安楽椅子ニート 番外編19
「おう、樫井、犬山。俺、来週、有給取るからな。」
「はぁ?」
「あの、ちょっと待って下さい、木崎さん。」
「木崎さん、それはちょっとないと思うんですけど?」
「待て待て待て。ちゃんとお前達にお土産買ってくるから。な。」
「はい~遊び、確定!・・・木崎さん、ふざけないでもらえますか?」
「ふざけてないけど。」
「あの。木崎さん。来週は来週で予定が詰まっているんですよ。今の今から」
「樫井、犬山、だから今からそれの会議だろ?俺の有給会議。」
「木崎さん。単刀直入に言って、死んでもらっていいですか?」
「・・・樫井さん。それは成人として言っちゃダメな奴だよ。」
「樫井、俺だって有給取りたいんだよ。遊びたいんだよ。」
「うわっ、本音言っちゃったよ。」
「落ち着いて聞けよ。樫井。俺もちゃんとした大人だから、突然、休まないで、あらかじめ、後輩のお前達に、俺が有給中の相談をこうやって、しているんだろ?」
「だから無理ですって。もう、来週はカツカツですよ。っていうか、ずっとカツカツなのに、自分一人だけ休むって、おかしいんじゃないですか?人間的に。」
「・・・樫井さん。」
「いや、おかしいでしょ?犬山さんも言った方がいいですよ?」
「人間的におかしいっていうのは、言い過ぎ。」
「言い過ぎだよな?」
「言い過ぎだと思います。」
「はぁ~?私が悪いんですか?悪いのは木崎さんでしょ?」
「悪くねぇよ。会社員の権利だ。」
「はぁ?権利?・・・権利って言うんだったら、私、生理痛で痛いんで、休んでいいですか?」
「え?」
「はぁ!」
「だから、生理痛で痛いって言っているでしょ?聞こえましたか、木崎さん。犬山さん。」
「いや、あの、聞こえているけど。」
「お前、今の今まで、痛いなんて言ってなかったじゃないか!」
「我慢してたんですよ!あの。生理、なめないでいただけませんか!生理、保証されてますよね?」
「・・・いやいや。なめてないけど。でもさ、お前、それ、大人気ないと思うぞ?」
「来週、有給取るとか言っている人に言われたくないんですけど?」
「まあまあ。二人とも。木崎さんも木崎さんですけど、樫井さんも樫井さんだよ?」
「俺、悪くないだろ?」
「私も権利を主張しただけですけど?」
「お互い言い分を言っていたら、話が先に進まないですよ?」
「まあ、俺はもう有給、取っちゃったから。」
「だぁかぁらぁ木崎さん。そういうのは申請する前に、部内に相談するのが常識でしょ?」
「取っちゃったもんは取っちゃったんだから、仕方ないだろ?」
「仕方なくなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」
「お前、ヒステリーだな。」
「・・・樫井さん。生理中だから。」
「生理じゃねぇよ!」
「お前、生理、嘘じゃねぇかよ!」
「そうだよ!」
「・・・樫井さん。そこは嘘、突き通そうよ。」
「うるせぇ!・・・嘘が面倒臭くなったんだよ!」
「・・・樫井さん。マジメか。」
「真面目で悪りぃか!」
「樫井。お前の気持ちは分かる。ちゃんと、お前達にお土産買ってきてやるから。」
「買ってくるとか、上から目線で。・・・むかつく。むかつく。」
「木崎さんも有給、取っちゃったんだから仕方ないですよ。もう部長が許可しちゃったんだから。」
「部長も部長だよ。」
「もう、樫井さん。口が悪いよ。」
「悪くてすいませんねぇ。」
「それで木崎さん。遊びに行くって言っていましたが、どこに行くんですか?」
「山荘の別荘。」
「はあああああああああああああ?なんですか?山荘って?別荘って?・・・ブルジョアですか?木崎さん、ブルジョアですか?」
「東北?秘境中の秘境なんだってよ。俺、楽しみでさぁ。ナハハハハハハハハハハハハハハハ」
「東北っていうのは、山形、岩手、青森、秋田、福島?・・・のどこ?」
「山荘って言うくらいだから、山間部だろう?きっと、東北の温泉街なんだろうなぁ。そこの山荘の別荘で、しばれちゃうんだよ。しばれるねぇ。」
「この人、あたま、おかしいです。」
「・・・。」
「東北の山間部って結構、交通の便、悪いですよ?太川と蛭子のバス旅で見ましたけど、えげつないくらい、本数減ってて、しかも、走っているバスの数も少なそうでした。風光明媚でしたけど。」
「風光明媚って田舎の事を言うんですけどね。田舎っていうか、人間が足を踏み入れるべきではない、自然が猛威を振るっているというか。」
