勝負の行方(4)
「え?俺が、正社員に?」
「ああ。どうかな?」
次の日
店長に呼ばれたと思ったら、突然にそんな話が飛び出してきた
「杉宮君は、ここ結構長いし、後輩の指導とかもしっかりやってくれてるからね。私としても上に薦めやすいんだ」
「いや、そんな、でも...」
「確か君は、今年大学を卒業するんだったよね。もう勤め先は決まっちゃってたかな?」
「あ、いえ。それはまだ...」
「そうなの?だったら悪い話じゃないと思うんだけど」
「はぁ...まぁ...」
「で、とりあえず内容とか待遇とかなんだけどね?」
それは、とてもいい話だった
月給22万
休みは調整の必要はあるが週休で一日か二日は貰える
仕事の内容も今より責任も増えるが、それだけやりがいも増える
それに何より、今まで続けてきた仕事を評価されて認められたことが嬉しかった
でも...
「ん~、決めかねるか...ま、確かに急な話だったしな。迷ってるようなら、あと二、三日は待つよ。」
「はぁ...」
「考えて、で、決まったら言ってくれ。色のいい返事期待してるよ?」
「...はい」
その後の休憩時間
俺はロッカールームでいつものようにイスをグラグラと揺らしていた
「...どうして」
どうして、すぐに返事を出来なかったのだろう
そう思った
正社員
未だ内定の出ていない俺にとっては、願っても無い話だ
もしそうなれば、もういらない苦労をする必要が無くなる
給料も、奨学金の返済やらはあるが、それでも十分にお釣がくる額だ。
ホント...何も迷う必要なんて無い...
何にも無い、はずなのに...
はず、なのに...
「はず...か...」
「何が恥ずかしいんですか?」
「って、うわっ!!」
「きゃ!」
ガシャン!!
...またかよ
「...び、びっくりした~」
倒れている俺を見て、自分を落ち着かせるように深呼吸をするまどかちゃん
「そりゃこっちのセリフだって。急に話し掛けんなって...あ~、びびった~」
まだ心臓がバクバクいってるよ
背中もすごく痛いし
「それはお互い様です!というより、あんな危ない座り方をしなければいいんじゃないですか?」
「癖なんだよっ。仕方ないだろ?」
立ち上がって、イスを元に戻しながら言う
「癖って...もう、そういうとこ子供みたいですね。カイさんって」
「............」
子供...
「あ、あれ?」
「............」
「あ...もしかして、怒っちゃいました?」
「...いや、別に」
「やっぱり怒ってる...」
「そんなことない。んなことで怒るかよ...ただ...」
「え?ただ、なんです?」
「...........」
「カイさん?」
「...いや、何でもない。驚かして悪かったな」
「え?はい...」
「それより、今日はもう上がり?」
「あ、はい。カイさんは?」
「俺はまだだ。今は休憩中」
「そうだったんですか。あっとそうだ。カイさん、おめでとうございます!」
「は?何がだ?」
また唐突な
「何って、聞きましたよ。カイさん正社員になるらしいじゃないですか」
「...誰からそれを?」
「誰って言うか、今みんなこの話で持ちきりなんですよ」
「そう、なんだ...」
「やっぱすごいですね。教わってる者として鼻が高いですよ?」
「...そうかな?」
「そうですって」
「............」
「...カイさん?」
「...あははっ。そっか、やっぱすごいか~」
「はいっ。そりゃもう!」
「なら、張り切っちゃおうかな!」
「はい!...あ、そういえば、もし正社員になったらどうなるんです?やっぱ別の店舗に異動ってことになるんですか?」
「ん?あ~、それはどうかな?店長の話だと基本的にはここって話だけど」
「あ、そうなんですか?良かったです。それなら...」
「え?」
「あ、いえ。何でもないです。ただほら、急に教わる人が変わるのも何かちょっとな~って感じだし、カイさんっていい人だし」
「そ、そうか?」
「ええ。それに~、正社員ってことは給料が増えるってことですよね?だったらその時はオゴってもらうの期待できるかな~って」
「おい!結局それが目当てかよ」
「あははっ。私、何でもいいですよ?あ、でも、どうせなら高いものがいいかな~?」
「まどかちゃん遠慮なしだな...というより、どっちかつ~と、俺のお祝いの方が先じゃないか?」
「あ、それもそうですね。だったらカイさんのお金でパァ~っと派手にやっちゃいましょうか?」
「おいこら!だからなんかおかしいぞ!それ!」
「ははははっ。そうですね♪」
「...ったく」
その後も、いつも通りにまどかちゃんと楽しく話した
最後に「何か、プレゼントでも用意しましょう」なんて、嬉しいことも言ってくれた
他の連中も、まどかちゃんと同じように俺の事を祝ってくれた
それは、素直に嬉しいと思える
でも、何なんだろう
自分と周りに、すごく大きな温度差がある
当の俺なんかよりも、周りの方がよっぽど盛り上がっている気がするほど...
