1. 躍進
若苗が六条院に仕え始めて、二度目の正月。
朝廷の儀式に参加する主人たち、そしてその側近の女房たちはまだ日も昇っていない頃から忙しなく荷ごしらえをしたり、見た目を整えたりと息つく暇もなく動き回っていた。
夜明け前に行われる宮中儀式である「四方拝」には、六条院の主人たちをはじめ、多くの公卿・貴族が参加し、世の安泰を祈って神に願いを捧げるところをこぞって拝するのである。
若苗は呑気に大欠伸をしながら、巳の刻ごろにフラフラと昼御座へ現れた。
「若苗、あんた留守番ちゃんとしなさいよ」
もうすでに花散里・玉鬘・夕霧とその側近たちが京へ出かけて数刻が過ぎていた。そのころにのんびりと殿へ入ってくる若苗に対して、代表して留守の名を預かった鴇が不満を漏らした。
「私なんてほとんど寝てないのに」
「それは先輩が寝るのが遅いからですー」
寝起きの力もとない声で反論する若苗は、また大きな欠伸をかます。あんたと菫が夜まで寒い寒いって言ってうるさかったからでしょ、と鴇は小さくぼやいた。
そこから二人を中心に昼御座、移動して廂や曹司で息抜きとして女童たちと遊んだりと、退屈な時間だと思っていたが若苗は意外に楽しめてしまった。結局彼女たち主が帰って来たのは、日も傾き始めた頃であった。
「お帰りなさいませ、すぐお休みになりますか?」
「ええ、お願いするわ。童ちゃんたちは連れて行ってあげてくれる? 命婦、あなたも疲れたでしょう。あなたも休みなさいね」
鴇は帰ってきた花散里に跪きながら問うと、長時間の式典からか流石の花散里も疲れを顔に浮かべながら休憩を取りたいと願う。
鴇の指示で女童やその他若い女房たちも廂などに駆けて行った。やんちゃな彼女たちの相手で疲れ切っていた若苗に対して、花散里は命婦の手助けにより寝巻きに着替えながら、主人からの伝言を口にした。
「若苗、源氏の君が宴の前にお呼びよ」
「…私ですか?」
「貴女以外に誰がいるのよ」
微笑む花散里の長い髪を女房が持ち上げると、同時に顎を引いた彼女は、必然的に下から話しかけるが、その様子はなんとも若々しくて、魅力的である。
一方若苗は何か問題を起こしてしまったのであろうかなど、やけに気を揉んでいた。その呼び出しの話を聞いた命婦や鴇など先輩女房は、花散里の着替えを終えると足早に衣装を取り出してきて若苗に押し付けた。
いつも言葉が足りない人たちだな、と思う若苗だったが、三人の強い圧により一応着替えてみることにした。
紅の上にどんどん薄くなってゆく萌黄の衣を重ねていった「萌黄の匂」の細長ふう衣装。ほとんど着た事のない華やかな衣装に、なんだかむずむずしてしまう。
申の刻の頃、若苗は着慣れない衣装で春の御殿へ向かう。付き添いには鴇がついた。宴の準備のためにドタバタとかなり慌ただしい女房たちの中を、ゆっくりと緊迫した足取りで進んでいく。
指定された場所の近くで、鴇は準備の方へ移動するため別れることになった。几帳を退かしてそこへ入ってみると、その場には数名の女房の姿があった。
あたりを見渡しながら座ると、横に座っていたのはなんとあの羽衣であった。
「若苗さん…!」
彼女の方が圧倒的に身分は高いであろうに、さん付けで呼んで来るそのマメさや、短期間なのにも関わらずの見た目の成長に、つい若苗は感心した。
何があったのかはわからないが、芯の通った強く美しい瑠璃のようなまっすぐな目と、綺麗に整えられた少しクセのある髪には、彼女の何かしらの成長が現れていた。
「集まってくれてありがとう」
宴のためか豪勢な直衣で登場した光源氏に、女房みんながつい息を呑んだ。
「御匣殿羽衣、若苗式部、裏梅、二条乳母とその姫」
皆が名前を呼ばれるたびに、重い衣装に逆らうように力強く礼をする。若苗もあの父の官名を持つことはあまりいい気分ではないものだが、その違和感も緊張で吹き飛ぶようだった。
「今回呼んだのは、昨年大きな活躍があったり、次の位に相応しいと判断された者たちだ。羽衣、若苗は舞姫として大きな反響を私たちに齎してくれた。帝からの言葉も頂いている。裏梅は、昨年まで二年ほどずっと明石の姫君の教育係の一人として特に貢献してくれた。二条乳母はかねてより長年の間、六条院全体でも希少な役割を担い続けてくれている。今年中に姫に引き継ぐということだから、今年いっぱいは最高の栄誉を」
若苗は帝からの伝言を受け取り、源氏により新たな級も与えられた。
昇格の儀の後には、おまちかねの宴が始まる。今年の新年の宴では、春の御殿での本宴の他に、それぞれの御殿でもいろいろ呼び合って新年を祝う。
酒を酌み交わしたり、料理を食べたり、どんちゃん騒ぎである。あまり関わりのない従者たちや女房たちも、楽しく世間話で盛り上がったりもする。
まだ酒の飲めない若苗だが、疲れからか、まるで限界の酔っ払いのように、突っ伏して早くに寝てしまったのであった。