「どっちみち凄い山の中じゃないですか?・・・まず、そんな所、辿り着くんですか?」
「ああ。言えてる。・・・何て言うですか、登山家じゃないと無理な場所なんじゃないですか?」
「いや、だってよ。山荘だよ。別荘だよ。秘境だよ。まぁ多少はね。」
「うわっ、その余裕。むかつく。」
「そもそも木崎さん。どうして、その場所に行く事にしたんですか?もっと近くて遊べる場所なんて幾らでもあるでしょうに。」
「いや、それがさ。瀬能さんがさ。」
「うわ!」
「え?」
「なんだよ?」
「瀬能さん案件ですか?」
「なんだよ、その瀬能さん案件って?」
「どう考えたって、難あり物件じゃないですか?」
「その前に、木崎さん。・・・お客さんから、供与されちゃダメでしょ?」
「はぁ?別にぃ、本人がいらないっていう物もらって、なにが悪いんだよ?くれるって言うから、もらっただけだぜ?」
「ちょ、え?」
「あの。・・・木崎さん。瀬能さんから、何か、もらったんですか?その旅行券的な何か。」
「ダメだ、この人。私、部長に報告しますからね。」
「え、あ、は?待て。お前達、何いってんの?」
「木崎さんこそ何、言っているんですか?」
「はいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ。横領です。逮捕です。死刑です。」
「死刑ってなんだよ!死刑ってぇぇぇぇ!」
「死刑は死刑だって言ってんだろぉ!」
「有給取って、遊びに行くのに、なんで死刑にならなきゃならないんだよぉぉおおおおお!」
「お前の態度が死刑だって言ってんだろぉお!」
「・・・はい。樫井さんもダメェエエ。」
「お前も死刑だ、バカ!」
「バカにバカって言われる筋合いはないですぅぅうう!」
「ちょっと、二人。・・・ちょっと、待って。話が進まないから。えええ。それで、木崎さんは、瀬能さんから旅行券をもらったんですか?本当に。」
「・・・ああ。そうだよ。瀬能さんが旅行に行けなくなっちゃったから、その分、まるまる損になっちゃうから、だったら、代わりに行きますか?って言うから、行くって言ったんだよ。キャンセルするにしても、キャンセル料もかかるから。だったら、誰か行ってくれた方が、もったいなくないなんて話してて。」
「・・・あの、それで、瀬能さんにお金、払ったんですか?」
「なんで?」
「なんで?じゃないでしょう。」
「だから最初からもらった、って言ってるだろ?もらったの。くれる、って言うから、もらったんだよ、何が悪いんだよ?」
「タダで?」
「そうだよ。」
「そこです。木崎さん。タダでお客さんからもらうのがマズイんですよ。」
「横領ですよ?」
「横領じゃなくて接待になって、賄賂とか、そういう扱いになりますよ。我々、一応、お客さんには平等でないといけない立場ですから。」
「はぁあ?じゃ、お茶とかお菓子は良くて、旅行券は良くないって、理由が分かんないんですけどおおお?」
「・・・お茶もお菓子もダメです。」
「え?」
「え?じゃないよ、樫井さん。」
「いや、幾らなんでも、お茶ぐらいいいでしょ?犬山さんだって、お客さんとこでもらって飲むでしょ?」
「・・・飲みません。」
「あ、これは飲んでるな。」
「飲んでますね。」
「だから飲んでいませんて。そういう仕事なんですから。入社した時にちゃんと言われましたもん。客先でお茶、菓子を飲んだり食べたりすると、贈賄にあたる事があるって。だから、お客さんの物はすべて手をつけてはいけないんです。」
「うわっ、まじめか?」
「普通です。一般常識です。」
「犬山さんとは一緒に仕事できませんわ。申し訳ないけど。ねぇ木崎さん。」
「俺、犬山が怖いよ。人の感情、持ってないのかよ?」
「いやいやいやいやいやいやいやいや。」
「瀬能さんがどうしても、って言うから。俺も勿体ないから、ありがたく頂戴したんだよ。それはさぁ、いつも俺が瀬能さんを世話してやってるからだぞ?ま、瀬能さんも俺に対して、感謝しているって事だな。」
「絶対、思ってないと思いますよ。」
「そんな僻地、何があるんですか?」
「秘境の別荘だろう。それだけでワクワクするし、人がいけない所にあるんだから、都会を離れて、人の汚れを落とすんだよ。」
「人がいない所だから、人が辿り着けないって言ってるんですよ。」
「そこはほら、どうにかなるだろ?だって、瀬能さん自体、そこに行こうとしてた訳だから。」
