平和ってこういうこと
窓から入る日差しが本越しに顔を照らす。窓の外には常緑の木々が風に揺れている。テーブルの上には、やりかけの課題が放り出されている。大きなソファに一人で寝転び、寝返りを打つと、スカートが少し捲れ上がって、膝上を覗かせる。
「おい、慎みを持て。」
コールドウェルは、もう一つの一人用のソファに腰掛けて、杖を一振りした。すると、ソファの背面に掛かっていたブランケットがふわっと私の露わになった足を隠すようにかけられた。
「あら、ありがと。」
もうここに通うようになって一ヶ月は経っただろうか。大体はコールドウェルもいて、こうして二人とも本を読んでいる。たまに感想を言ったりして、お茶をすることもある。彼が紅茶やクッキーを魔法でサラッと出してくれたりする。さすが成績上位者だなあと思いながら、私は美味しくそれらを頂いている。
この間は、お返しにマフィンを焼いてきた。彼は、それなりに喜んで食べてくれた。「まずくはない。」とかなんとか言いながら。
「課題、やらなくて良いのか。」
ふうっとため息を吐いて、区切りがついたのか、コールドウェルはアップルティーを啜った。これも私が持ってきたものだ。最近の私たちの流行りになりつつある。
「もうちょっと読んでからにするわ。」
区切りの悪いところで読むのをやめられないことをコールドウェルも理解しているため、そう言うと大体納得してくれる。今読んでいる本は明日返さないといけないため、急いでもいる。次に借りる人の予約が入っているらしい。
それにしても、眠い。今日は日差しが暖かくて、本を読んでいる最中なのに微睡んでしまう。
「おい。足。」
また足を動かしてしまっていたようで、片足がブランケットから出ていた。コールドウェルはまた、杖を振ってブランケットを掛け直す。五月蝿い父親のようだ。
「良いじゃない。ちょっとくらい。」
「良くない。恥じらいを持て。」
彼は、そっぽを向いてそう言う。家でも良く父に同じようなことを言われていた。私は窮屈なのは好きではない。学校でも割と気をつけている方だけれど、ここでは気を抜いているのかもしれない。
結局、読んでいるうちに寝てしまったみたいだ。授業終わりから居座っていて、今はもう外は暗い。
「起きたか。もう夕食の時間だ。」
相変わらずブランケットが掛けられていて、しかも肩まで覆われている。暑い。
「ん〜!よく寝たわ。」
「だろうな。」
「あ、本読めなかった〜。今日は徹夜かしら。」
「本を読むのは別に今日じゃなくて良いんじゃないか?」
「明日までなのよ。私の後に予約が入っていて。」
「それは俺だ。」
「へ…?」
「予約しているのは俺だ。だから、別にまだ読み切らなくて良い。俺が借りてからでも良いさ。どうせここで読むんだから。」
私は、「そーなの〜。早く言って欲しかったわ〜。」とヘナヘナとまたソファに傾れ込んだ。「課題先にやれば良かったわ〜。」と、ソファに顔を埋めた。
「だから聞いたじゃないか。課題、やらなくて良いのかって。」
「あなたが予約してるなんて知らないもの。」
私は、恨めしそうにソファに埋もれながら彼を見た。「それは俺のせいなのか?」と、彼もこちらをジトっと見てくる。確かに。彼は特に悪くはない。そもそも私が早く読んでいなかったのが悪い。
「私のせいです。」と言うと、コールドウェルは少し顔を和らげて「ま、俺ももう少し早く言えば良かったな。」と言った。彼が案外優しいことを最近知った。
「ほら。」
そう言って、コールドウェルは羽ペンを持って書くそぶりを見せる。
「課題、やるんだろ。」
「え。」
「付き合ってやるから。やるぞ。」
「良いわよ。夕飯食べそびれちゃうわよ。」
「この課題、俺は昨日やったところだ。俺が一緒にやった方が早い。夕飯には間に合わせるさ。」
私は、ソファの上で体を起こした。そして、スカートをギュッと握る。彼の優しさが嬉しくて、胸が何だかギュッとなったからだ。
「ありがとう。」
部屋にいつの間にか灯された蝋燭の灯りが私たちを包んでいる。温かで、柔らかくて、寝てしまうくらい優しい空気でこの部屋はできている。その空間を作り上げるのに、コールドウェルも作用している。私が今一番気に入っているこの空間。
私の日常で、一番平和なこの空間。