最終話:一生解けない魅了の魔法
◇◇◇◇◇
クリスティアーノ様と体を繋げてしまった。奴隷なのに。その場の勢いだったといえばそうかも知れないが、あの瞬間は間違いなくお互いを求めていた。
すやすやと眠るクリスティアーノ様の頬にそっと触れる。
昨晩の真剣な表情や、恍惚とした表情を思い出し、恥ずかしくて彼の胸に顔を埋めると。頭の上からくすりと笑う声が聞こえた。
「っ、起きられていたので!?」
「百面相するヴェロニカを見ていた。そういう顔もするのだな」
柔らかく微笑んで触れるだけのキスをすると、クリスティアーノ様がサイドボードにあったベルを鳴らした。
「えっ、あっ……ちょっと」
苦情を言う前に、ボーナが室内に入ってきて、あらあらまあまぁとキラキラした笑顔で何やら手配を始めた。いろいろとバレてしまった。
「湯浴みしてこい」
クスクスと笑うクリスティアーノ様に見送られ、湯殿に向かった。
ボーナに言い訳をしようとしたものの、おめでとうございますとばかり言われて、何を祝福されているのかわからなかった。婚前でしかも奴隷なのに主人と体を繋げてしまったのに。なぜ、喜ばれているのか。
今回ばかりはイデアの言うように『穢らわしい』が正解のような気もするのだけど。
「あら……クリスティアーノ様にお聞きになってください」
ボーナが苦笑いしつつ、髪の毛を洗い、背中に薬を塗ってくれた。
随分と綺麗になってきたが、傷跡は消えそうにない。仕方がないとはいえ、着るものが狭まるのは少し悲しい気もする。
「あ、これは違ったわね。紛らわしい」
「何が?」
背中に薬を塗り拡げていたボーナの独り言を拾ってしまい、つい聞き返してしまった。
「あっ、いえ……」
「隠さないでよ」
背中に何があるのだろうかと思っていたら、キスマークだと言われた。まだ赤みのある傷を避けて付けているから問題はないのだが、脱衣室は少し薄暗いので見間違えて薬を無駄に塗ってしまったと言われた。
「っ――――!」
そう言われて体の所々に出来ていた赤い斑点の意味を理解した。沢山汗をかいたので、寝ている間に蚊にでも刺されたのかと思っていた。
「ふふっ。大きな蚊がベッドにいますものね」
「っ、もぉ! ボーナったら!」
久しぶりにお腹の底から笑った。涙がでそうなほど笑いながらガウンを羽織っていたら、いつの間にか微笑んだクリスティアーノ様が入り口に寄りかかっていた。
「楽しそうだな? 私も湯を浴びてくる。ヴェロニカ、きついとは思うが眠らずに待っていてくれるか?」
「っ……はいっ」
クリスティアーノ様の柔らかな微笑みに照れてしまい視線を下にずらすと、ナイトガウンの隙間から見える厚い胸板に行き着いてしまい、更に顔が熱くなってしまった。
「ふっ。その顔は狡いぞ?」
「っ!」
顎を持ち上げられ、唇を喰むようにキスをされた。
手伝いに入っていたメイドたちがキャッと黄色い声を上げていて、いまだけは私もそれに混ざれそうなほどに、変に照れてしまっていた。
クリスティアーノ様が戻られるまでの間に、ひと息つきたくて飲み物を頼むと、メイドがお茶を運んできた。
ボーナはいまクリスティアーノ様に付いているので、メイドの誰かしらが持ってくるとは思っていたが、イデアが侍女として付いていた時に、青白い顔をして震えていたアンナだった。
「アンナだったわね?」
「……は、はい」
「これ、毒が入っているんでしょう?」
「っ……入っていません。言いがかりはやめてください…………」
真っ青な顔で瞳を揺らしながら言われても、無理がある。
「じゃあ、貴女が飲んで見せてちょうだい」
「っ……はい」
絶望を顔に乗せて、震える手をカップに伸ばしていた。ゆっくりと持ち上げ、ギュムッと目蓋を閉じたところで、アンナの手からカップを奪い取った。
「クリスティアーノ様、見てるんでしょう?」
「……なんだ。バレていたか」
湯殿に繋がっている扉の方から、妙に重たい空気が漂ってきていた。肌を刺すようなヒリヒリとしたものが。きっと、クリスティアーノ様の殺気のようなものなのだろう。
「飲ませれば、毒が入っているか分かったろうに。なぜ止めた?」
「あら、調べればよいでしょう? 人の命を無駄にせずとも、薬品を突き止める方法はいくらでもあるはずです」
「時間は要するがな?」
確かにそうだろう。だが、ありがたいことに、私に悪意を向けてくる者は妙に分かりやすい。
「待てばいいだけですわ」
「ふむ。待つ間はどうするんだ?」
「今までどおり、お昼寝でもして待ちますわ」
そう言うとクリスティアーノ様がくすくすと笑いながら黒いつややかな髪を掻き上げた。
「では、私はその間に本気で動くとしよう」
一先ず、紅茶に混入された毒物の検出と、アンナの聴取をするそうだ。
自分の命を捨てようとするくらいだ、家族を盾に取られているのではないかと言うと、アンナが泣き出した。父母と幼い妹が帝国で人質になっていて、失敗した際にアンナが死ねば家族は助けてやると言われていたらしい。
それを聞いて、クリスティアーノ様がアンナの保護と帝国にいる家族の保護も手配していた。