「・・・木崎さん。あの人は別です。我々とは別次元で生きている人ですから。秘境でも何でもきっと行くでしょう?」
「う、うぅう。まあ、確かに。そんな気はするけど。」
「山の上でしょうからもちろん電車は通っていないと思いますし、車で行くとしても、限界はあるはずです。バスも、期待できる場所じゃないはずですし。あの辺は。まあ、ホテルか何か知りませんけど、山荘でしたっけ?山荘じゃ、歩いて行くしかないと思いますよ?」
「でっかいリュックサック背負って、アイゼン持って、死ぬ気で行かないと、氷の壁は登れないと思うんですけど?」
「氷の壁ってなんだよ?」
「あれ?あの辺りって、豪雪地帯で、万年雪山じゃなかったでしたっけ?氷の断崖絶壁とか、当然の様にあると思いますけど?」
「そうなの?」
「いや、僕、知りませんけど。ただ、寒いだろうとは思います。只でさえ、山の上だろうし。・・・行くなら、しっかり防寒した方がいいと思います。八甲田山みたいにならないように。」
「・・・お前も、俺、死ぬ前提なの?」
「あれあれ。チョモランマ。」
「なんだよ?そのチョモランマって。チョモランマなんか行かないからな。」
「あれですよ?ヒートテックの分厚い奴。チョモランマ。」
「ああ。見た事ある。おやじが裸で山に並んでいる奴だろ?広告で見たわ。」
「裸じゃないです。登山用のインナーですよ?あれ、高いんですよ。温かいっていう噂ですけど。僕、伊勢丹で見ました。」
「伊勢丹で売ってるの?」
「まず、目的地に辿り着けるかどうかですね。生きて。」
「死ぬか、生きるか、なの?」
「普段から山を登っている人間なら行けると思いますが、只の素人じゃ、・・・死ぬんじゃないですか?」
「なんですぐ死ぬって言うんだよ?山荘だろ?・・・向こうが迎えに来てくれるだろ?どう考えても。」
「日本だけじゃなくて世界でも、人が行かないような所に旅行客を集める観光地ありますけど、だいたい、自力で辿り着ける人しか行っていませんね。基本、現地集合、現地解散、自己責任で。」
「ああ。木崎さん。むちゃくちゃ高い、保険、入らないとダメですよ。・・・私、保険、紹介しましょうか?受取人は私で。」
「なんでお前に払うんだよ?」
「だって死にに行くんでしょ?」
「死なねーよ、バカ!勝手に殺すな!俺は、有給を楽しく過ごすの!」
「山の上の方に加え、雪が凄そうなイメージですけど、温泉もありそうな気はしますね。」
「あと、クマとかイノシシにも気を付けて下さいね。食われますから。」
「あのさ、樫井はなんで俺が死ぬ前提で話しているの?おかしいだろ?」
「危険を教えてあげているんですよ。」
「なんでもさぁ、オバステヤマの話の元になった場所らしいんだよ。」
「木崎さん。オバステヤマは長野ですよ。東北ではありません。」
「え?実在するんですか?」
「詳しくは知らないけど、あの手の話っていうの。にっぽん昔話のような話はどこにでもあるけど、オバステヤマで有名なのは長野。邪馬台国とか日本中に、そのいわれがあるから、未だにどこが本当にあった場所なのか定かでないから、オバステヤマにしても、どこが本当のオバステヤマか、説が色々あるんだろうとは思うよ。」
「うわっ、教育テレビかよ?語ってる。」
「しゃべるのもダメなの?」
「だからさぁ、おしんで有名になったじゃん。たぶん、そこだよ。きっと。」
「木崎さん、それ、逆です。おしんは子供が口減らしで売られたんですよ?」
「樫井さん。・・・売られたっていうと人身売買みたいだから昨今はNGだと思うけど。奉公。奉公に出されたの。」
「人身売買でしょ?あんなの。美談で語ってるけど。NHKで朝の連ドラで、小林さんのイメージしか残ってないけど。」
「俺も初めておしん、見た時、人身売買だと思ったね。あんな、かわいい娘、売ってさ。絶対、手ぇ出すだろ?綾子ちゃん。」
「・・・小林綾子は子供時代の役なんで、イメージ強いんですけど、すぐ、交代しちゃうんですけどね。田中裕子に。」
「そんなことはどうでもいいんですよ。」
「ええ?言い出したの、そっちじゃないですか?」
「おしんの逆なんだろ?」
「おしんの逆っていう意味がわかりません。」
「だから、ピン子が捨てられるんだよ。ピン子が。」
「いやいやいやいやいや。話が変わっていませんか?」
「犬山が言いたいのはそういう事だろ?」
「いや、え?・・・うん?」
「だから、オバステヤマの伝説になっている山らしいんだ。」
「木崎さん、そんな、おかしな所に有給取って、行くんですか?」
