溜息の理由(1)
最近、やたらと疲れが溜まっている
一日に何度も溜息をついている自分が嫌で仕方が無い
こうして、ベッドの上に寝転がりながら、ぼんやりと天井と白い電気を見ているときでも何かスッキリしない
別にそれは、大学が面倒だということでも、バイト先で何か問題があるってわけでもない
今の俺が抱えているのはそんなことじゃなくて...要するにプライベートに関わることだ
そして、その疲れの原因の最たるものが...
♪~♪♪~
聞きなれた着信音が鳴り響く
「...トモ」
俺の彼女だ
そして、疲れの原因だ
かと言って、彼女の電話に出ないわけにも行かないので携帯をとってボタンを押した
大きく溜息を吐きながら...
「あ、タカちゃん?」
いきなり疲れがドッと肩から上に乗っかった気がした
「あれ?タカちゃん?どうしたの?」
「......何?その呼び方」
「え?タカちゃんのことだよぉ?」
「いや、だからさ。いつもはタカ、だろ?」
「う~ん。そうだけど、なんかさ?タカちゃんの方がかわいくない?」
かわいくない
つか、かわいく呼ばないでいい
「...頼むから止めてくれそれ。な?」
「え~...」
こっちの方がよっぽど『え゛~』だ
「う~ん。ま、タカちゃんがそういうなら...」
ホント分かってんのかよ。こいつは...
「...ああ、そうしてくれ」
「うん♪あ、それでね?明日のことなんだけど...」
俺の彼女の、トモ
前のバイト先で知り合ってから、もうかれこれ一年になる
最初は、結構軽いノリで話し掛けて...で、同じ時間帯のシフトが多かったせいか、そのうち自然とよく話すようになって...
っていうのが、始まり
ありがちと言えばありがち
見た目そうでもないが、トモはちょっと恥ずかしがりで、バイトで会っている時は、どことなく好印象
ちょっとしたことであたふたするトモは、なんとなく可愛かった
だから、上手くいけばラッキーと、そんな深く考えずにコクった
でも、今さらになって思う
あれは...ミステイクだったんじゃないかと...
約束した時間はAM10:00
時計を見る
現在 AM10:20
相変わらず、時間にはルーズなトモ
いつものこと、と言えばそれまでだが、正直時間くらい守ってほしい
待つ側の人間のことも考えて欲しいものだ
もっとも、そういう俺自身も五分遅れて到着していたりするのだが...
「でもそれは、トモに合わせているせいだな」
なんて、自分に言い訳してみる
意味は無い
むしろ虚しい
基本的に、俺も時間に頓着のあるほうじゃない
こういった待ち合わせでは、俺は昔から時間通りに到着するほうが珍しかった
いつも遅れて『悪い』と悪そうでもなく言いながら非難される、ってのが俺の普通...だった
だからかもしれない
こうして、待つ、ということに慣れない気がするのは...
一年近くトモと付き合っているが、それは変わらない
相変わらず変な感じだ
「ごっめ~ん!」
そうこうしているうちに、トモがいつも通りにやっと到着
「おっせ~よ、って...うわぁ...」
一目見た瞬間、思わず額に手を当ててしまった
最近の疲れのせいだろうか...
慣れているつもりではあったが、目に投影されたものを直視できなかったのだ
しかし、いつまでも目を逸らしている訳にはいかない
恐る恐る視線をやると...
「うっ...」
そこには、口裂け女がマスクを取ったがごとき女が息を切らせながら立っていた
マジ怖えぇ
嘘偽りなく本気でそう思った
具体的に言うと
マジ真っ赤な口紅をベッタリと広めに塗りたくり
あんた何色の肌なの?と問いたくなるくらいに白く顔を染めて
とどめに、最近どっかの芸能人がしていたような覚えのあるけど、彼女には決して似合っていない大きめのサングラスをしている
といった具合だ
あ~...頭痛がする
「ん?どうかしたの?」
「い、いや...その口紅、とか...サングラスとか...」
普段、俺はこういった追求はしない
やっぱ、それって人を傷つけると思うし...
特にトモは辛辣な表現に弱い、そんなデリケートな女の子なのだ
が、今日のこれは、いくらなんでも...
「あ♪どう?似合う?」
いや、そうじゃなくて...
「この前ね?トルコに旅行行ったとき買ったの」
「...そう、なんだ」
自慢げなトモ
いったい彼女は、どこを自慢げに思っているのだろう
旅行に、行った、ことだろうか...
そうであって欲しい
頼むから...
「どう?かわいいでしょ?」
「............」
俺の願いなんて届きゃしねぇ
「ねぇねぇ、どうかな?」
「あ、いや、まぁ...」
お茶を濁したい
何でもいいから濁したい
こんなことなら、やっぱり追求なんてすんじゃなかった
世の中、本当のことが正しいじゃないんだ
しかも彼女的には、これが『かわいい』というのだ
ありえねぇ
ありえねっすよ、いやマジで
まぁ、人によっては『カッコいい』(メジャーには独特)と表現できなくはないが、少なくとも俺には、その格好を『かわいい』とは表現できない
表現するような感性を持ち合わせていない
あ...そうか
うん、そうだ
これはきっと、感性の違いだ
そうに違いない
俺の見えている色が、他人の見える色と同じではないかもしれない、というのと広義的には同義なのだ...多分きっと
「いいんじゃ、ないかな?」
顔が引きつっているのは気のせいだぞ?
「そう?よかった~。タカなら分かってくれると思ってたよ♪」
「ハハハ...」
乾いてないぞ?
「あのね?みんなこのメイク微妙って言うんだよ?酷いよね?」
「え?へぇ、そうなのか...」
よかった
俺と同じ感性の持ち主はちゃんといるらしい
みんな、その言葉が俺を救ってくれた
どうやら俺は正常なのだ
トモと一緒にいると、たまに自分が世間とズレてるんじゃないかって不安になるときがある
でも、今日のところは俺の方が普通のようだ
ホッ...
「あ~...って~とさ、友達にも見せたんだよな?」
「うん」
「...じゃ、アキにも?」
「見せたよ。えっと...アキは『トモが自分で選んだならいいんじゃない』って言ってたかな?」
「...そうなんだ」
ちょっと意外
アキなら大笑いでもしてそうな気がしたのに...
「あっ、やっぱアキが気になるの?」
少しムスッとするトモ
ちょっと慌てる
「そんなんじゃないって」
「ホント?」
「ホントだって」
「そ~お?」
「そ~お」
慌てるそぶりを出さないようにして、ハッキリと答える
いつもはこれで話は流れてくれるが...
「...ま、いっか」
ホッ...
トモは、基本的に疑うってことを知らない。たんらくて...いや
とても純真な子なのだ...そう思うことにしている
そう思ってないと、やっていられない
「じゃ、行こ♪」
「だな」
「あ、そうだ聞いてよ~。さっき言ったトルコ旅行のときね~」