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たっぷり愛された末姫様の嫁入り

作者: 糸魚樋
掲載日:2025/01/07


 末姫であるアリアランサは周囲にたっぷりと愛されて、たっぷりと甘やかされて、たっぷりと自信の溢れたそこそこワガママなお姫様として育った。

 だがお姫様だったので、お国の色々なアレコレで色々騒ぎに巻き込まれたり、政争のアレコレも含まれてよその国に嫁ぐことになった。


 お姫様であるアリアランサは不満たっぷりであった。

 夫となる男は戦争の後処理をしているとか言って、アリアランサに結婚が決まってから一度も会いに来なかったのだ。

 一度くらいは顔を見せるべきでは?とアリアランサは思ったし、外交官にも言った(なにせ彼女はそこそこワガママなお姫様なので)けれど、結局1年間顔合わせはされないままアリアランサは彼の国に向かうことになった。


 そして国について、周りがおろおろと自分を見下ろしてくることに彼女は大変ご立腹だった。

 騎士が大きいのはわかる。女官もメイドも自分よりも遥かに大きな身体で彼女を見下ろすのである。

 アリアランサはけして小さくはない。

 寧ろ国ではちょっと背が高めかも知れないと言われていた。

 全く、人種の差というものは度し難い。

 そして彼女が今、一番に怒っているのは、夫となる男が自分の前で名乗らずに、挨拶だけしてそのまま素通りしていたことを女官に聞かされたからだ。

 自分を知っていて当然と思っているのか?

 こちとら相手に1年間会えず、人種の違いで女官やメイドの見分けすら出来ずここ数日アリアランサは四苦八苦しているのだ!

 女官も女官である!

 結婚相手を呼び止めるなり挨拶するなり気を利かせられないのか!


 そんな訳でアリアランサは彼女に与えられた部屋に、夫となる男が来るまで立て籠もると宣言して女官たちを追い出した。

 数日しても来ない男にイライラとするし、この国は雨が多く今日も雨が窓の外で降っている。

 自分の髪の毛がうねることにもイライラとした。

 コンコンと部屋の扉が叩かれる。


「アリアランサ姫、入れて頂いてもよいだろうか」

「名乗りなさいな」

「……貴方の夫となるディエゴだ」


 メイドに扇子で扉を指すと慌てて扉を開けに行く。

 窓の外をそのまま眺めているふりをする。


「……姫、挨拶をせずに貴方を数日放ってしまって申し訳ない」

「ええ、私、こんな扱い初めてでした。1年間も会いに来ず、私から会いに行っても会えず、ただの挨拶だけして素通りされていたなんて」

「……仕事が立て込んでいたんだ」


 通りがよく落ち着いた低い声には加点をしてあげてもいいと思ったが、まだ許すまでには心境は傾かなかった。

 本当にこんな扱い初めてだったのだ!