「おかしくないだろ?オバステヤマだろうが、秘境でさ、山荘の別荘で、温泉だよ。天国だよ。綾子ちゃんも田中裕子もいるんだよ。ピン子はいないし。」
「小林綾子も田中裕子もいないですよ。」
「ゼンステヤマ?」
「全捨てって何ですか?」
「男ばっかり山じゃ、嫌だなぁ。やっぱり女っ気がないと。俺の日頃の疲れは取れないよ。」
「瀬能さんもよく、そんなオバステヤマ伝説の山に行く気になりましたね?何かあるんでしょうか?」
「オバステヤマって、あれじゃなかったでしたっけ?ひっくり返して、ヤマンバになったって話ありませんでしたっけ?」
「ひっくり返して?」
「転じての間違いだとは思いますが、樫井さんの言う通り、ありますよ。オバステヤマに捨てられたお婆さんが、ヤマンバになったって話。話っていうか昔話ですけど。」
「なにそれ?」
「だから、ババアが捨てられたじゃないですか。」
「お前、言い方!さっきから言い方があるだろ?お前だって、そのうち、ババアになるんだからな!」
「私はババアには、なりませんよ。マダムになるんですから。」
「こいつ、ダメだ。」
「だから、ババアが捨てられて、死ぬのを待っていたら、そこを通りかかった若者を、ババアが、弱ったフリして油断させて、その若者を殺して、食った。」
「食った?ババアが?・・・ええっと、セックス的な意味じゃなくて、食事的な意味で?」
「木崎さん。ババアに勃たないでしょ?」
「樫井さん。そこはほら、色々な人がいるから。勃つ人もいるから。」
「あ?そうですか。ま、知らないですけど。・・・その婆さんが若者を食って、それに味をしめて、文字通り、味をしめて、山に迷い込んだ人間を食ったっていう話です。」
「え?・・・そのお婆さん。元気になっちゃったの?」
「元気っていうか、人間を殺して食っている訳ですから、元気どころじゃないと思いますけど。」
「え?怖くない?」
「え?・・・まぁ。怖いって言えば怖い気もしますけど。」
「ババアも死ぬか生きるかっていう極限の状況に追い込まれて、やった事ですから、情状酌量の余地はあると思います。」
「あの、いきなり、裁判?ヤマンバに減刑が施されるの?」
「だいたいそういうヤマンバだったりの話が出る場所は、戦国時代、落ち武者が隠れていた所だったり、合戦っていうか戦争の跡地で、死体の山で、無縁仏を供養した場所だったり、まあ、血生臭い場所だったりするんですよね。だから、そういう人が殺されるっていう逸話が出て来るんですけど。」
「そうなんですね。実際、ヤマンバがいた訳じゃないんだ。」
「いないっていう事も否定できないし、ヤマンバじゃなくても、野盗って言って。山賊だね。野武士とも言うけど。山に隠れて、通る、人間を襲って、家財を奪ったっていう話は幾らでもあるから。当然、女は襲われるし、殺されるし、たまったもんじゃないよね。」
「ヤマンバは野盗だったんですね。それは納得できますね。」
「当然、人が多く死んでいる場所ですから、幽霊の類だったり、心霊現象も多く出るみたいですよ。オバステヤマにしても、ヤマンバにしても、普通、良い話じゃないですから。後ろ暗い話ですから、たぶん、薄気味悪い所ではないかと推測します。」
「はぁ?」
「いや、だって、木崎さん。オバステヤマっていう位ですから、山ですよね。お婆さんを捨てて、帰って来られない様な山ですよ。ヤマンバも山の婆さんと書くくらいで、山に住んでいます。物凄い大きな包丁で旅人を切り刻んで殺して食べると言います。どちらの話にしても共通しているのが、人が行く所ではない、という事です。・・・人間がいっちゃダメな所っていう事です。」
「ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!木崎さん。・・・気を付けて行って来て下さい。」
「ええ?お前、はぁ?・・・さっきまで行くの反対してたじゃん!」
「是非、行ってきて、感想教えて下さいよ。・・・ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ、生きて帰って来られれば。ひゃっはひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」
「あの木崎さん。あの、くれぐれも、向こうの世界から、連れてこないようにして下さいね。・・・憑かれるのは木崎さんだけにして下さい。」
「おい。樫井、犬山!おい!」
