勝負の行方(2)
帰り道
国道沿いの広い道をゆっくりと歩く
すぐ左側を、車の黄と赤のライトがバラバラに流れ、逆側を細いコンクリートの川が流れている
そんな暗い道路は、何だか淋しげだ
それともそれは、今年の、やけに寒い冬のせいなのだろうか
「カイさん?私の話聞いてます?」
「え?ああ、ごめん。なんだっけ...」
「わ、カイさんヒドっ」
「だから、ごめんって」
片手だけ垂直にして軽く謝る
それに、まどかちゃんは「今回だけですよ?」と笑って頷いた
まどかちゃんとは、駅までは同じ道で、自然そこまで一緒に帰ることになった
早番の日は、大抵こうなることが多い
こうして並んで歩くのが、週二度の俺のひそかな楽しみだ
「にしても、カイさんって案外ドジなんですね~」
「...忘れてくれ。過去の汚点だ」
「過去って、そんな昔じゃないですよ?」
「過去は過去だろ?」
「そうかな?...ふふふふっ」
口に手をあてて笑い出すまどかちゃん
...思い出してるな?
だったら、こっちにだって考えがある
「そういや~今日は、何回皿の割れる音聞いたかな~。新人君?」
「うあ゛」
笑い顔から苦い顔
「...気にしてるのに」
「だろ?だったらお互い、な?」
「は~い...ふふふっ」
って、すぐ笑うし
「...ったく」
思わず溜息
でもそれは、決してマイナスなものではない
むしろ、まどかちゃんを見ていると、穏やかでいて楽しい気分になってくる
週二度だけなのが惜しいくらいだ
「あ~あ...それにしても私って、いつまでたっても失敗ばっかりですよね」
「だな」
「うわヒドっ。もうちょっと優しく言ってくださいよ~」
「俺はまどかちゃんの教育担当だからな。それらしく厳しく言っとかないと」
「もう、いじわるだな~......でもやっぱ、このバイト向いてないのかな?私」
そう言って、まどかちゃんは何もない黒い川を見た
その姿が、俺にはどこか淋しげに映る
「............」
胸が、ちくりと痛んだ
「...そんなことない。少なくとも、俺よりは優秀だ」
「え?カイさんより?」
まどかちゃんは、驚いたように振り向く
「ああ、俺のときなんか、バンバンと日がな一日中皿の割れる音が響いてたからな」
「え?それホントですか?」
意外そうな顔だった
「まぁな...」
そりゃ実際はそこまでじゃ無いにしろ、今のまどかちゃんより壮絶なことになっていたのは本当だ
「だから、気にすることなんてない。むしろ自信を持ったっていい」
「それは、ちょっと...」
「何、皿が割れるのは経費のうちだからな。まどかちゃんが使えるようになるまでの。言わば先行投資というやつだ」
「そんな大袈裟な...」
「いや、そうでもないさ。仕事が出来るようになってくれるなら、そのための失敗なんて安いもんだって」
もっとも?払うのは俺じゃないけどな?とニヤリと笑う
「うわヒドっ...ふふふっ」
「ははっ」
まどかちゃんが笑ってくれると、俺も笑顔になれる
何か...不思議だ
「あ、でもさ。上手くいかないからって、あっという間に止めないでくれよ?その方がよっぽどウツになるからな」
「そうなんですか?」
「そりゃな」
「ふ~ん」
その答えに、まどかちゃんは少し考えるような素振りをして...
