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29. 行幸

播磨大納言と羽衣との件も無事に解決し、やっと気の抜ける時期がやってきた。

とはいえ、年末・新年が間近に迫ってきているため、新年の法会(ほうえ)や宴に向けて御匣殿(みくしげどの)でも急ピッチで準備が進められていた。


「良かったのでしょうか」

「良かった、とは?」

底冷えの庭を儚く見つめる紫の上を見て、春の御殿の女房・大和内侍(やまとのないし)はゆっくりと問う。

春の御殿の女主人が一柱・紫の上は、羽衣が親と縁を切ってまで自分の元へ着いてきたことへの心配や疑問を感じていた。

「今朝、羽衣が朝早くからずっと働きっぱなしなのを見て、私は…。父君の元へ帰らせた方が幸せだったのではないかな、とか…。色々考えてしまって」

彼女はため息混じりに目線を落とすと、蓮の花のように可憐に笑った。


「私は、そうは思いませんよ」

大和は態と、強い口調でそう言い切った。大和内侍は、紫の上と同じく父に式部卿宮(しきぶきょうのみや)を持つ異母姉妹であり、紫の上と同じように、父のいない厳しい家庭環境で育ってきた。

父がいないという同じ環境で育ってきた彼女だからこそ、羽衣が紫の上の手を取り、そこから離れようとしないのも、その本意すらも全て解るのだ。


「貴女さまに助けられたのは、あの子だけではありません。鴇も、早蕨も、私だって、貴女さまがいるからここにいられるし、生きていられるのですよ」



遂に月日は師走へ差し掛かる。冷えた昼の寝殿には、また多くの女房たちや主人が集まっていた。

各々が双六(すごろく)の勝敗やら偏継(へんつぎ)がなんやらと雑談を繰り広げる中、一つ極めて盛り上がっている話題があった。

「大原野へ帝の行幸(みゆき)があるらしいわよ」

鴇は朝から半寝の若苗相手にそう切り出すと、さっきまでグダっていた若苗の姿勢が急激に良くなるや否や、「行きます」と宣言し出す始末。

「へえ、行幸ね。折角なら姫君も行かれたら?」

その話を聞きつけた花散里は陽気に提案する。それに対して、最初こそ彼女は乗り気ではなかったものの、花散里の押しにより何名かの女房をつけて見に行くことになった。



聞いていた時間よりも随分早く着いた一行だったが、その道にはすでに多くの人が待ち構えていた。見物には、玉鬘・藤大納言・若苗・菫に加えて女童の蘇芳(すおう)が参加する。

蘇芳は弱冠八歳であり、夏の御殿の侍女見習いでもある。


立ち止まって時間を潰していると、突然大勢の人が雪崩れ込んできた。

笠をしている彼女らは特に周りが見渡しづらく、気づけばそれぞれバラバラになってしまった。蘇芳は若苗に抱きつき、高く上げてあげた。

その人の沸きようからもわかるように、遂に帝の行幸の列がやってきた。

列には、格好の良い若い貴公子や貴人たちもこぞって参加していて、若苗にとっては眼福極まりない。


一つ明らかに目立つほど豪華絢爛な大列がやってくる。若苗、玉鬘、蘇芳は本能的にあれが帝であることを察し、息を呑んだ。

「……!」

玉鬘は、光源氏の美貌に少し厳かみを足したような立派な顔つきである若帝につい恍惚としてしまった。他の貴人や殿上人でさえも比べ物にならない、もはや比べるのも烏滸がましいほどの大きな壁があるように感じられた。

その後、玉鬘の実の父・頭中将も通り過ぎたが、やはり先ほどの帝と比べては見劣りしてしまう。それも、帝を拝した後では仕方のないことであろうが。

帝やその列には、多くの女官や侍従たちがこぞって参加していた。玉鬘は無意識に彼らにも目を奪われているのだった。



長い列を見送ったのち、彼女たちはやっとの思いで合流を果たし、共に六条院へと帰宅した。そのまま疲れで寝てしまうと、もう朝日が昇ってきているのが見えた。欠伸をしながら玉鬘が西の対の昼御座に向かうと、そこには源氏からの(ふみ)と美しい冬草が共に置かれていた。


「帝を拝して、宮仕えをしてみたくなったのではないか?」

光源氏からのその文を読んだ玉鬘は、心のうちを覗かれたような不思議な気分になった。

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