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12. 書翰

先に足早に戻っていた菫が内容を伝えたようで、優しく微笑む花散里と鬼の形相の鴇が、昼御座に戻ってきた若苗を迎えた。

「…縁談って、本当?」

鴇は怒りを抑えきれぬまま、そのままそれを撒き散らすようにして若苗に(にじ)り寄る。

「本当も何も、それは…」

「本当…???」

言い逃れしようとする若苗を逃さない鴇の目は、赤く血走っているように見える。若苗は鴇のその様子を見て、これ以上逃げるのは無理だと腹を括って正直に答える。

「…本当です。父が紹介したい人がいるとの話でした」

「はいはいそうですかー。それは大変喜ばしいことでーございますねー。」

鴇はその顔を一気に顰めて、貼り付けた作り笑顔でそう吐き捨てれば、不機嫌そうに花散里の隣へ戻って行った。


「まあまあ、そんなに怒らずに。若苗ももう十七なんだから」

「四つ下の、しかも若苗に負けるのが気に入らないんです」

不貞腐れて花散里に縋る鴇は、いつも気を引き締めて強気でいる彼女と違って、なんだか年相応の女性のように見えた。


「全部聞こえてる…」

「ま、鴇さんはタイミングを逃しちゃった感じだからね。いつか相手見つかるといいけど」

菫は庶民の出だからかそう言う話は殆ど聞かないが、年頃なこともあり完全にないと言うわけではないだろう。

のちに藤大納言も加わり、珍しく昼御座が恋バナで盛り上がった朝なのであった。



翌日。昼に若苗が廂で目を覚まし、出仕に向けてある程度身だしなみを整えているところに、卯花事件の時の付きの女房がやってきた。

彼女は夏雲(なつぐも)という、花散里の奉仕を役割とする三級女房だそうで、齢十八の先輩女房であった。

彼女は桃の枝に添えられた文を若苗に届けにきていた。今日の朝に父の従者の方から届けられたそうで、その時もやけに厳かにやってきたのだという。正直少し恥ずかしいからやめて欲しい。


文はやけに淡白な内容で、「彼が齢十九で式部少丞であること」「役職柄父の下でよく働いていること」「周りからは千草少丞と呼ばれていること」だけが記されていた。そして最後には、「貴女のことを教えてくれませんか」とだけ書かれていた。

「見合い相手に向けての文らしくないですね」

横から文をのぞいていた夏雲が小さく溢す。恋沙汰に疎い若苗は、つい素直に問う。

「そういう文って本来どういうものなんですか?」

「詳しくはないですけど、一般的に言われる『恋文』となれば、『あなたに会いたい』だとか、そういう甘い内容を想像したりするじゃないですか。あと、紙の色や香りを拘ったり、添える花を工夫したり」

確かにそういう目で見てみれば、紙もそれほど派手な色でもなく香りも特にこだわっている様子もない。筆跡にも大きな特徴を感じない、無難な字だ。


若苗と同じで、相手も「結婚」ということに対する納得感や実感が薄いのだろうか。もしや意中の相手が既にいただろうか、それならすごく申し訳ない。

今の所放っておけば消滅してしまいそうな関係だがどうしたものか、と頭を抱える。その様子を見て夏雲は心配したように「どう返されるんですか?」と問いかけてくる。


記憶を巡らせる若苗の頭に、いつか花散里が話していたことが浮かんできた。

『若い頃、光源氏さまが久しぶりに訪ねてきてくれた時の短歌は、今でも覚えているわ。私とあの方の繋がりを体現しているようで、なんだかずっと心から離れないのよ』


「…私には、正解がわかりません。でも、最善のことはします」

若苗は少し悩んだもののそう言い切り、自分のことを書いたのち、短歌を入れて送ってみることにした。

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