「あっ、それってもしかして、私がいないと淋しいってことですか?」
「............」
「もう、私こまちゃうな~。まさかカイさんがそんな私のことを...」
「明日からは、ちぃ~っとばかし厳しくすっかな」
「うわ、何でそうなるんですか?」
「当然だ」
「ちょっとヒド過ぎじゃないですか!店長にカイさんがいじめるって言いつけますよ?」
「うわっ!うそうそ!冗談だって。いやだな~。あははっ」
こんなやり取りも、まどかちゃんといると素直に楽しいと思える
この時間、俺は結構気に入ってる
何故なのかは分からないが、まどかちゃんとは話しやすいためか、気兼ねなく何でも話せる気がするのだ
といっても、どっかの誰かさんの時みたくマシンガントークを連発されることはない
れっきとしたキャッチボールが成り立っている
これはとても重要なことだ
それに何より、まどかちゃんは素直でかわいい
仕事を教える側としては、こういう子だとヒッジョ~に教え甲斐があるってものだ
淋しいってのも、あながち否定できないのかもしれない
「あ...もう着いたか...早いな」
気づけば駅の前
こういう時間は過ぎるのが本当に早い
すると、まどかちゃんは小走りに俺の隣から正面に出る
「じゃあカイさん、また明日ですね」
そして、駅の階段の前で改めて向き合うと俺に軽く手を振った
「ああ、そうだな」
俺も片手を上げながら言う
同時にシフトを思い返すと、確かに明日もまどかちゃんと一緒だったことを思い出す
「ま、明日も今日の調子でな」
「は~い...ふふふっ...」
すると、突然まどかちゃんが口に手を当てて笑い出した
「って、おい何だよ。またさっきのこと思い出してんのか?」
「あ、違います違います。何だか今日のカイさんがおかしくって」
「...やっぱりそうなんだな。そんなに明日は厳しくしてほしいのか?」
「うわヒド、もう~...だから違いますってば~」
両手を振って慌て出すまどかちゃん
「えっとですね?ん~何て言うか...うん。ありがとうございます。なのかな?やっぱり」
「...はぁ?」
唐突過ぎて何の事だか分からない
「...何のことだ?」
「ほら、私を元気付けてくれたことですよ。あれ、嬉しかったですよ?」
かな~り不器用だったですけどね?と付け足して、まどかちゃんは笑いながら言った
逆に俺の方はと言えば、かなり居心地が悪い
「...いや、あれは、そんなんじゃ...」
「あ、照れてる。かわい~♪」
「...うっ」
「あはは。じゃ、おやすみなさい」
「...ああ、おやすみ。気をつけてな」
「は~い」
そんな間延びした返事をして、まどかちゃんは階段を上がっていく
俺は、それを見送りながら妙に照れくさい気持ちになっていた
「キャ―――っ!!階段の下からスカートの中を覗いてる―――っ!!」
「なっ!?」
まえぶれのない、かつ人聞きの悪すぎる言動に、激しく振り返るとそこには...
「チカ――ン!!ヘンタ――イ!!甲斐性なし―――っ!!」
どっかの誰かさんがいた
「てっめぇ...」
こんな時、腹の底から怒りが込み上げてくるのを誰が抑えられるだろうか
少なくとも俺には出来ない
つか、最後のは関係ないだろうがっ!
「よっ!カイさん。お仕事は頑張ってきたのかな~?」
と思ったら、パッと態度を変えて話し掛けてくる無駄口叩きのマシンガンスピーカー
「黙れ。この悪女!てめぇ何でこんなとこいるんだ!」
「うわヒド、なんてこというの~?こっわ~い。あたし~襲われちゃう~」
「だ・れ・の・ま・ね・の・つ・も・り・だ!」
「まぁまぁまぁ。落ち着いて落ち着いて」
「誰が興奮させてると思ってんだ!」
「さぁ?」
「...こいつ」
苛立ちがピークを迎えようとしている俺を見て、ふっふ~んと笑う女
その名をアキ
元高校の同級生で、俺の住んでるアパートの住人でお隣さん
でもって、タダ飯食らいの半居候だ
「ふっふっふ。何だかよからぬことを考えているようだけど、いいのかな?そんなことして~」
妙に余裕のある態度じゃないか
「何がだよ...」
「スクープ!お隣さんが見た、杉宮カイの逢い引き生活!」
突然、アキはカメラを構える振りをした
「お前はどこぞの売れない新聞記者か!」
「んじゃ...」
掌を額に当てて...
「ショック!なんとあの杉宮カイが高校生と密会!?」
「誰が密会なんぞしとるか――っ!」
「杉宮さん。お相手の方には幾らお支払いに?」
「払っとらん!架空のマイクを向けるな!」
「あ、では、もしかして、ちゃんとしたお付き合いをされてる方なんですか?交際は何月から?」
「知るか――っ!!」
もう限界だ
限界超えた!
もうダメだ!
こいつを何が何でも闇に葬ってしまいたい!
「どうどうどう。血圧あがると早死にするよ?」
ガクッ
限界を超えすぎて力が抜けた
「おまえは...」
苦手だ
やっぱりこいつは苦手だ