何だか、変な感じだ
「はぁ...」
家に帰って、すぐさま床に寝転がる
時刻は午後11時半
帰りはいつもの時間だが、今日はいつも以上に疲れた
正社員のことで無駄に気を張ってたせいだろうか
「床...冷たいな」
外で冷えた体がさらに冷えていく
このまま寝てしまったら、さすがに風邪を引いてしまうかもしれない
「そうすりゃ...明日は寝てなくちゃいけない、よな」
でも、体を動かす気がしない
何もかもが億劫だ
「はぁ...飯...どうしようか」
面倒だ
「カップ麺、まだあったっけ?」
ピンポーン
「あ?」
カップ麺が無いことを思い出したとき、タイミングよくインターホンが鳴った
「...どうでもいいや」
居留守を決め込む
どうせ大したことじゃないだろう
「もういいや。寝よ」
ドンドンドン!
ドアが乱打される
ドンドンドンドンドン!!
耳障りな金属音が部屋中に響き渡る
てか、近所迷惑だろうが
「あっけろ~!居留守すんな~!」
「あ゛?」
「いるのは分かってんだぞ~!あけなさ~い!」
「............」
「警告する!杉宮カイっ!君は完全に包囲されている。手を上げて大人しく出てきなさい!」
「............」
俺ん家の外にアホがいる
「おら~!さっさと金返さんと鼻の穴から手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わしたるぞ。コラ~~!!」
今度は借金取りかよ
「裏のドブ川に放り込まれてヘドロまみれになりたなかったら、とっとと出てこんかい!このダボが~!!」
エセ関西弁風味
「ひっくひっく...お兄ちゃんが開けてくれないよ~。寒いよ寒いよ~。私凍えて死んじゃうよ~」
レパートリーが豊富だな
「って、いつまでやってるつもりだよ。あのバカは」
仕方なしにダルい体を引きずってドアを開く
するとそこには、膝を抱えて座る大根役者がいた
「あっ!お兄ちゃんが開けてくれた~」
「いや、それもういいから」
そもそも、コイツは恥ずかしくないのか?
「あ~。恥ずかしかった。カイってば開けんの遅すぎ、変質者と間違われたらどうしてくれんのよ」
一応、自覚はあったんだな
「じゃ、早速お邪魔するわね」
「ああ、分かったよ......って、何も無かったかのように上がりこむな!!」
「うわ~っ。何にも無いねこの家」
もう上がってるし
しかも冷蔵庫勝手に漁ってんじゃねぇ!
「おい、アキ!何さらしてんだお前は!」
「あ、店員さん?今日のお勧めは?」
「は、はい。今日ですね...ってなにやらすかっ!」
「はははっ。板についてるね~。べったりと~」
「この...」
拳を作って震わせる
「まぁまぁ、それよりほら。一杯やろうよ」
その手には、昨日と同様ビニル袋がぶら下がっていた