 アリアランサは可愛がられて育ったために自分を蔑ろにされたことなど今まで一度としてなかった。青天の霹靂の如き扱いだ。


「……いや、言い訳だな。全て私が悪い。彼の国での貴方の評判を聞いて、会う勇気が無かったのだ」

「評判?私の?……それは悪口かしら?」

「いいや、美しく気高く愛らしい水晶の如き姫だと。……それに反して私は戦働きくらいしか褒めるところの無い武骨な男だ。貴方と並ぶことに尻込みをしてしまった」


 その言葉に少し機嫌をよくしたのでディエゴの方を向く。

 アリアランサよりも遥かに大きな身体、大きな傷のついた顔、正直、人種の違いのせいで武骨なのか武骨ではないのかなんてさっぱり分からない顔だ。

 だが、大きな傷は気に入った。この傷は覚えやすい。

 数日前に声を掛けていっただけのディエゴを思い出せるくらいに特徴的だ。

 あの時は他の媚を売ってくる人間に比べてしつこくなくて、スマートな男でおそらく優秀な上位貴族なのだろうと思っていたが。

 思い出すとうっかり怒りが再燃してしまいそうだ。


「貴方が私の隣りに並ぶ、その程度で私の美しさが損なわれるとでも?」

「貴方は不快になるかもしれないと」

「聞く前に決め付けるなどなさらないで」


 アリアランサは自分の器が小さいと思われるなど我慢ならない。

 自分の器はそりゃあもう大きい物でなければいけないのだ。

 ディエゴの言葉にプイッと外を向くとフッと笑われる。


「なんですの」

「いや、アリアランサ姫は私が思っていたよりも気高い素晴らしい姫だ」

「当然です」


 ふん、と扇子を広げて口元を隠した。

 素晴らしいからこの国に是非にと外交官たちの満場一致で迎えられたのだ。


「外を見ていたようだが雨は好きか?」

「正直に言うとあまり。大地や植物、生きるために必要とは理解していても、曇り空を見ると嫌になってしまいます」

「そうか。この国は雨が多いから、嫌いなままでも雨のいい部分を見つけて貰えればいいのだが」

「貴方はどうですの?」

「私か?そうだな。服類は濡れると脱ぎ捨てたくなるし、建物が傷むのも早い、書類がしけると文字も書きづらい」


 アリアランサよりも遥かに多く欠点をあげる様子に呆れてしまう。


「貴方、それではいい部分が無いじゃないですの」

「ふふ、そうだな。私は雨の音が好きだよ」


 そう言ってアリアランサの近くの窓を開けた。

 サァサァと響く雨音が大きくなる。

 部屋の空気に水気が増す。


「ほら、聞こえないか?この部屋の窓の外には雨が当たると鳴るように設置した物があるんだ」

「……?この金属音のような物ですの?」

「ああ、雨の重さで金属が鳴るんだ。自然が奏でる音楽は美しいし、聴いていると心が落ち着いてくるんだ」


 雨が音楽を奏でているなど考えたことも無かった。そう言われて耳をすませば確かに水音と金属音が合わさって奏でる音は優しい。


「……それ以外は?」

「ん、そうだな。これは好みが大きく別れそうなんだが、あの石畳を見てくれるか?」


 ディエゴの隣に並ぶとビクリとされる。

 なんなのだその反応は。アリアランサがディエゴを見上げて睨みつけると視線が逸らされる。


「すまない、思っていたよりも近くで見る姫が小さく可愛らしかったので驚いてしまった」


 赤くなった首すじに少し気分がよくなる。


「それならよろしくてよ。石畳はアレかしら?」

「ああ、石畳の上に落ち葉の波が生まれているだろう?私はアレを見るのが好きなんだ」


 落ち葉の波!

 アリアランサからすれば水溜まりの縁に落ち葉が詰まっているな。掃除の抜かりでは?などと思ってしまうのだが、この男はずいぶんと愛らしい見方をするようだ。

 そんな可愛いらしい目線で見たことなど一度としてなかった。そう思ってみれば落ち葉の線を愛らしく感じてしまう。

 アリアランサは驚いてしまった。


「そうね、私には少し分からないようですけど、分かったこともありますわ」

「それはなんだろうか」

「貴方を私、好きになれそうだと言うことよ」


 ディエゴの大きな傷のついた顔を見上げて笑うと、ディエゴの鱗の下が赤く透けてみえた。


「ディエゴ様、それでも私、まだ怒ってますの。1年も放置されたんですもの」

「本当に申し訳ない。今は私ももっと早くに貴方に会いに行けばよかったと悔やんでいる」


 眉を寄せるその様子にアリアランサはふんと鼻を鳴らす。

 そうだ。アリアランサに会う機会を逃すなどと言う、とても勿体ないことをしでかしたのだから悔やんで当然なのである。


「だから、貴方は私を1年は口説いていただかなきゃ駄目なのよ」

「……婚姻は5ヶ月後なのだが、そこまででは駄目だろうか?」

「駄目です!私をちゃんと貴方に惚れさせてくれなきゃ許さないわ!」


 ディエゴは天井を一度見上げて、またアリアランサを見下ろした。


「だが、私は既にこのたった一度で愛らしいアリアランサ姫に惚れてしまった。貴方に触れたいと願う愚かな男を寛大に許してはくれないか?」

「手への口づけならば受け入れましょう」

「姫は戦場であった戦士並に手厳しいな」

「そうよ、私は国で難攻不落と呼ばれていたの。たった1年で扉を開いて差し上げますと私から言うなんて貴方だけなのよ」


 アリアランサは自分のふんわりとした胸を誇らしく張って言った。


「ディエゴ様は戦働きはお得意なのでしょ?城を攻めるのに1年も掛けてしまうおつもり?」

「……全力で挑ませていただこう」


 跪いてアリアランサの指にディエゴが触れた。

 初めてディエゴの目線がアリアランサよりも低くなった。


「ディエゴ様、貴方は大きいですもの、きっと色々な物を見下ろして生活することが多いでしょうね」

「?ああ、そうだな」

「貴方が見上げる女は私、アリアランサただ一人よ。よろしくて?」


 ディエゴのギョロとした瞳が大きく開かれて、瞳孔が細まってからゆっくりと瞳が細められた。


「……私が見上げてきた物は困難や敵ばかりだったが、貴方という輝きがいるのならば、世を見上げて歩くことすら悪くないと思えてしまう。私の得難き水晶、月の如き姫、貴方に会えてよかった」


 アリアランサはその手に落とされた口づけと言葉を麗しい笑顔で受け止めた。


「その通り。感謝いたして」


 アリアランサはこうして蜥蜴人の国の王子の元に嫁ぐことになった。

 後世に残るほどにアリアランサの逸話は多く、彼女はこの国でもたっぷりと人々に末永く愛された。

 アリアランサとディエゴは最期の時まで仲睦まじく、ディエゴがアリアランサを攻め落とすことに掛かった日付は、最も難しい城であったために明かせないとディエゴの筆跡で残されている。


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