉には悔しいだろうが、これはどう仕様もないだろう。
何しろこっちは、前世で政さんと四十年近く連れ添った夫婦だったんだから。
「私も一応花嫁修業はしたのよ」
「…姉さん」
それは無念だったろう。
姉は愛する人との結婚を夢見て、花嫁修業に励んでいたのは覚えている。
だけど、肝心の政さんを戦争に取られて、遂に料理を振る舞えなかったんだ。
「そんな態度したって、白々しいわよ」
「はあ?」
姉は冷たい声で少し睨んでいた。
はて何かマズイ事言ったかな?
「前世じゃ私が何か作ろうとしても、気を遣わないで良いからっていつも断ったクセに」
「そうじゃったか?」
執念深いな、覚えてたのか。
事ある毎に私達の新居に来て、何かしようとする姉から政さんを奪われない為には仕方なかった。
「忘れたなんて言わせないんだから」
「甘い新婚生活を邪魔されては堪らんかったからの」
「人から奪っといて、よく言うわね。
誰のお陰で前世は家が再興出来たと思ってるの?」
「政さんとワシの奮闘があってこそじゃろ?」
「あのね」
これには心苦しさがある。
確かに姉は戦災で全てを失った家の為、自分の身を犠牲にしてくれた。
戦後成金で、財を成した怪しげな男に嫁いで大金を融通してくれてなければ、実家の再興は叶わなかっただろう。
「さっさと次の相手を見つけたら良かったんじゃ、アイツが死んだんのは確か…」
「昭和26年よ、私が26歳だったわ」
「まだ若いのに、なんでそれから独り身だったんじゃ?」
「アンタが政さんと結婚したからじゃろ!!」
「ほうじゃったかな?」
「お前というヤツは…」
おっと、姉さんまで婆さん言葉になってしまったか、これはイカンな。
「姉さん言葉。ババ臭いよ」
「…あ」
気づいたか、姉には悪いが婆さん言葉はワシしか使ってはダメ。
「アンタだって、使ってるクセに」
「ワシは記憶が戻って、まだ一ヶ月じゃからな」
「周りの人には使わないのに?」
「気をつけとるんじゃ」
「本当に?」
「ほ…本当じゃとも…」
流石は姉さん、鋭いな。
実際は少しだけ意識的に使っている。
この言葉遣いが、政さんの記憶を甦らせる切っ掛けになればと。
「全く、17歳で結婚だなんて」
「周りから早くと急かされたからの」
「自分の意思じゃなかったと?」
「いや、一番はワシの意思じゃった」
「やっぱり…」
「言わんかったか?」
「聞いてない」
姉は溜息を吐いた。
でも気づいていたのは間違いないだろう。
前世でも私は姉が大好きだった。
綺麗で優しく、頭も良くって何でも出来てきる、周りの誰もが憧れる存在。
それが姉だった。
「美愛、今回は諦めてよ…」
「そうはイカン」
こればかりは譲れん。
前世での姉の無念さを考えたら…そう思わなくもないが、こっちにも理由があるのだ。
「まあ、最後に決めるのは政じゃ」
「そうね、前世の政さんじゃなく、今世の政志さんよね」
「ああ」
納得顔の姉さん。
既に姉は数年前から政志さんと交際しているが、まだキスもしてない筈だ。
付け入るチャンスはある。
この平坦な身体と形では現状どうにもならない。
だから過去の、前世での記憶を思い出して貰わなくては!
「…おはよう」
「来た!」
玄関から聞こえる愛しい声!
政…政志さんだ!
「こりゃ紗央莉!」
しまった!姉に先を越されてしまったではないか!
全く10歳の身体は使い勝手が悪い。
「昨日はよく眠れたかの?」
白い割烹着を解きながら、政志さんを出迎える。
悔しいが姉と政志さんは絵になるな。
「さあ入っとくれ、家には誰も居らん。
遠慮せんでええから」
スリッパを並べ、政志さんを招き入れる。
「私も居るんだけど」
不貞腐れる姉の言葉、聞こえないフリをした。