「おい、じゃないですよ。木崎さん。有給、しっかり取って、体の疲れを癒してきて下さい。その間、木崎さんの仕事はばっちり、私、やっておくんで。何も心配する事ないですよ?・・・うん。たぶん、もう、会う事も、ひゃひゃひゃひゃひゃひゃはひゃはひゃ」
「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや。待て。待て。待て。」
「せっかく木崎さん。瀬能さんから、旅行のプレゼントを貰えったんでしょう?是非、行使すべきです。」
「お前、さっき、賄賂がどうとかこうとか言ってたじゃないか!」
「瀬能さんのご厚意です。ありがたく頂戴すべきです。僕なんか、まだ、瀬能さんからそんなプレゼントを貰える身分じゃないので。」
「私もそうです。木崎さん。瀬能さんに気に入られているから。・・・ああ。だから。ああ。オバステヤマの山荘?・・・もう、その山荘で殺人事件も起きそうですね。金田一とかコナンに出くわさない様に注意して下さいよ。木崎さん。最初に殺されると思いますから。」
「いや、最初じゃないでしょ?木崎さんは、犯人に仕立てられて殺されるタイプだよ。あと一歩、金田一が気づいてくれたら助かる。木崎さんが死んで、ようやく事件の真相が明らかになる、生け贄タイプだよ。」
「あ、わかる。わかりみ。」
「俺、有給、取りやめるわ。俺、来週、仕事するわ。」
「いや、そんな事しないで。木崎さん。楽しんで旅行に行って来て下さいよ。有給を取り下げるなんてさせませんよ?」
「山荘って、山の恵みが沢山ありますよ?・・・沢山、山菜が出ると思います。中には、食べちゃいけない植物もあると思いますから、気を付けて下さいね。口に入れた瞬間に神経がやられるって話を聞きました。」
「毒?」
「くれぐれもキノコは生で食べないように。もしサラダにキノコが入っていたら、それは、もう、そういう意味ですから。ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」
「だいたい木崎さん。東北の山なんて、密教だとか山伏とか、山岳信仰が盛んで、しかも、霊験あらたかな場所ばっかりですよ。この世とあの世の境で、霊なんて生活の一部みたいなもんだって聞きました。良い霊ばっかりだったらいいですけど。」
「おいぃぃぃぃぃいい!悪い霊がいるみたいな言い方すんなよ!」
「僕は木崎さんに旅行を楽しんできてもらいたいだけです。」
「私も。」
「おい、お前等、ふざけんなよ!」
「僕、新幹線のチケット、取りましょうか?最速で。最速で行きましょう!」
「地獄の底まで一直線ですね。良かったですね。木崎さん。」
「なんだよ、地獄の底ってぇええ!一直線って何だよ!」
「木崎さん。ヤマンバにやられないように、体中にお経、書いておいた方がいいですよ?」
「樫井さん。それ、別の話だから。あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃはっやや」
「あ、そうか、間違えちゃった、ひゃっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃはひゃはや」
「木崎さん。今のうちに記念写真、撮っておきましょう、万が一、最後の写真になるかも知れないから。」
「あ、それいいですね。撮りましょう。撮りましょう。あ、そうだ、木崎さん。もう、黒いネクタイで最初から撮っちゃいましょうよ。手間が省けますから。」
「俺は行かない!断固として行かない!有給は取らない!俺は仕事をする」
「駄々をこねないで下さい。子供じゃないんだから。有給、楽しんできましょうよ。ねぇ?」
「分かりました、木崎さん。木崎さんが有給を取りやすくする為に、僕、前日までに木崎さんの仕事を全部、終わらせてしまいますよ。そうしたら心置きなく、オバステヤマに行けるでしょう。」
「私も手伝います。心配しなくていいですから。後の事はぜんぶ、私にまかせて下さい。・・・ご家族にもちゃんと説明しておきますから。」
「新幹線が脱線したり、飛行機が落ちたり、バスが転落したり、・・・しなければいいですね。」
「やめて下さいよぉ犬山さん。縁起でもないぃぃぃぃぃぃ。でも、憑りつかれている人はそういうチャンスが多いって聞きますね。常にリーチがかかっている状態だとか。」
「楽しみだなぁ。有給。」
「楽しみですね。有給。」
※本作品は全編会話劇です。ご了承下さい。