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4. 裳着

頭中将は普段から、式典などに出席するときもわざわざ早くやってくるような性分ではないが、今回の娘の儀式に関しては、なんだか心が先走って屋敷を早く出発してしまった。


絢爛豪華に彩られた儀式の会場を見渡すと、頭中将はただの養女の儀とは思えなかった。相当の好意がなければこれほどまでにしてくれるものではない、とありがたくも思いながら、また風変わりなことをとも思う。


「大納言さま!羽衣さま!」

春の御殿へ続く廊下で、衣裳を運び込む藤大納言と羽衣を呼び止める声があった。声の主は春の御殿・御匣殿(みくしげどの)の若女房であった。

「姫さまの釵子(さいし)が…破損したみたいで!」

彼女は息を切らしながら顔を真っ青にして、声を張り上げる。釵子は、貴族女性が髪を結い上げる時に使う(かんざし)の一つである。裳着の儀では、大人となる姫が初めて髪を結い上げ、()をつけた正装になる。つまり釵子は裳着には必須の道具である。

「釵子…それは…」

「参加する女房以上の量があるかどうか、ですね」

不安を顔に浮かべる藤大納言に対して、羽衣は意外に冷静でいた。羽衣は「失礼します」とだけ残して探しに駆けていった。


春の御殿の塗籠(ぬりごめ)へ駆け込んだ羽衣は、すぐさま重ねられている箱を漁り出した。塗籠は、御殿の中にある壁に囲まれた小部屋で、寝室としての使用や物置としても使われている部屋であるが、羽衣は御匣殿に置いておけない小物などを箱に入れて置いていたのである。

「釵子なんて…あるかな、ここになかったら御匣殿のところへ…。でも数が足りるかどうか」

暗い塗籠の中で、羽衣はかなり長時間釵子を探し続ける。時間が経てば経つほど、儀式の時間が追いかけてきていることに焦っていく。

「あった!!」

羽衣は一番下の箱の、腕がギリギリ届く位置に覚えのある簪を見つけた。急ぎで簪を取り出して立ち上がった羽衣は、自分の裾を箱に引っ掛けて、強く転んでしまう。

羽衣の頬は己の涙で溢れかえる。足の傷がジンジンと痛む。しかし羽衣は一つ深呼吸をして、立ち上がって走り出した。


春の御殿・寝殿に設置された、屏風で囲まれたスペースに、藤大納言と御匣殿の女房たちが準備をしていたところに、目を赤くして息を切らしながら簪を運んできた羽衣が飛び込んでくる。

「釵子…です、古かったはずですが、しっかりとした本物…です」

「羽衣さん!」

藤大納言はあまり無理をしすぎないような性格だと思っていた羽衣が必死に走ってきていたのを見て、何かの成長を感じるとともに、指揮者としての責任を感じさせられた。



亥の刻(午後九時ごろ)になって、頭中将は御簾の中に通された。

型通りのしつらえは元より、会場に設置された座敷の中で、一際目立つ頭中将の席が目に入った。彼の席は、特に豪華に飾り付けられ、多くの肴が用意されていた。

灯火は普段より明るくなっていて、娘の顔が少し見やすくなっていて、頭中将に対する気遣いが感じられる。

玉鬘は、薄緑色の破菖蒲重ねの袿や上着に、髪は平額と呼ばれる飾りをつけて釵子で固定されている。頭中将は震える手で薄縹色の裳を取り付ける。とにかく晴れ姿の娘を見たい会いたいと思うものだが、「今宵は二人の関係を明かしていない状態だから、裳を結ぶのみにとどめてほしい」と源氏に言われている以上、虚しい思いを抱えて涙を堪えきれない。


裳を取り付け終わり、そのお披露目も終わったところで、頭中将は源氏に話しかけた。

「言葉に言い表せない感謝の気持ちもあるのですが、どうして伝えていただかなかったのかというお恨みも申し添えざるを得ません」

頭中将は、少し卑屈そうに源氏へ目をやる。


『うらめしや 沖つ玉藻を かづくまで 磯いそ隠れける 海人の心よ』

(恨めしいことだ。今日裳着の日まで隠れて打ち明けてくれなかった心よ)


頭中将は堪えず涙ぐむ。玉鬘が式場のこともあり、晴れがましくて返歌できない様子を見て、源氏は代わって言う。


『寄辺なみ かかる渚に うち寄せて 海人も尋ねぬ 藻屑とぞ見し』

(寄る辺がなくこのような私の所に打ち寄せたので、誰も尋ねてくれない藻屑だったのですよ)


と、「無体なお話です」とも答える。そうすると、頭中将は苦笑して「ごもっともです」と答えると、やがて裳着の式も終わり、頭中将も退去していった。


その裳着には、親王以下の来賓も多かったが、頭中将が御簾に入って相当経った頃、何があったのだろうと疑問を思うものもあった。頭中将の息子たちや女房たちの中には、薄々気づいているものもいた。

源氏は頭中将に、「これからこのことは世間の批判なども集まらぬよう慎重にしていきたい。あなたのところでも私のところでも言い騒がれるのはなかなか迷惑するものですから」と伝えていた。それに対して、頭中将は「あなたのご意志に従います、ここまで育てていただいたのも、前世の因縁でしょう」と答えるのであった。


内大臣への贈り物は、愛娘のためにこの上ないものを用意した。 しかし大宮の病のこともあるので、大袈裟な管弦遊びなどはしなかったのであった。

蛍宮は「もう裳着も終わって、結婚を引き延ばす口実もないのですから」と熱心に源氏に伝えたが、「陛下から宮仕えにお召しになったのを、一度御辞退したあとで…。ともかく尚侍として勤めさせることにして、そのあとでまた結婚のことを考えたいと思う」と源氏は返した。


「玉鬘をほのかには見たが、もっとはっきりみたいものだ。どこか欠点があれば、こうまで盛大にもてなすことはしないだろう」

頭中将は、かえってあの娘をじれったく恋しく思うのだった。

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