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9. 花殻

「何なんですかあの新入り!」

菫は鳳仙花(ほうせんか)のように赤い頬をさらに赤くして、威嚇でもするかのように、主張の強い黒方の残り香を吹き荒らした。その様子を見て、花散里と女房は困ったように顔を見合わせるが、やがて面白く思えてきてつい微笑んだ。

「悪い子じゃないと思うのだけれど…。すごくプライドが高いみたいで」

花散里は子供に接するようにして菫を宥める。

「そう言っても、流石に失礼がすぎます。あの若苗でも最初はもっと頭が低かったんですよ!」

「どういうことですか」

「若くてちょっと偉いからって調子に乗ってるのよ、ぜったい」

地雷を綺麗に踏み抜かれた菫は愚痴モード突入である。細い腕をがしっと組んで少し乱暴に座り、彼女に対抗するようにふんっと鼻を鳴らす。


「ここだけの話ね」

花散里は周りを少し見回してから、声を沈めて言う。話題も話題であるから場の空気も張り詰め、三人は花散里を囲むように座り直した。

「彼女、本当は入内する予定だったの。御父上がご立派な方で、美しくて年も若いから、期待されていたみたいなんだけれど、…色々あって取り消されてしまったらしいわ。御父上が源氏の君とも面識があったから、源氏の君の計らいでここへ迎えたのよ。彼女はおそらく傷心しているだろうから、気にかけてあげてほしいと…」

花散里は一言一言、言葉を紡いでいく。

端的に言ってしまえば、訳ありの御偉いさんということだ。後宮から溢れてしまった妃候補を女房として迎えられる源氏にも脱帽であるが、それを自身の御殿に受け入れられる花散里の寛大さも素晴らしいことである。




「戻りました」

張り詰めた空気の昼御座に、事故防止のために御遣いへ行っていた鴇が帰ってきた。三人は咄嗟に姿勢を正して、何事もなかったかのように出迎える。

「紫の上さまからのお返事の文と、青柳からの贈り物です」

鴇は隣の下女が持っていた小さな桐箱を横に置かせると、一礼して花散里にそれらを差し出した。

「青柳…まだ覚えていてくれているのね」

「青柳って、あの」

若苗の脳裏には、春の御殿で出会った青みがかった黒髪が映える綺麗な顔立ちのあの女房が思い浮かんだ。羽衣に付き纏っている大きな声の彼女。確かに、昔花散里に仕えていた…と言っていたような気がする。

その桐箱を開けてみると、中には薄手の紗の袿と文、そしてその上に数輪の花が添えられていた。袿は爽やかな翡翠色で、素材が薄いので日の光をよく通す夏仕様になっていた。

『元気でいらっしゃいますでしょうか。長らくお会いできていませんが、会える日を楽しみに毎日頑張っています。春の御殿に行ってからは、業務も昔とずいぶんと違って苦労することも多いですが、ご主人と周りの皆のおかげで何とかやっていけています。』

文には滑らかで美しい字で、花散里への感謝と日頃の苦労について書かれていたようで、花散里は子の日記を読むかのように、母の面持ちで読み進める。

若苗もそれを覗き込んでみると、確かに文章上での品と落ち着きぶりには「花散里の女房」という面影があるように感じられる。


「…よろしいですか?」

鴇が箱を下げさせようとしたとき、花散里は思い出したように箱の隅に置かれた花を取り出す。

「あ、…取り替えてきましょうか」

それは三輪の卯の花で、日の光を浴びなかったからか頭をこっくりと曲げて、花殻(はながら)になってしまっていた。花散里は「大丈夫よ」とだけ返し、しばらくの間何も言わずその卯の花を見つめる。

「…満足だわ。ありがとう鴇」


若苗は無意識に、萎れた卯の花を、零れ落ちたあの妃と重ねてしまった。

咲き誇った花は日の目を浴びなくなればすぐに枯れてしまうように、彼女にもそんな花殻と同じような寂しさや悲しさがあるように感じてしまったのである。

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