犬猿の仲、というほどでもない
少しまだひんやりとする朝方。温かい布団の中で、起きるの早すぎたな、と思いながら寝返りを打つ。
時計を確認すると、まだ6時だった。7時に起きればゆうに朝食に間に合う。けれど、もう一度寝返りを打っても目はパッチリと開いてしまい、やけに冴えている。
同室のエヴァは、まだ起きそうにない。
ふと机の上に目をやると昨日読み切った本が置かれている。
「ん〜っ!」
出来るだけ声潜めながら伸びをした。
本返しに行くか。
図書室は6時から開いている。
バスルームの扉を静かに閉めて、防音魔法をかけた。これで、エヴァにドライヤーの音は聞こえない。
髪型を魔法で何とかできたら素敵だけれど、この間ストレートの魔法をかけてみたところ延々と髪が伸び続けたので、もう少し練習してからにしたい。
少しウェーブを描いた明るめのベージュの髪をブローする。前髪は薄めにして、髪全体にオイルを馴染ませた。
制服に着替えて一限目の授業の用意と返却する本を持って外に出ると、肌がスッと引き締まるような冷たさを感じた。
そういえば、あれからあの部屋に行くのは初めてだ。意気揚々とあの部屋に向かう。こんな朝早くにコールドウェルはいないだろうと踏んだのだ。
あの近道は使いたいけれど、彼と会うと仲が良くないせいか緊張するし、出来ればこんな清々しい朝には会いたくない。
この間、吸い込まれた壁にそっと触れて周りに誰もいないか確認した。あの部屋のことを思い出して壁に触れた手に力を入れると、突然壁を通り抜けた。一瞬真っ暗になったかと思うと、あの部屋に着いていた。
一気に壁の白い部屋に出たからか、窓から差し込む光のせいか、眩しくて目が開けられない。
やっと慣れて来た頃、ソファを見ると、なんとコールドウェルが読書していた。
「なんだ、来たのか。」
「お、おはよう。早いのね。」
いると思ってなかった人が、突然いるとびっくりするものだ。
私は呆然と立ちすくんでいた。彼はそれに気づいて、さっさと行けとでもいうように顎で図書室に続く壁を指した。
その仕草も態度も、こんなに清々しい朝だというのに、腹立たしい。
私は、あからさまにムカついた顔をして、コールドウェルを横目に通り過ぎようとした。
すると、彼の読んでいるその本に釘付けになった。
「ちょっと、それ。」
「ん?」
何とその本は、私が今日返そうとしている本の続刊だったのだ。ジーザス!
私が持っていた本を見えるように差し出すと、彼も驚いたようにこちらを見た。
「マジか。」
「マジ。」
「まだ、今日中には読めそうにないな。」
「えー、じゃあ先に貸してよ。頑張って早く返すからさ。」
「貸す訳ないだろう。こっちが先に借りたんだ。」
「多分、私の方が早く読めるから。」
「今、良いとこなんだ。さっさと行け。」
その本が一冊ずつしかないのは、借りた時に確認済みだ。ということは、彼が読み終えなければ、私は続きを読めない。
「はあ。」と、ため息が出た。久しぶりに当たりの本だったので、こんなに朝早くに図書室へ向かおうという気になったというのに。
「絶対ネタバレしないでよね。」
「しないさ。それは俺がされて一番嫌なことだからな。」
「え、そうなの。良いこと知った。」
「なんだと?」
彼の眉間に皺がいって、こちらを睨んでくる。
本の恨み〜!
「コールドウェルの弱みを握ったわ。」
「そんなの弱みになりやしないさ。」
彼はそう言って本に目線を落とした。
私と彼は別に喧嘩したりしない。今まで親同士が仲が悪いことを何となくお互い察してきただけだ。
貴族の集まりの時も挨拶はするけれど、私たちいつものメンバーとコールドウェルが遊んだりすることはあまりない。
彼には彼の交友関係があったし、大人数の中で、わざわざ私たちが仲良くなることもなかった。
子は親が敵視する相手を敵視する。それだけの話だ。
「そ、じゃあ行くわ。」
けれど、同じ本を読んでいる。しかも、続刊まで借りているということは、彼はこのシリーズを気に入っているということだ。
私は少し彼に興味が湧いた。自分の周りにはあまり本を読むタイプの友達がいないため、もちろん同じ本について語ったこともあまりない。
コールドウェルが私と本の話なんかするかしら?想像もつかないけれど、私は少しワクワクしていた。
この気持ちをどう例えて良いか分からないけれど。
またこの部屋に来ようと思う。