第2話 トロッコ問題
「こんにちは!」
古びた洋館の入り口で元気な声が響く。
博士「おや、いらっしゃい。宿題は終わったのかね?」
...
あの日以来、Cくんは博士の家にしばしば遊びに来るようになっていた。
博士だけは自分のことを理解してくれるのではないか、Cくんは淡い希望を抱いていた。
...
博士「“トロッコ問題”というのを、知っているか?」
Cくん「聞いたこと、あるような……。なんでしたっけ?」
博士はホワイトボードに一本の線を指で描く。その線の途中からもう一本の線を描く。それらはトロッコのレールのつもりのようだ。
博士「ある人が、線路の分岐点に立っている。トロッコが暴走してきていて、このままでは五人を轢いてしまう。でも、レバーを引けば、一人がいる線路に切り替えることができる。さて、君なら、どうする?」
Cくんは眉をひそめ、口をへの字にして、黙った。
Cくん「…………それって、どっちも嫌です」
博士「うむ。それが普通の感覚だろうな」
博士「だが、どちらかを選ばなくてはいけないとしたら?」
博士はレールに視線を向けた。
博士「“なにもしない”という選択も、また一つの選択だ。だが、そのときトロッコは……止まらん」
Cくんは、レールの分岐点をじっと見つめた。
束の間の沈黙が場を支配する。
Cくん「…………5人を助けた方が“正しい”んですか?」
博士「正しさとは、何か。……それがこの問題の核心かもしれんな」
また沈黙が訪れた。
風が吹く度に、古い洋館の窓がカタカタと音を立てている。
Cくん「でも、もしその一人が……僕の大切な人だったら?」
博士は、うっすらと笑みを浮かべた。
博士「君は、すでに答えを持っているのかもしれないな。……それが、たとえ“正解”でなかったとしても」
Cくん「自分にとって大切な人が生きていて欲しいですもんね」
空では、積雲が静かに流れていく。
博士「……私は、切り替えた先にいる一人が、大事な人だったとしても、切り替えるだろう」
Cくん「…………どうして?」
博士「五人の親しい人が悲しむという事実に、私は耐えられないからだ」
博士「それに比べたら、私自身が悲しむことくらい……大したことではない」
今日一番の風が窓を叩き、ガタガタガタガタと音を立てていた。