2. 門出
玉鬘の裳着(今で言う女性の成人式)は、吉日に行われる。正月が終わり、夏の御殿ではその準備に追われていた。
裳着の儀の日には、贈り物が送られてくるであろうから、それを受け入れる準備をしたり、当日に使用する衣装を選定したりと結構忙しい。
夏の御殿の女房たちは、姫の門出を盛大に祝うために相当気合が入っていた。
今回の準備の指示を行う主軸は、玉鬘の側近・藤大納言となっている。彼女は十年以上この職を貫き通している上、小さい頃から花散里に仕えていることから信頼もある。
「藤大納言さん、これが萌黄で、これが女郎花ですね。ちょっとこの衣は色が褪せてきているので、もし使用されるなら早めに伝えて欲しいです」
「そうですね、これはいつから使ってらっしゃるんですか?」
「これは確か、結構前から…。それこそ…」
衣装は夏の御殿が所持しているものもあれば、足りないものや新しいものを準備するために、光源氏経由で春の御殿の御匣殿の力も借りている。
「姫さま、光源氏さまです」
夏の御殿・西の対に住む玉鬘の元に、春の御殿から帰ってきた藤大納言と共に、光源氏が久しぶりに訪ねてきた。源氏は正月の宴が終わって少し気が抜けたのか、浅紫の直衣をゆったりと着こなして、人懐っこそうに微笑んで手を振っている。
「年末に頭中将と共に呑んだのだけれど、その時のお話を少ししたくて」
源氏は座ってその言葉をきっかけに話し出した。
「大宮さまの元へ行かれたとお聞きしましたよ」
「ああ、その後宮さまが頭中将とその息子たちもお呼びになってね。その時に君のことも話したんだ」
玉鬘は去年の正月に源氏から贈られた山吹の衣を着ていて、あどけなく口元を袖で隠して話を聞いている。その様子を見た源氏は嬉しそうに頬を緩めて話を続ける。
「夕顔がいなくなってからずっと残念に思って探していたんだそうで、中将は泣いて喜んでいたよ。腰結も引き受けてくれるそうだ」
「手厚いお助け、感謝致します」
玉鬘はいつも通り少し淡白にそう返すが、本心では、実の親以上の行き届いた心遣いに感謝を感じていた。
「ああ。吉日の関係で、裳着は十六日になりそうかな、と思っているよ。女房たちも準備をしてくれているし、出仕も近づいてきているから、心づもりをしておいてね」
光源氏は長居することはなく、そう言い残していけばすぐ付きを呼び寄せて、すぐに去っていった。
「やっと、父上に会える…」
玉鬘は、幼い頃からずっと願っていた実の父との再会が実現することに喜ぶ。そして、やっと平和で平穏な日常を掴めて安心した気持ちを息と共に吐き出した。
「と言うことで、彼女は頭中将の娘であるから、実の姉ではないのだ。御免ね」
こうなった後でもあるから、光源氏は、折から玉鬘とも仲良くしていた夕霧にも玉鬘の真実について経緯を伝えた。夕霧は、大きく頷きながら光源氏の少々拙い説明を聞く。
「怪しいとは思っていましたが、まさかそうであったとは」
夕霧はしかし不思議なことであるな、と疑問を顔に浮かべる。そして、一瞬でもあの雲居の雁よりも美しいと思ってしまった玉鬘の顔を思い出して、呆然と驚愕に挟まれる。
「気がつかなかった…」と夕霧は自責するように呟く。彼女が頭中将の娘であるなら、雲居の雁の姉妹である。「雲居の雁がありながら他の女に心を寄せそうになったことは、なんと不真面目なことだ」と誠実に思い返した。
光源氏は夕霧のその様子を見て、大体の心情は把握していた。美しい玉鬘のことだ、夕霧のこともいっときくらい魅了しているであろう。しかし、そこで思いとどまれるのが夕霧の良い真面目さである、と自分のこれまでを振り返って感心していた。