「帝国側には私の部下がまだまだ残っている。大丈夫だ」
諸々の手配を終え、やっとひと息つけるとなったとき、クリスティアーノ様が話したいことがあると、言ってきた。
ソファに並んで座り、少しだけクリスティアーノ様の方へと体を向ける。
「私は、何千、何万という人に恨まれていると思う。それだけ戦争をしてきた」
「はい」
今まで誰を屠ろうとも、どんな言葉を投げつけられようとも、心が揺らぐことはなかったらしい。
ただ、お父様が私と国を守るためにした行動に、酷く心が揺らいだのだという。
「両親は早くに亡くなり、私の剣の老師が親代わりだった」
とても冷酷な人でクリスティアーノ様を屈強な騎士に育て上げたそう。強くなり武勲をたて、帝国から抜け出せという遺言を残して亡くなられたのだとか。
皇帝は強いものがとても好きらしい。戦争で一番の功績を出した者には、褒美として落とした国を渡すことが多いとのことだった。
「事前に約束を取り付けていた。だからヴェロニカの父からの申し出を利用するつもりだった」
「でも?」
「君に対する思いや、君の功績を聞いて、興味が出た」
なるほど、だから奴隷商から買ってくれたのか、と納得していたら、違うと言われた。
「え?」
「最初から君を保護する予定だったが、途中で奪われた」
あの奴隷商は皇帝の息がかかった者なのだそう。帝国では、道中で戦争奴隷を仕入れたり、溜まった騎士たちを発散させるための娼婦を連れていくために、奴隷商を同行させることが基本らしい。
誰かが私をそこに入れたのだとか。
「お姫様とは別に裏で動いている人がいるのね」
「あぁ。皇帝のスパイは根絶やしにする」
「まぁ怖い」
それが誰かはわかっているそう。だから、もう少しだけ待っていてほしいと言われた。
全てを整え、私を王妃に迎えたいと。
そこまで思ってくれていたと知り、胸が締め付けられた。
「あら……一人で対処されるのですか?」
「味方は沢山いる、大丈夫だ」
「微力な上に奴隷の身ですが、もう一人いりませんか?」
こてんと首を傾げてクリスティアーノ様の金色の瞳を覗き込むと、目を大きく見開いて破顔された。まるで宝物を見つけた少年のようだった。
こんな顔も出来るのかと驚いていると、ぐいっと腰を抱かれ、熱いキスが何度も降ってきた。
「ヴェロニカが手伝ってくれるのならば、百人力……いや、一騎当千だろう」
「過大評価ですよ」
「それは結果を見て決めよう」
くすくすと笑い、また唇を重ねる。
これから待ち受けるのは、並々ならぬ戦いだろう。
私たちの相互認識は、極力武力に頼らない知力での帝国からの離脱。
奴隷制度を排除し、不当な理由で奴隷になった者たちの解放。流石に明確な犯罪者は司法制度に委ねることにはなるが、非人道的扱いはされないだろう。
今はまだ夢物語だろうが、それを実現させたいと願う者たちがいる限り、私たちは折れるまいと誓い合った。
◇◆◇◆◇
「まさかたった二年とはな」
二人でドサリとソファに倒れ込み、大きな溜め息を吐き出した。
「ふふっ。こんなにも上手くいくとは思いませんでしたね」
「ヴェロニカには魅了の魔法でも備わっているのか?」
クリスティアーノ様が眉根を寄せてそんなことを言うものだから、つい大笑いしてしまった。
私はなんの力も持たない人間だ。
ただ、想いを込めて手紙を書いただけだ。
周辺国、特に帝国に不利な条件で従っている国に対して手紙を書いた。国王だけでなく、主要な役職持ちや各領主に向けて。
まともな法律を作り、各国間で平等な取引を行い、人々が行き来できる国を作りたくはないかと。他国に支配されずに政治を行いたくないのかと。
強い想いは広がる。
瞬く間に各国間で同盟が結ばれ、気付けば同盟は一五ヵ国まで増えていた。そうなってくると、帝国は流石に強気にはでられない。
そうして先日、話を持ちかけたこの国に全ての国王が集まり、協定書へのサインが行われた。
その後、晩餐会も開催したのだが、デボラ嬢を引き連れていまだ強気で出ようとする皇帝に、クリスティアーノ様がデボラ嬢の悪行を暴露し、後日正式な抗議文を提出すると言うと、流石の皇帝も大人しくなり、早々に自国へと戻って行った。
今朝、最後の国が出発し、やっと二人で休息が取れている。
「さて、そろそろ私だけのヴェロニカに戻ってもらおうかな?」
「あら、まだ魅了の魔法にでも掛かっているんですか?」
「あぁ、一生解けないらしい」
クスクスと笑いながら、どちらともなく唇を重ねた。
これからはゆっくりと二人だけの時間を取って、いずれ子どももなんて話しながら、ベッドに移動した。
―― fin ――
最後までお付き合いありがとうございました!
短かったけど、まぁまぁ楽しめたよ! 長編いっぱい書けよ! あの続編どうなった? とかでいいんで(いいのか?)ブクマや評価、感想なんていただけちゃいますと、作者が大喜びしますです!
あ! あと、14日はホワイトデーなんで、某作品の閑話と連載再開予定でございます!
どうぞ、よろしくお願いいたします☆ヽ(=´▽`=)ノ