溜息の理由(2)
「で、トモのやつ、本当にトラベラーズチェックしか持っていかなかったのか?」
「うん、ホント」
「うわ...」
現金なし、ですか...
「それ困りすぎるだろ?」
「うん。すごく困った。ていうか呆れた」
電話越しに溜息が響いた
どうやらアキは、相当に苦労したらしい
アキ
トモの大学の友達
俺も、トモのことで困ったらよくこうして電話をしている
アキは、こういった相談には快くOKしてくれるので、かなり助かっている
「だってね?トモって前調べとか全然してないんだよ?おかしいと思わない?初めての海外なら少しは調べるでしょ普通」
旅行のプランだってほとんど私が決めたし、アキはそう言って愚痴り始めた
愚痴は...こと彼女の愚痴は、となると、余り良い気分はしないものだが、アキの言ってることは結構的確で、たまについ笑ってしまうことすらある
トモには内緒だ
「トルコにはさ、私とトモともう一人の三人で行ったんだけど、その二人ってホントに無計画なの。そのくせ私が決めたプランがお金かかりすぎるとか、そんな場所嫌だとか文句ばっかり言うんだよ?もうマジ勘弁してって感じ」
「へ~、やっぱアキも苦労してんだ」
「そりゃね~。でね?そのトラベラーズチェックの話でもさ。トモは『お母さんがこれ持っていけば大丈夫。って言ってたから』って言うわけ。だからってお金を全然持ってかない方がおかしいよ。ねぇ、そう思わない?」
「ま、確かにな」
「しかもね?お店で使えない度に言うの。『全部お母さんのせいだ~。帰ったらそう言ってやるんだ~』って。私さ『あんた、自分のせいでしょ』って何度もツッコミたくなったわ」
「ハハハハハっ」
らしすぎ
それが、自身に降りかかる可能性もあるのだが
「もう!笑い事じゃないって!でね?一度だけ、『あなたももう22なんだから自分のことは自分でしなさいよ』って言ったの。そしたらトモってば何て言ってと思う?」
「う~ん...さぁ?」
見当もつかない
この俺に分かるはずも無い
「それがね?『一週間前まで21だったもん』って言うんだよ?」
「は?」
何だ?その理屈は
「それって変でしょ?おかしいよね?どう思う?」
「...いや、それは、まぁ、ちょっと」
「でしょ?てか呆れない?私が言ってるのはそういう問題じゃなくて、あなたはもういい歳なんだからしっかりしなさいってことなのよ?それをトモってば、一週間前まで21だったって何?はぁ?何、あんた子供?って感じ」
「アハハっ...」
「とにかくね?トモってホントにそういう子なのよ。これからどうなるのか本気で心配するわ」
...それは確かに
「あ、そういえばさ。旅行中も似合わないサングラス買っちゃってさ~」
「ああ、俺も今日それ見た」
「そうなの?じゃあさ。どう思った?」
「正直、俺の中では無しだな」
「ははっ!だよね~?私、あれ見たとき笑いそうだったよ。てか旅行のときの写真あるんだけど見るたび笑ってる~」
「ハハハハハっ!」
「はははっ!」
笑ってる内容は、シビアに酷かったりすると思う
けど事実は事実だし、笑えることは笑えるのだ
それに、相手がアキであるなら、笑ってることがトモにバレることもない
バレたらヤバいけど...
「っと、ゴメン。私、今日もレポートあるんだ~。だからそろそろね?」
「あ、そうだったか。悪かったな」
「いいよいいよ。じゃね」
「うん、じゃあ」
ツーツーツー...
「ふぅ~...」
携帯を耳から離して表示画面を見る
もう、そこからはアキの声は聞こえない
「はぁ...」
賑やかだった後の溜息
アキ
さっきも言ったがトモの、友達
だけど、今の俺が気になってる子
それこそ、彼女である、トモよりも...
こうして何度か電話をかけて、主にトモのことを相談して、長い時間話して...
そうしているだけで、楽しいと思える自分がいる
時々会えると、もっと楽しかったと感じた自分もいた
トモといるよりずっと盛り上がるし、それにトモに使うような気を使わなくていいのが楽なのだ
「トモの話だと、今アキってフリーなんだよな」
たまに男の話が出るけど、そいつは彼氏ってわけじゃないらしい
名前は...覚えてないけど、確か隣に住んでるとかってことだ
ちょっとそいつがうらやましかったりはする
「でも...どうすっかな...俺」
彼女の友達を好きになる
無い話じゃない
いっそ、コクってみたら...
「............」
と、そこで浮かぶのはトモの顔
いつもそうだ
仕方ないといえば仕方ない
トモだって、少し変なところ抜きで考えれば悪いわけじゃない
悪いわけじゃ...
「はぁ...」
今日ラストの溜息
「寝よ」
自分を言い聞かすように呟いて布団にもぐりこんだ
そして真っ直ぐに上を見る
そこには、いつもと変わらない天井
きっと、これは当分変わらないのだろう
なんとなく、そう思った