4. 月光
彼が昼御座に入ってきた途端、その場にいた女の全てが彼に見惚れたであろう。
その美貌を持つ「光る君」こそ、華の六条院の主人・光源氏だ。
「花散里、玉鬘の出迎え同行させてくれ」
女房達が一斉に黙り込んだその場に、彼の声が響き渡った。
彼に動揺もせず、むしろ来るのが遥か前からわかっていたかのように「勿論ですよ」と答える花散里の様子を見て、若苗は自分との格の違いを見せつけられたような気分になる。
「ありがとう、じゃあ少し居座らせてもらうね」
彼の声を合図に、周りの女房はそそくさと動き回る。座る場所を確保し、衣裳を整え、花散里に手を貸し、そして夫婦二人の機嫌を取れるように全力を尽くす。
「夏の御殿もいいね、風が凄く気持ちがいい」
「でしょう? 女房の子達もみんないい子なのよ」
二人が話している区域だけ別次元に見えるほどの威厳と華やかさだ。
花散里は正直言って、光源氏に見合うほどの美貌を持った者ではない。寧ろ平凡顔である。それでも彼女には、光源氏を虜にさせる理由がある。
彼女は来年で齢三十四、一方光源氏は来年で齢三十六である。多数の恋人を持ち、さらに彼女たちは大きく年下である彼からすれば、距離感が近く、一番安心できる存在なのだ。
「光源氏様…綺麗…」
若苗は必死に動き回る女房を尻目に、花散里とともに鈴のように笑う光源氏を、恍惚と見つめていた。
「罪な男よね、ホント」
その横で、鴇は決め台詞をドヤ顔で吐き捨てる。
「あの美貌…あの笑顔…」
「あちゃー、こりゃあカンペキに惚れちまってるね」
鴇は掌を天井に向け振れば、光源氏を見つめ固まる彼女を横目に見て、そう溢す。
光源氏の魅力は、その圧倒的な容貌に加え、その人間性にある。最初こそ、彼は女たらしのろくでなしと言われたようなものであったが、今では評価は寧ろ真逆である(女たらしは変わっていないが)。
今では超人とも言われた者の人間らしさとのギャップも良い。しかしそれらの評価の中には、豊かな生活への羨望も含んでいるのだろうが。
そこに、牛の足音や人の話す声、牛につけられた大きな鈴の音が聞こえてきた。
御殿の門が開かれ、五人ほどであろうか、揃った足音が御殿内に響き渡る。
「玉鬘様の御成です」
透渡殿を通り、侍者四人が入り口付近へ並ぶ。そして奥から入ってきたのは、美しい裏山吹の衣裳を身に纏った、少し小柄な姫。
姫が顔を上げると、そこに溢れたのは、無意識に出た愛慕の息であった。