17. 夢幻
「おきてー!」
懐かしい声がする。
「おきてってばー!」
「仕方ないよ。お姉ちゃん、昨日遅くまでお稽古してたのよ」
鳥の歌声が、鼻を通り抜ける清々しい空気が懐かしい。
えもいわれぬいい気分で、瞼を開いた。
「あ、おきた。おねえちゃん、今日はおひるから神社にいくんだって、まえから言ってたでしょ!」
「うん…。あ、ごめん。すっかり忘れてた」
寝ぼけたゆきの膝の上には、やんちゃ盛りでたくさん暴れたのか、きれいな着物を着崩した末妹のつゆ、そしてそれの世話を請け負う三女のはながいた。
昨晩は雪が降ったのか庭には少し雪が積もっていて、草木は雫を滴らして首を曲げている。
「大ねえちゃんとお母さんはあさ早く出ていったよ」
「つき姉は巫女長さんだから、今日舞を披露する巫女さんのお手伝いに行ったのよ」
つゆはご機嫌そうに、くるくるとした髪を振り乱しながら勢いよく立ち上がると、ゆきの腕を引っ張って起こそうとするが、力が足りずにひっくり返ってしまう。
はなは笑いながら彼女を起こすと、そのまま涙目のつゆを背に担ぎ、振り返って言った。
「ゆき姉、お昼ご飯持ってくるから、それまでに着替えといてね」
「うん、ありがとう。はなも大きくなったね」
「そんなことないよ、いつも通り」はなは目を丸くして、ふっと笑って去っていった。
ゆきは、大きく伸びをする。決して大きな家ではないけれど、彼女の家には三つのスペースがある。そこを居間、四姉妹の部屋、父の部屋として分けて使っている。
母は居間で生活をしており、長女つきが太郎さんと結婚してからは、ゆきとはなが母の手伝いをしている。
ゆきは着古した青色の着物に腕を通す。冬の冷たい風が体を通り抜け、身震いする。
三人は、手を繋いで神社に向かった。
「大ねえちゃんは今日、おどらないの?」
「おどらないよ。若い巫女さんだけがおどるの。去年はゆき姉がおどってたでしょう?」
「わかいって、どれくらい?」
「うーん、だいたい十五歳までかな。つき姉はもうはたちだから」
二人の会話を見守りながら雪道を歩いていると、神社の鳥居の下に両親と姉が立っているのが見えた。
つゆは嬉しそうに走り出し、母に抱きつく。母は笑ってつゆを撫でて、こちらに手を振った。
「あら、ゆき。竹さんは?」
「竹さん?」
母あやめは戸惑ったようにゆきの顔を見つめる。ゆきはそれまで、自分の意思に反して反射的に言葉を返していたものの、この時だけ妙に言葉が出てこなかった。
妹たちやつき、父もこちらを見つめている。ゆきは何も言うことができずそのまま立ちすくんでいる。
そこに大柄の男性と老夫婦がこちらへやってきて、家族は頭を下げ、ゆきも反射的に頭を下げる。
「ゆき姉、竹さんだよ。隣の隣に住んでる」
はなはゆきの袖を引っ張り、小さな声でそう言う。
ゆきは強張った顔でその顔を見るが、竹と言われたその大きな肩幅の男性は、こちらを嫌悪感の帯びた目で睨み返す。
両親や妹、老夫婦は談笑しながら離れていってしまい、その場には二人だけが残される。
「行くぞ」
ゆきの白い腕を竹はその大きな手でガッと掴み、二人で鳥居をくぐった。
舞が始まり、竹は人混みの後ろの方でそれを見ていた。その後ろにはゆきが立っている。
ゆきは家族の方を見つめて、寂しく俯き、竹には目もくれず舞に目をやる。
一人、翠色の髪が映える舞姫がいる。赤に白の差し色が入った衣装を着て、鈴を鳴らしながら美しく舞っている。
彼女は静かにこちらに目を寄せる。
髪よりこっくりと暗い緑色の瞳が、引き込まれるように美しい。ゆきの意識はその目へ吸い込まれていくようである。
鈴の音が頭に響く。
視界は、人に囲まれたあの舞姫に移ったようだ。鈴の音に合わせてゆっくりと、体に染みついた伝統の舞を舞う。
奥の方に、先ほどの男がいる。
その後ろにいたのは、死んだ目をしたゆき自身の姿なのであった。




