5. 瑠璃
「玉鬘様の御成です」
六条院・夏の御殿に、新たな姫君が現れた。
かつては夕顔と呼ばれた、光源氏の恋人の娘姫。
瑠璃の君改め、玉鬘の姫君だ。
お付きの四人の侍人が寝殿を一礼してから去っていくと、彼女のもとに、光源氏と花散里が徐ろに歩み寄る。
「六条院へようこそ、私がここの主、光源氏だ」
「夏の御殿の主、花散里です」
「よ、宜しくお願い致しますっ!!」
優美な顔立ちとは裏腹に、声は幼く愛らしかった。
しかも、すごく緊張しているのか甘噛気味だ。
光源氏と花散里は、「緊張しなくていい」と彼女を落ち着かせ、女房たちに目配せをする。
すると、後ろに控えていた女房たちが、一級女房を筆頭として頭を下げる。少し離れて見ていた一級女房・鴇も合流して前に出る。
「夏の御殿の女房のみんなよ。納言、いらっしゃい」
「はい」
玉鬘を担当することになった一級女房・藤大納言が、玉鬘の眼の前に屈む。
「担当を預かりました、夏の御殿一級女房の藤大納言と申します。以後宜しくお願い致します」
ド緊張の玉鬘と違い、慣れているのか大人の余裕を感じる。
「この夏の御殿には、私と貴女、そしてもう一人主がいるの」
「私の息子、夕霧だ。今はここで暮らしていないが、ここの御殿を里邸とさせている。時々帰ってくるだろうから、仲良くしてやってくれ」
もう一人の主夕霧は、元服後に六位まで落とされ(本来なら四位が妥当)、現在は勉学に励んでいる。
その夕霧には、両思いの姫がいるとかいないとか…
説明が終わり、仕事で忙しいという光源氏は夏の御殿を後にした。それをきっかけに、緊迫した空気が一気に緩む。
ただひとりだけまだ緊張が溶けていないものがいた。
「玉鬘さま、西の対を案内します、着いてきてください」
藤大納言は、まだ固まってしまっていた玉鬘にそう声をかける。
藤大納言が去ろうと歩き出した瞬間、藤大納言の後ろで鈍い音がなった。
彼女が振り返ると、玉鬘が思い切りずっこけていた。
しかも、自分の袿を踏んで、だ。あまり新人でもしないコケ方に、つい女房たちは吹き出してしまう。
玉鬘は顔を真赤にして、藤大納言の手を借りて、そそくさと昼御座を去り、西の対へ向かっていった。
「かっこよかったなぁ…」
「まだそれ言ってるのね」
笑いが残るその場で、廂へ移動した若苗はまだ光源氏の笑顔が頭に残り続けていた。