第1話 人が生きる意味
Cくん「もういい!僕の事なんかどうでもいいんだ!」
とっさに彼は家を飛び出していた。
空は鉛色に沈み、雨がぽつぽつと降り出した。
Cくん「雨が降ってきちゃった……」
家に帰るのは気まずいなと思いつつも、トボトボと家に引き返していた時、
ドンッ
Cくん「あ、ごめんなさい。。。ちょっと、ぼーっとしてて」
あれやこれや頭の中で考え事をしていて、前方不注意になっていたCくんがぶつかったのは、近所に住む通称"偏屈博士"だった。
大変な人間嫌いらしく、博士の家の前で友達とおしゃべりしながら通るだけで、よく怒号が飛んできたものだ。
博士「君、どうしたんだい?」
Cくんは、濡れた前髪の隙間から博士を見上げた。
Cくん「別に……なんでもないです。放っておいてください」
博士は少しのあいだ黙ってCくんを見つめていたが、やがてにっこりと笑った。
博士「そうか。じゃあ、代わりに私の話を聞いてくれるかい?ただの昔話さ」
Cくんは驚いた顔をした。てっきり説教されると思っていたのに、話をするのは博士の方らしい。
Cくん「……どうせ、帰っても怒られるだけだし。いいですよ」
博士は濡れた路地を歩き出し、Cくんも後をついていく。二人は博士の家でもある古びた洋館にたどりついた。
博士は、玄関のひさしの下までいくと話し始めた。
博士「昔な、私は“人間はなぜ生きるのか”という問いに取り憑かれていた。朝から晩まで、それだけを考えて研究していた」
Cくん「……答え、出たんですか?」
博士は雨の向こうを見つめながら、ふっと笑った。
博士「いや、正直なところ、完璧な答えなんて今でも分からない。ただ、一つだけ確信していることがある」
Cくんは博士の顔をじっと見つめる。
博士「それはな、“人間は、誰かと心を通わせるために生きるんじゃないか”ということだ」
Cくん「心を通わせる……?」
博士「腹が立ったり、寂しくなったり、どうしようもなく投げ出したくなることがあるだろう。だが、それでも誰かのひと言で、少しだけ前を向ける瞬間がある。私は、その一瞬のために人は生きているんじゃないかと思うんだよ」
Cくんは目を伏せた。さっきの喧嘩が頭に浮かぶ。
Cくん「でも、言いたいことが伝わらないことの方が多いです。僕が何を考えてるかなんて、誰も分かってくれない」
博士は優しく頷いた。
博士「それでも、伝えようとすることに意味がある。たとえ、うまく言えなくてもな。生きるってのは、そういう不器用な努力の積み重ねなんじゃないか」
しばらく雨の音だけが二人を包んだ。
Cくん「……僕、もうちょっとだけ頑張ってみようかな」
博士「うん、それでいい。それだけで十分だよ」
空を見上げると、雲の切れ間からわずかに光が差していた。冷たい雨の中に、ほんの少しだけ、あたたかさが混じったような気がした。