ある昼下がりと
どれくらい眠りこけていたのだろう。
何か温かいものが頬に触れるような感覚がした。ゆっくりと目を開けると、ソファの肘掛けの部分に誰かが座っている。目線を上に上げると、さらりとした黒髪が見えた。
「起きたか。」
その声は、まだ少し少年っぽさを残しているようにも思えた。男っぽさを感じさせない綺麗な肌が薄暗い部屋の中でぼやけて見えた。
「もう日が暮れたぞ。」
彼はそう言って、私の顔を覗き込む。
「ほら、これ。」
私は、目を擦りながら起き上がり、彼の持つ本を見た。
「あ、これー!」
わー、やったー!と言いながら思わず、その本を抱きしめた。ハッとして、彼を見るとぷっと吹き出して笑っている。やってしまった。
「本一つでそこまで喜ぶか。」
「だって、本当に楽しみにしてたんだもの。」
「子供じゃないんだから。」
「ランチが終わってすぐに来たけど、あなたがいなかったから
今日はもうダメかと思ったんだけれど。読めたのね。」
彼は、何故かもう一つ新しく出現した一人用のソファに座った。
「今日は、カイルに頼まれてウィルソン主催のチェス大会に出てたんだよ。」
「あー、ルイとエヴァのやつね。」
「ああ、それが終わって夕方に来たら、フローリーが俺のソファで寝こけてたんだ。」
「ちょっと。来た時点で起こしなさいよ。」
彼は、また新しい本をぱらりと開いて、こちらを見ずに言った。
「よく寝てたから起こしにくかったんだ。」
「私、今日の午後全部寝ちゃってたとか…。」
私は項垂れた。ちらりとコールドウェルを見ると、笑いを堪えているように見える。
組まれた足に本を置いて、手を口元に置いている。
「ちょっと、笑ってるでしょ。」
「いや、まあ。何度か呼びかけたんだが、ぐーすか寝てるから。」
肩を震わしながらコールドウェルは笑っている。
こんな風にコールドウェルと話すのは初めてかもしれない。寧ろこんな笑顔見たことあったかしら。
「そういえば、どうだったの。この本。」
「良かったよ。感想を言うと、大事な内容まで言ってしまいそうだから、やめておく。読んでからの楽しみにした方がいい。」
「ふっ。それもそうね。」
彼の気遣いが心地良かった。本に対しての考え方も同じのようだ。私は、ネタバレされるのは、あまり好きじゃない。
「私が読んだら、感想を言っても良いかしら。」
「あ、ああ。」
彼は少し驚いたように、そう返事をした。
「何。何かおかしい?」
「いや、フローリーが俺にわざわざ感想を言いにくるなんて、変な感じだと思っただけだ。」
「確かに。今まであまり話してこなかったものね、私たち。」
沈黙が訪れて、その沈黙を破るようにコールドウェルは言った。
「これから、話していけばいいさ。」
私は少し驚いた。照れているコールドウェルはこちらに目線を合わせようとはせず、ぶっきらぼうに言った。
「そうね。また、来るわ。」
私はそう言った。彼の照れた顔がおかしくて、でも何だか心地よくて、嬉しくて。こそばゆくて。愛しかった。